5.迷路

二人の関係が変わってから、1ヶ月が経とうとしていた。

手塚の部屋に響く甘い声。

不二をベッドに組み敷きながら、手塚はその身体を堪能する。
明らかに感じている身体に、随分慣れてきたものだと思う。
何も知らなかった不二を自分が変えたのだと思うと、どこか自己
満足的な感情がわき上がってくる。

あの日以来、手塚は何度も不二を抱いた。

変わってしまった二人の関係。

しかし周囲はそんな事には全く気付いていない。端から見れば、
二人は以前と同じ『友達同士』として映っているだろう。そう見える様に
、二人とも学校で顔を合わせる時は、以前と同じ様に振舞っていた。

身体を繋いでいながら、手塚は不二がどう言う気持ちで自分に身を
任せているのかがわからない。あの日以降、手塚は不二が二度と
自分と口ちも聞いてくれないのではないかと覚悟していたのだが、
予想に反して不二は今までと同じ様に手塚に接してきた。まるで
何事もなかったかの様に。

手塚にしてみれば、自分のした事を詰られた方が楽だと思った。
自分のした事を後悔するつもりはない。酷い事をしたと言う自覚はあるが、
それでも不二が欲しかったのだ。心が手に入らないのなら、その身体だけでも。

不二は手塚にその事で責めるような事は一言も言わなかった。それが
まるで何事もなかったかのようにされているようで、自分は不二に
憎しみの感情すら抱かせる事は出来ないのかと手塚に思わせる。
自分勝手だとは思うが、憎しみでもいいから不二の中に自分に対する
執着を抱かせたかった。

普段と変わりなく接する不二に、手塚は『またあんな目にあっても
良いのか?』とわざと挑発するかのように聞いた。それを聞いた
不二は、不思議そうな顔をして、手塚の予想外の答えを返した。

『君が望むなら』と。

不二が何を考えているのか手塚にはわからなかった。

わからないまま再び不二の身体を抱いた。

そう言う関係が、1ヶ月程続いている。こんな風に不二を自宅へ
連れ込む事も、今回は始めてではない。

何度も繰り返した行為。

腕の中にある不二の身体。抱いている時は、二人の距離を近くに
感じるのに、行為が終わると途端に広がる距離感。

身体だけの関係。

それが手塚の心を見えない迷路へと迷いこませていく。

わかっているのは自分の気持ちだけ。

不二が好きだと言う気持ち。

最初菊丸と不二の関係を疑った手塚だったが、あの日以降二人が
特に親しくしている様に見える現場は見ていない。不二が自分で
言ったように、二人はほんとうにただの友達なのかもしれないと
思える様になってきたのは、最近の事だった。

意識を手放した不二の身体を、手塚はそっと抱きしめた。

夜中に目が覚めた不二は、そっと身体を起こして隣に眠る手塚を見た。
始めて手塚とこう言う関係になった時、不二は自分の気持ちがわからずにいた。

けれども今は違う。

あの日、手塚が中庭で知らない女生徒と一緒にいるのを見た時に
感じた胸の痛み。それは、手塚に誰か好きな人がいると、姉の占い
で知った時に感じた痛みと同じだった。

それを知った時、友達として手塚の恋を応援しようと思った。

それなのに現実としてそれを受け止めようとした時、心から
そう出来ない自分に気付いて不二は動揺した。

手塚の隣に立つ誰かの姿を、不二は見たくないと思った。

手塚が何故自分を抱くのかはわからない。

わかっているのは、自分は手塚を好きなのだと言う事。

ただ、それだけ。

『君にとって僕は何?』

返事が返ってくるわけではないのに、眠る手塚に不二は思わずそう問いかけていた。

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