部活の後、汗をかいた手塚は、水場で顔を洗っていた。
そこへ大石が姿を現した。手塚が顔を上げると、大石は待っていた
かのように口を開いた。

「手塚、どうした?」

「大石...」

「最近よく溜め息をついているよな。何か悩みでもあるのか?」

突然の大石の申し出に多少面食らいながらも、手塚はある事に
気付いた。ここ最近不二の事に気を取られていて、大石とこんな風に
向き合って話すのは随分と久し振りの様な気がする。

「それは...」

「俺でよければ相談にのるけど」

その言葉で、大石が手塚の最近の様子を心配してわざわざ追って
きたのだと言う事がわかる。

「いや、今はいい」

親切な友人に手塚はそう言った。その気持ちは有り難いが、手塚が
抱えている悩みは気軽に相談できる様な事ではなかった。

「そうか。まぁ、あまり思い詰めるなよ。相談にのって欲しくなったら
いつでも言ってくれ」

「わかった」

屈託なく言う大石に、手塚はそう答えた。そんな日がくるだろうかと
思いながら。

部室に入った手塚は、着替えるとさっさと外へ出た。帰宅するつもりで
校門へ向かった手塚だったが、ふと足を止めて木陰に隠れる。
数メートル先で、不二と菊丸が何か話込んでいる姿が目に入ったからだ。
しばらくすると不二は正門へ向かって歩き出した。おそらくそのまま帰る
つもりなのだろう。一方の菊丸は、手塚が出てきた部室の方へと歩いて
行った。何故そんな事をしようと思ったのか理由は定かでないが、手塚は
菊丸の後を追った。そして部室のドアを開けた手塚は、中の光景を見て
その場で動けなくなった。

「手塚!」

慌てて叫んだのは大石だった。

「すまん...」

その声に我にかえった手塚は、くるりと向きを変えた。見るつもりは
なかったのだが、手塚がドアを開けた時、大石は菊丸とキスをしていた。
計らずともデバガメをしてしまった事に何とも言えない気持ちになる。

「待ってくれ、ちゃんと説明するから」

大石はそう行って手塚を引き止めた。気のせいでなければ、大石も
動揺しているようだ。

「そうそう、邪魔をしておいてさっさと帰んにゃいでよね。せっかく皆が
帰るのを待っていたのに、手塚ってば戻ってくるんだもんにゃ~」

大石と違って全く動揺していないのか、菊丸が少し拗ねた様にそう言った。
そう言う問題だろうかと思ったが、手塚は黙っていた。そして動揺しつつも
ドアに鍵を掛ける。誰も戻って来ないだろうとは思うが、念の為だ。

「すまん、手塚。驚かせて...。実は俺と英二は、その...付き合っているんだ。
恋人として...」

大石は照れながらも手塚にそう告白した。

「そうだったのか...」

その事に全く気付いていなかった手塚は、驚きつつもそう言った。

「軽蔑するか?」

手塚の顔色を伺う様に、大石が言う。

「俺は別に手塚に軽蔑されても痛くも痒くもないけどね」

「英二...」

「だって、これは俺と大石の問題じゃん」

何でもない事のようにあっけらかんと菊丸が言う。それを聞いた手塚は、
一人で悩んでいた自分はいったいなんだったのだろうと思った。不二の
事を好きだと自覚した時、許されない関係だと悩んでいた。

「その通りだな、大石。俺は別にお前達の関係を軽蔑したりなどしない」

「手塚...」

「大石、さっきの悩み相談だが、今してもいいだろうか?」

「それは、かまわないが...」

そう言いながら、大石は菊丸を見た。

「俺がいると邪魔?」

「いや、菊丸もここに居てくれ」

出て行こうとした菊丸を、手塚が引き止めた。

「いいの?」

「お前にも確認したい事がある」

「俺に?にゃにを?」

「一月ぐらい前の事なんだが、不二と一緒に渡り廊下に居た事があるだろう?」

手塚に聞かれて、菊丸は少し考える素振りをした。

「...えっと、あの日の事かにゃ?それって、手塚が女の子と中庭にいた時の事?」

「そうだ、あの時、不二と何をしていたんだ?」

手塚に真剣な眼差しで聞かれて、菊丸は少し困った顔をした。

「...もう時効だと思うし、怒らないで欲しいんだけど。手塚が女の子と一緒に
あんな所で人目を避けるようにしていたあkらさ、気になって見ていたんだにゃ。
手塚の彼女なのかと思って。そうしたら通りかかった不二に後ろから声を
かけられてさ、あの時は本当にびっくりしたんだから」

「不二と一緒にいたのは偶然なのか?」

「そうだよ。あの時不二に手塚の彼女を一緒に見ようよって言って誘ったん
だけどさ、不二ってば覗き見するなんて悪いよって。だからすぐに不二と
一緒にあの場を離れたんだけど」

「それじゃあ、お前と不二はどう言う関係なんだ?」

「友達だと思っているけど...」

何でそんな事を聞くのかと、菊丸は首を傾げている。

「しかし...。あの時、不二の事を抱きしめていただろう?」

「えっ?もしかして、手塚もこっちを見ていたの?」

「...そうだ」

「あれは別に深い意味はないにゃ。不二が恥ずかしそうにしているからく
可愛いいにゃと思ってフザケて抱きついただけだし」

「...紛らわしい事をするな」

「にゃ?俺が?にゃにかした?」

責められる理由がわからずに、菊丸は手塚に聞いた。

「いや、悪いのは、俺だ」

不二に確かめずに誤解したのは手塚なのだ。これは単ある八つ当たりだ。

「手塚?」

「大石、俺が相談したいのは、恋愛についてだ」

手塚がそう言うと、大石は目を丸く見開いた。

「それってあの時見た女の子の事?」

菊丸がやっぱり彼女だったのかと、手塚に問う。

「違う。彼女にはあの日始めて呼び出されて、告白をされたけれど断った。
名前も知らない相手だ」

「そうにゃんだ?じゃあ、誰?」

菊丸に促されて、手塚は覚悟を決めて今までの事を簡潔に話た。全てを
聞き居終わった大石は、何とも言えない表情をしていた。

「普段真面目な奴程切れると怖いって言うのは本当だな」

「それで、不二との関係はどうにゃっているの?」

「身体だけの関係が続いている。わからないんだ。不二が何故そんな
関係を続けているのかが...」

手塚の言葉を聞いた菊丸は、一つ溜め息をついた。

「手塚って頭いいけどバカ?そんにゃの答えは決まっているじゃん」

「どう言う事だ?」

「本当にわからにゃいの?」

「あぁ......」

やれやれと菊丸は大石に目配せをする。大石も菊丸の言いたい事は
わかっているらしく、軽く頷いて見せた。

「俺の勘だけど、不二は手塚の事が好きにゃんだよ」

「しかし、俺のした事を考えれば...」

「不二を傷つけたって言うんだよね?それなのに不二は手塚の事を
許した。そんなの好きだからに決まっているじゃん」

「俺も英二の言う通りだと思う」

菊丸の言葉に大石も相槌を打った。

「不二が俺を...」

「そうだにゃ。不二が誰とでも寝る遊び人だって言うならともかく、
違うのは手塚もわかってるよな」

「それは...」

「にゃんで不二に好きだって言わなかったの?」

「ずと嫌われていると思っていた」

「手塚がにゃんでそんな風に思ったのか、理解に苦しむんだけど」

「まぁ、そう言う所も手塚らしいと言えば言えるかもしれないな」

呆れている様子の菊丸に、大石がフォローを入れる。

「でも手塚がそんなんじゃ、不二だって悩んでいるんじゃないのか?
まだ好きだって事は言ってないんだろう?早く不二に気持ちを伝えて
誤解を解いた方がいいんじゃないのか?」

「俺もそう思うにゃ」

二人の言う通りかもしれないと手塚も思った。

「二人とも、今日は邪魔をして悪かったな。相談にのってくれた事、礼を言う」

「あぁ、頑張れよ。手塚」

「不二を大切にね」

二人とも部室を出て行く手塚が、この後不二の所に行くのだと信じて疑っていない。

二人を部室に残して、手塚は不二の家へと向かった。

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