不二の部屋は整理整頓されていた。

初めて通された部屋を見て、手塚はそう思った。さりげなく部屋の様子を
うかがいつつ、手塚は部屋の片隅に自分の鞄を置いた。

「お布団を持ってくるから、適当に座って待っていてくれる?」

手塚にそう声をかけると、不二は部屋を出て行った。数分後、布団を両手に
抱えた不二が、ドアの外から手塚を呼ぶ。両手が塞がっているから、
ドアを開けて欲しいと頼まれて、手塚は言われた通りにした。部屋に入った
不二は、持ってきた布団をベッドの隣に敷いた。

「今日は、無理に引き止めてゴメンね」

「いや、別にかまわないが...」

謝る不二に手塚はそう答えた。手塚の答えを聞いた不二は、本当に
そう思っているのかと問う様な視線を手塚に向ける。
その表情は、どこか複雑そうだ。

「君、姉さんに気に入られたみたいだね。前から一度君を家に
連れてきてって言われていたんだけど...」

「...そうなのか?」

「うん。僕が君の事を話したから、興味を持ったみたい」

不二は、ベッドを椅子代わりにして腰を下ろした。

「俺の事をどんな風にお姉さんに言ったんだ?」

「普通の事しかいってないよ。テニスが強いとか」

「他には?」

いったいどんな風に自分の事が不二の家で語られているのか。
手塚はその事が気になった。

「内緒」

眉間に皺を寄せて難しい顔をしている手塚に、不二はクスッ
と笑って悪戯っぽくそう言った。

「不二...」

「だから、内緒だってば」

更に問いかける手塚に対して、不二はただ笑うばかりだった。
その様子から、これ以上聞いても無駄らしいと手塚は悟。だから、
その事を聞くのは諦めて、別の事を不二に聞く事にした。

「不二、聞いてみたいと思っていた事があるんだが...」

「何?手塚」

「何か悩みでもあるのか?」

それは手塚がここ最近ずっと気になっている事だった。

「...そんな風に見えていたんだ?」

手塚の言葉に、不二の表情から笑みが消える。

どこか陰りのある表情。

「お前の家に誘われるなんて、初めての事だからな。何かあるのか
と思ったんだが...。それに最近、時々沈んだ表情をしていただろう?」

「...君、以外と人の事見ているんだね」

肯定も否定もせずに、不二はそう言った。

「気になったからな。それで、お前の悩みは俺には言えない様な事
なのか?」

「そんな事はないよ...。今日はちょっと一人になりたくなかったんだ。
だから君を誘った。姉さんが君を引き止めてくれなかったら、僕が
君を引き止めていたかも...」

「何で一人になりたくなかったんだ?」

不二は一度目を閉じてから、何かを決意したかのようにゆっくりと
瞼を上げた。

「話すからさ、君もここへ座ってよ...」

手塚に自分の隣に座る様に不二は誘った。言われるままに、手塚は
不二の隣に腰を下ろした。

「...最近弟と上手くいってないんだ」

「喧嘩でもしたのか?」

項垂れている不二に、手塚はそう聞いた。不二の家の事情等知らない
上に、兄弟もいない手塚に思い付くのはその程度の事だ。

「喧嘩なら、まだ良かったんだけどね...」

どこか寂し気な表情を浮かべる不二。

「不二?」

「何か最近裕太に避けられているような気がするんだよね...。今日だって
急に友達の家に泊まるからって連絡があったって姉さんが言ってた」

「だからと言って避けられているなどと思うのは短絡思考すぎないか?
たまたま今日は友達の家に泊まる事になっただけで」

「先週の週末も、その前の週末もそなんだよ?」

悲し気に不二は、瞼を閉じる。その様子を見ていた手塚は、何とか
慰めの言葉を探すのだが。

「友達と一緒にいる方が、家族といるよりも楽しいと思う年頃だろう。
ただ単にそう言う事ではないのか?」

「そうだと良いんだけどね...」

「不二...」

手塚はそれ以上言うべき言葉が出て来なかった。

        ◆     ◆     ◆

布団に横になってから、どのくらいの時間が経ったのだろう。

疲れているはずなのに、眠る事が出来ず、手塚は静かに体を起こした。

隣のベッドでは、不二が安らかな寝息をたてて眠っている。その寝顔を
見ながら、手塚は布団に入る前の会話を思い出す。

珍しく弱気な不二の姿。

悩む不二の姿を見ているのが辛くて、思わずその肩に手を伸ばして抱き
しめてしまいそうになった。そうしなかったのは、友達を慰めるのにそんな
事をするのはおかしいと思われるのが怖かったからだ。

無防備に眠る不二。

その寝顔を手塚は覗き込んだ。顔を近付けても、不二が目を覚ます気配はない。

眠る不二の唇に、手塚はそっと自分の唇を重ねた。

何も知らないと言う事は、残酷な事だと手塚は思う。

自分の気持ちを知っていたら、不二はこんな無防備な寝姿を晒したりはしないだろう。

そして、不二の姉、由美子。

何も知らないからこそ、あんな事が言えるのだと思う。

手塚が行動する事で、この恋は進展するかもしれないと助言された。

けれどそれは今の友達と言う立場すら失いかねない、不安定な状態の上に成り立つもの。

その覚悟がない限り、出来ない事だった。

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