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ユキムラ達が足止してくれたとは言え、満足に自分で動く事の出来ないフジを
連れていては、完全に逃げ切る事は出来なかった。　　　　　　　　　
敵が多勢に無勢では、それも致し方のない事。　　　　　　　　　　　　
　休む暇なく馬を走らせ続けた事で、馬の方もそろそろ限界にきている。
おまけに土地勘のない場所を走っていたせいか、テヅカ達は悪い状況へと
追い詰められつつあった。行き着く先に見えるのは断崖絶壁。つまりは行き止まりである。

「テヅカ...」

まだあまり力の入らない腕で、テヅカに縋付きながら、フジはこの先どうする
つもりなのかと問いかける。この状況では、テヅカの取れる方法は二通りしかない。
フジが現在魔力を封じられていると言う事は、逃げる間に聞いていた。だから、
その魔力を当てにする事も出来ない。フジが満足に動けず、魔力も封じられた
今の状況では戦いに挑むのは、こちらに不利だった。せっかく助け出したのに、
また連れ去られてしまう可能性が高い。そうはしたくなかった。

「フジ...、俺に命を預けてくれるか？」

戸惑いつつも、テヅカはフジにそう聞いた。

「君と一緒なら...」

フジは迷う事なく、その言葉に頷いた。それを聞いてテヅカは決意した。
二人の視線が一瞬交差する。

テヅカは馬から降りた後、不二を腕に抱いて崖下に見える海へと飛び込んだ。

　　　　　　　◆　　　　　　◆　　　　　　◆

突然どこからか笛の音が聞こえてきた。敵の足止をしていたユキムラ達は、
急に敵が引いたのを訝しく思いながら、テヅカ達が逃げた方向へと馬を走らせた。
その笛の音には聞き覚えがあった。前回不二が連れ去られた時に、敵が撤退の
合図に使っていたものだ。

まさか、また...。

嫌な予感がした。

「これは...」

「...ここから海へ飛び込んだと見るべきだろうな」　　　　　　　　　　
　行き止まりの崖の上に。テヅカが乗っていた馬だけが残されていた。
その状況を見て呆然とするユキムラに、サナダがそれが事実だろうと告げる。
テヅカが泳げると言う事は知っているが、ほとんど動けない状態のフジを連れて
飛び込むなど、あまりにも無謀だと言いたかった。崖の上から下を覗き込んでみるが、
人影らしきものは何も見えない。　　　　　　　　　
　「誰かこっちへ来たみたいだけど...」　　　　　　　　　　　　　　　　　
その時誰かがこちらへ向かってくるのが見えて、リョーマが崖下を気にしている二人に告げる。
ユキムラとサナダも状況を調べる事を中断して、近付いてくる人影の方を見た。
兵士の一団であるようだが、自分達を襲って来た連中とは違うようである。
だからと言って、安心していいと言うものではない。相手がまだ自分達にとって敵なのか、
そうでないのかわからないのだ。それは相手にとっても同じだろう。

両者の間に緊張が走る。

「あら、貴方達こんな所で何をしているの？」

兵士達の後ろから現れた少女が、ユキムラ達を見て驚いた様な声を上げた。
その少女の出現によって、その場の空気が変わる。　　　　　　　　　
「君は確か、ライズメア王国で会った...」　　　　　　　　　　　　　　
　「アンよ。覚えていてくれたのね、あの時の事は今でも感謝しているわ。
貴方達が助けてくれなかったら、今頃どうなっていたかわからないもの」　
少女の親し気な口調に、彼女の側に居た兵士達も緊張を解いた。　　　　
　「テヅカがあの時言ったように、当然の事をしただけだよ。まさか、こんな所で
また会うとは思っていなかったけど...」　　　　　　　　　　　　
　「本当ね、ところでメンバーが少し変わっているように見えるけど
、あの時の二人はどうしたの？」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「実は俺たちにも状況がはっきりとは掴めていないんだけど。
誰かから襲撃されてね。二人は逃げる為に、ここから海へ飛び込んだようなんだ」　
　「ここから...」

ユキムラの言葉を聞いたアンは、少し考える素振りをした。　　　　　　
　「それで二人が無事でいるかどうか安否を確認したいと思っているんだけど、
ここから飛び込んでその後どうなったか...。勿論生きていると信じたいけど...」

海の上にそうそう漂ってなどいられるものではない。それでなくても状況は
テヅカ達に不利だ。ほとんど自分で動く事が出来ない状態のフジを連れて
飛び込んだのだ。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「ここから飛び込んだのよね。だったらあそこへ行っているかもしれないわ」
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
何か思い当たる事があるようにアンが言った。　　　　　　　　　　　　
　「どこか海から行ける場所があるの？」　　　　　　　　　　　　　　　　
「えぇ.........」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
「本当に？」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「多分、あの人達が死んだとは思えないもの。自分達から海へ飛び込んだのなら、
尚更生きようとするはずよ。それなら、あの場所を見付けてそこへ言っている
可能性はあると思うわ」　　　　　　　　　　　　　　　　
　「そこへ案内してくれる？」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
「えぇ、こっちよ」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
アンはそう言うと、ユキムラ達を連れて、イモビクティーピーク王国の領地へと入っていった。

　　　　　　　　◆　　　　　　◆　　　　　　◆

テヅカ達は海面を漂っていた。正確にはフジの意識はなく、テヅカが抱える様に
してなんとか泳いでいる状態だったのだが。　　　　　　　　　　　
崖から海へ飛び込んですぐに、テヅカは海面から行ける横穴の洞窟が
大陸にあるのに気が付いた。追手から身を隠す為にそちらへ入り込んでみたものの、
すぐに上陸すると言う事はせず、海面から追ってくる人の気配がないかを探っていた。
暫くそうして海面に浮かんでいたが、どうやら追ってくる気配はない。敵は海に飛び込んで
まで、追ってくると言う気はないようだ。

テヅカは、意識のないフジの体を海面から出ている岩肌の上にそっと引き上げた。
そして自分も海面から岩の上に上がる。　　　　　　　　　　　　
海へ飛び込んだ時の衝撃で、不二はすぐに意識を失っていた。薬のせいもあったかもしれない。
もともとフジの体は、まだ自力で動ける様な状態ではなかった。けれど飛び込んですぐに
意識を失ったおかげで、ほとんど海水を飲まずにすんだようだ。意識を失った事がかえって
幸いだったのかもしれない。そう思いながら、テヅカはフジの様子を見ていた。　　　　　　
呼吸を確認し、どうやら大丈夫そうだと確信したテヅカは、着ている衣服を脱ぎ始めた。
脱いだ衣服を絞って、水気を飛ばす。そして服を
乾かす為に、洞窟の中に有る岩肌に広げておいた。

フジは意識を失ったままだ。心無しかさっきよりその顔色は青ざめているように見える。
慌ててテヅカはフジの側へ戻ると、その体に触れる。　　　
水に浸かっていた体は、随分と冷えきっているようだった。濡れた衣服を着たままに
なっている事が、それに拍車をかけているようだ。　　　　　　
迷った末、テヅカはフジの衣服を脱がせる事にした。そしてこれは人命救助の為だと
自分に強く言い聞かせる。

テヅカの前にフジの白い裸身が晒される。すらりとした美しい肢体は、テヅカの視線を
釘付けにし、その情欲を刺激したがそれを理性で抑えた。　
　頭から余計な雑念を振払った後、テヅカはフジの体をそっと抱きしめた。
冷えきった体を暖める為だ。この洞窟には、誰かが以前にいた形跡が残っていて、
洞窟の中には小枝などが落ちていた。それらを使って火を起こす事も出来たが、
敵に居場所を見つかるかもしれないと言う可能性を考えると、諦めざるをえなかった
。頼りになるのは互いの体温だけ。　　　　　　
テヅカにとっては、ある意味拷問にも等しい時間だった。ユキムラに指摘された通り、
テヅカは出会った時から不二に引かれている。フジの気持ちを確認せずに、
勝手にそう言う行為を行うつもりはない。そんな事をすれば、出会った時、フジに
言い寄っていた様な輩と同類になってしまう。　　だからといって、そう言う気持ちが
全くないわけではない。

好きだから触れたい、自分のものにしたいと言う気持ちは当然ある。　　　
こんな激しい思いを抱いたのは初めてだった。テヅカは生まれがいいと言う事も有り、
今までにも数多くの相手から言い寄られた事はあるが、一度も自分からそんな気持ちに
なった事はなかった。そう言う経験が全くないわけではないが、積極的に相手を欲しいと思った事はない。　　　　　　
　自分でも、そう言う事に対して、淡白なのだろうと思っていたくらいだ。　
そうでないと知ったのは、フジと出会ってからだ。一緒に旅をする間、フジの無防備な姿に
何度か理性を奪われそうになった事がある。ユキムラ達が一緒にいた手前、
その箍が外れる様な事はなかったが、そうでなければどうなっていたかわからない。
そんな尾見を抱きながら、フジにそれを告げなかったのは、拒絶されるのが怖かったからではない。　　　　　　　
　任務を優先させる気持ちが強かったからだ。生真面目なテヅカは、そう言うところの融通がきかない。
フジが受け入れてくれるかどうかはわからないが、自分の気持ちは、いずれはっきりと伝えるつもりだった。

暫くすると冷えたフジの体に熱が戻ってきていた。青ざめていた頬にも、うっすらと赤みがさしてきている。

「...お邪魔だったかな」

生気の戻ってきたフジの様子に、テヅカが安堵した時、洞窟の奥から知った声が聞こえてきた。

「ユキムラ、どうしてここが...」

ユキムラが洞窟の奥から松明を持って現れた。突然の出現に驚きはしたものの、その事から
、この洞窟からどこか陸地へ抜ける道があるのだと言う事をテヅカは知る。
けれど、よくそんな場所がわかったものだなと感心していた。テヅカと同様、ユキムラもこの辺りの
地理にはそれほど詳しくないはずだ。テヅカがこの洞窟の存在を知らなかった様に、ユキムラも
知らなかったはずだ。自分達が逃げる為に海へ飛び込んだ事は、その場に残してきた馬と状況から
容易に推察できるだろうが、この洞窟に関しては、存在を知らなければこんな風にテヅカ達が
入って来たのとは別の、陸地の方の入り口から入ってくる事など出来ないはずだ。　　　　　　　　　　
　　魔術を使ってゆく絵を確認したのかもしれないと思いつつ、何か不自然なものをテヅカは感じていた。

「思いがけない強力者を得てね、それで、この場所がわかったんだけど...」　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
テヅカの疑問を察したかのように、ユキムラは協力者の存在を明かした。
そしてテヅカの側に近付いたユキムラは、視線を意識を失ったままの不二へと向ける。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「...言っておくが、俺は何もしていない」　　
　　　　　　　　　　　　
　裸で抱き合っていた事を誤解されない様に、テヅカはそう言った。　　　
　「そんな事はわかっているよ。君にそんな度胸が有るとは思えないし」　
　いっその事、関係を持ってしまえば良かったのにと暗に含ませながらユキムラは言った。
テヅカの弟のリョーマがフジの事を気にしているのも気掛かりだし、未だ正体の掴めない
襲撃者の事もある。二人がそう言う関係になってしまえば、リョーマもおいそれとフジに
ちょっかいを出す事は出来ないだろう。襲撃者の方の目的ははっきりしないが、狙いが
フジである事は明らかだ。この際二人の絆を強いものにしておいた方が、今後の事態に
動きやすい様な気がした。任務からは外れる事になるが、この襲撃事件を集結させる事の
方を優先させないと、落ち着いてアドレッセント王国の事を調べるどころではない。

「サナダとリョーマはどうしたんだ？」

「洞窟の入り口で、見張りをしてもらっている。とにかく、詳しい話はここを出てからにしよう」

ユキムラはそう言って、テヅカの方に服を投げた。海に入った二人を気遣って、乾いた服を
用意して持ってきてくれたらしい。　　　　　　　　　
テヅカが自分の服を着ている間に、ユキムラがフジに服を着せた。洞窟の入り口で待っている
人がいるし、敵の襲撃も気になる。こんな所でぐずぐずしている暇はないのだ。乾いた服に
着替えたああと、濡れたまま乾いていない衣服を回収する。

そして、テヅカは不二を抱えて、ユキムラの案内のもと洞窟から脱出したのだった。

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