2.情動

全く人気がないわけではないが、少し寂しい感じのする場所。
ほとんどの生徒が正門からで入りしているのだから、それも当然の事だった。

「待たせたな」

裏門の門柱の所に立っている不二に、手塚が声をかける。

「...それで、どこへ行くの?」

「ついてくればわかる」

そう言うと手塚はさっさと歩き出した。自分が後をついてくるくるものと信じて
疑っていないテヅカの強引な態度に、不二は黙って従った。だからと言って
納得しているわけではない。                
 「ねぇ、僕が君を待たずに帰るとは思わなかったの?」         
自分の目の前を歩く手塚に不二はそう聞いた。急で強引で一方的な約束。
予定がなくても断られるとは考えなかったのだろうか。そんな思いを込めて
不二は手塚の答えを待った。同じテニス部に所属している同級生と言うだけで、
二人はそれほど親しくしているわけではない。        
 「お前は嫌な事ははっきりと嫌だと言うだろう?だから、お前は絶対に待って
いると思った。あの時返事がないのは、その気があるのだと解釈した」

少し後ろを振り返りながら手塚が言う。                
「ふぅん、そんな風に解釈してたんだ」               
 手塚の答えに不二はクスッと笑った。手塚の言う通り、全くその気がないなら
その場で断っている。相手は同級生なのだから、その誘いを断るのに遠慮な
どいらない。今回そうしなかったのは、手塚が自分をどこへ連れていこうとして
いるのかに多少の興味を引かれたからだ。        
 返事をしなかったのは、急な誘いに驚いたのと、その誘いにのるかどうか迷った為。

途中で電車に乗った。

電車に乗って着いた先は、夜間でも使える設備のあるテニスコート。
以前にも来た事があるのだろう、手塚は慣れた様子で中へ入っていく。

「...それで、ここで何をするつもり?」               
 目の前に広がるのはテニスコート。何をするつもりかなどは聞かなくてもわかる
けれど、こんな所までくる事にどんな意味があるのかがわからない。

「今から俺と試合して欲しい」                    
「その為にわざわざここへ?練習試合なら、この前君とやったのに?」  
不二が首を傾げて手塚を見る。練習試合がしたいのなら、顧問の先生に
言えば学校でも出来るだろう。わざわざこんな場所まで来る必要はないはず。

「学校では見せない、本当のお前の実力が知りたい」          
手塚はそう言って不二を見た。それは確信。             
 「手塚......」                             
手洗い場で不二に会った時、手塚の脳裏に浮かんだのは大石が言った言葉だった。
気になる事があるのなら、直接不二に聞けばいいと。確かにその通りだと思った。
このまま一人で考え込んでいても、答えが出るわけではない。手塚が感じた不二の
違和感。それを確かめる為、手塚は不二を呼び出したのだ。 
「俺が相手では役不足か?」                    
 制服の上着を脱ぎながら、手塚が不二を挑発する。それを聞いて不二はクスッと
笑った。手塚の言葉をそのまま返したいような気分にかられる。実力を見せていない
のは、手塚も同じだろうにと。全力で臨める相手が学内にはいない。先輩方には
失礼だが、それが現実。            
「まさか。でも君の方こそがっかりするかもしれないよ。僕の実力なんて君が気に
かける程のものではないかもしれない。わざわざこんな所へ連れて来たのを後悔するかも...」
                     
「そんな事はやってみなければわからない」

テニスコートに立つ二人の姿。この前の練習試合の時には感じなかった緊張感がコートに漂う。

「フィッチ?」

手塚がラケットを回しながら不二に聞く。

「ラフ」

不二が裏を選ぶ。カラカラと音を立ててラケットが足元に転がる。    
「ラフだな。どちらを選ぶ?」                    
「サーブを」

不二のサーブで試合が始まる。

不二のサーブがコートに打ち込まれ、それを手塚が打ち返す。

繰り返されるラリー。

手塚の予想通り、この前の試合とは明らかに違うプレイを不二は見せてくれた。
誰にも真似出来ないようなカウンター。            
 部活ではそんな技を見せた事はなかった。華奢な体から繰り出される華麗なプレイ。
部の先輩達と練習試合をした時よりも、遥かな手応えを手塚は感じていた。

1セットマッチでと決めて始めた練習試合。

ここに着いた時にはまだ明るかった空が、試合が終わる頃にはすっかり日が
沈んで暗くなっていた。

「いい試合だったね」

にっこりと笑って不二が手塚に手を差し出す。試合結果は手塚の勝ちだったが、
不二にとっては久し振りに楽しいと思える試合だった。      
何気ない不二の笑顔に、手塚は内心動揺する。             
まるで昨夜の夢を思い起こさせるような光景。夜のテニスコート。
状況も夢と酷似している。そしていつも見せるのとは違う、不二の笑顔。

「手塚?」

どこかぼんやりとしてなかなか手を差し出してこない手塚に、不二が声をかける。

「あぁ、いい試合だった」

不二の言葉に手塚も慌てて手を差し出す。ネット越しに交わす握手。   
これは現実の出来事で、夢ではない。それなのに現実だと言う実感もない。

見たかったのはこの笑顔。

それを確かに自分に向けさせる事ができたのに、その事が新たな苦悩を手塚に呼ぶ。

それは気付いてはいけない感情だった。

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