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『ここは...』

意識を取り戻したフジは、自分がどこにいるのかわからなかった。
見えているのは天井だけで、どうやらどこかの室内にいるのだと
言う事だけはわかる。体を動かそうとしても、指１本動かす事は出来ず声もでない。
　　　精神を研ぎすませてみても何も起こらない。

フジの脳裏にアドレッセント王国の跡地で受けた戦闘状況が思い浮かぶ。
馬から落馬したところまでは覚えている。その後の事は覚えていない。
現在の状況から、意識を失った後自分は攫われたのだろうと言う事実を
フジは悟っていた。自分を攫った者達の目的が何なのかはわからない。
ただ自分の素性を知った者の犯行だとすれば、心当たりが全くない
わけではなかった。フジは冷静に自分が置かれている状況を探ってみる。
体は動かなくても、感覚はあって何も感じていないわけではない。

すぐに室内に充満する、香の匂いに気が付いた。体が動かないのは、
どうやらその香のせいではないかと、フジは不自然なくらい部屋に充満している
匂いの正体に見当をつける。今体が動かないのは、拘束されているからとか
そう言う事ではなく、薬物によって動けない様に体が麻痺させられていると言う事だ。
香の元となる物が、おそらく近くに置かれているのだろう。それさえどけてしまえば、
薬物の効果は切れるものと思われたが、今のフジにはどうする事もできない。
魔法が使えれば、体が動かせなくとも、香の元となっている物を破壊する事も出来る。
けれど何度試しても魔法も使えない。どうやら魔力の方も封じられているようだ。
無傷で攫いながら、逃げられる心配を考えていないのか、近くに見張りらしき者の
気配がないのは、そうしてフジの動きを完全に封じている事に自信があるからだろう
。どうやら自力で逃げ出す事は不可能なようだ。

『テヅカ達は大丈夫だっただろうか...』

自分が攫われた後、テヅカ達はどうなったのかと、その事が気になった。
彼等の実力は、フジも知っている。無事でいるとは思う、そう思いながらもこれまで
旅してきた仲間の事だ、気にならないわけがない。向こうもこんな風に自分の事を
心配しているのだろうか、そう思うと自力でなんとか抜け出して彼等と合流したい
ところであるが、それが楽観的希望である事もわかっていた。

『誰か来たのかな...』

部屋の中の空気の流れが変わった事を、その時フジは感じた。そう思った時、
急に香の匂いが消えた。

フジを捕らえた者達は、いずれ意識が戻る事も計算にいれているはずだ。
香の効力が切れる時間に、見張りの一人も置いておかないと言ったへまをする
とは思えない。匂いが自然に消えると言うのも不自然である。　　　
　もしかしたら、攫った者達にとっても予定外の事が起きたのかもしれないと思った。
テヅカ達が助けに来てくれたのだろうかと思った時、聞き慣れない声が耳に届いた。

「ねぇ、意識あるんだよね？俺の言っている事聞こえてる？」

視界にその人物の姿が入ってくる。フジを覗き込むようにして声をかけてきたのは、
黒髪のどこか生意気そうな印象の少年だった。おそらくフジよりも年下だろう。
香の元を遠ざけたのは、どうやらこの少年らしい。　　　
その事からも、自分を捕らえた者の仲間ではないだろうとフジは予想した。
だからと言って、味方と言えるかどうかも疑問だったが。　　　　　
　香の匂いが消えたとは言え、すぐには声を出す事も動く事も出来ない。
フジは少年の言っている事に何とか答えようとするが、やはり体は動かない。
仕方なく唯一出来る事、自分を覗き込んでいる少年の目をじっと見つめた。
それでフジに意識がある事がわかったのか、少年は言葉を続ける。

『ねぇ、ここから出たい？』

少年に聞かれて、フジはその言葉に心の中で頷いた。少年が何者なのかはわからないし
、不用意に頼ってもいいものかどうかと言う気持ちがなきにしもあらずだったが、
取りあえず今の状況を何とかしたかった。

囚われの身であるこの状況を。

「わかった」

フジの言いたい事を察したのか、少年はそう答えた。そしてフジの背中に腕を回し、
体を起こさせる。体を起こした事によって、フジは自分が捕われていた場所が随分
と豪華な部屋である事にきがついた。見覚えはないが、どこかの貴族の屋敷の様であった

「今なら見張りはいないから、どうにかなると思う。連中あんたが動けないと思って油断したみたいだね」

少年はそう言って口の端で笑うと、精神を集中させた。

次の瞬間、少年とフジの回りを光が包み込む。その光を見て、少年が移動の魔術
を使ったのだと言う事がフジにもわかった。

あっと言う間に二人は部屋の中から姿を消していた。

　　　　　　　　◆　　　　　◆　　　　　◆

「あんた、テヅカさんだよね？」

フジの行方を探すために外に出ていたテヅカ達が宿屋へ戻ると、そこの主人が
声をかけてきた。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「そうだが...」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
「あんたにこれを渡して欲しいと言われて預かったんだ」　　　　　　　　
宿屋の主人はそう言うと、テヅカに１通も封書を差し出した。
封書に宛名はなく、差出し人が誰かも書かれてはいない。

「確かに渡したからな」

「あぁ、済まない。ところで、これを俺に渡す様に頼んだ奴は、どんな奴だった？」

主人に礼を言った後、テヅカはそう尋ねた。

「どこか生意気そうな小僧だったよ。それをあんたに渡してくれって言うと、
すぐに出て行ったがね」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
テヅカに聞かれて、主人はあっさりとそう答える。生意気な小僧と言われて
、テヅカにはすぐに思い当たる人物があった。

「取りあえず、部屋に戻ってその封書を開けてみたら？」

その場を動こうとしないテヅカに、ユキムラはそう言った。部屋に戻った３人は
、テヅカ宛の封書の中身を見て目を丸くした。

（囚われの姫君と、北の神殿の廃屋で待つ）

書かれていた文面はそれだけだった。それを見た瞬間、テヅカ達はすぐさま
宿屋を出る事を決めた。

外に出て近隣で聞き込んではみたもののフジを攫った者についての手掛かりは
何も得られなかった。その手掛かりが、意外なところから舞い込もうとしていた。

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