洞窟を出ると、そこにはサナダとリョーマの他にもう一人の人物が
テヅカ達を待ち構えていた。

「君は、確か、ライズメア王国で会った...」

見覚えのある少女の姿に、テヅカは自分の記憶を探った。　　　　　　　
　「えぇ、お久しぶりね。またこんな所で会えるとは思っていなかったわ」
「それは、こちらも同じだ。ユキムラが言っていた思いがけない
協力者と言うのは君の事か？」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「そう言う事になるかしら。取りあえず、こんな所で立ち話をしているのも
どうかと思うわ、こちらへ来て」　　　　　　　　　　　　　　　　　　
そういってアンは、テヅカ達をとある場所へと誘った。案内された場所は、
テヅカ達にとって思いもよらない所だった。

　　　　　　　◆　　　　　　◆　　　　　　◆

テヅカ達が案内されたのは、イモビクティーピーク王国の中心部に位置する城だった。
そこがどこであるのかは、聞かなくてもわかる。　　　　　
　問題は、何故少女がそう言った場所で采配を振るえるのかと言う事である。
普通の人は、勝手にお城にある客間を使えはしない。　　　　　　　　
「ここはイモビクティーピーク王国の王城だね？そろそろ君の正体を聞かせて
もらってもいいかな？」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
まだ意識の戻らない不二を客間のベッドに寝かせた後、一同はその部屋から
続きになっている隣の部屋に集まっていた。　　　　　　　　　　　　
　「私は...」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
「彼女は、現国王となられるタチバナ様の妹君だ」　　　　　　　　　　　
アンが言い淀むと、ドアの前に控えていた騎士が変わりに口を開いた。
彼女に対する無礼な態度は許さないと言った様子である。テヅカ達の事を、
胡散臭い奴らだと思っているのかもしれない。

「現国王の...。それで、お城の入場も簡単に出来たわけだ。現国王が決まったと
言う事は、この国の内乱は収まったと言うわけだ」　　　　　　　
イモビクティーピーク王国で内乱の兆しがあると言う事は、ユキムラも聞き知っていた。
ユキムラがその事を言うと、アンはその言葉に苦笑する。
「まだ色々と目を離せない状況だけどね。兄も当分は苦労すると思うわ」

数カ月前、イモビクティーピーク王国では、先王が急死し、その後継者を巡って
内部で不穏な動きがあったのだ。それは先王がまだ若く、こんなに早く亡くなるとは
思っていなかった事から発端する。そして先王には跡継ぎである皇子がいなかった。
そうなると王家の血を引く次の王位継承者が後を継ぐのが正統だが、
それをよしとしない一派が王国内にあったのだ。己の利害を巡って、貴族間で誰を
次の王にするか揉めていた。　　　　　　
王国は後継者問題に揺れた。

「君がライズメア王国にいたのも、その後継者争いのせいなのかな？」

彼女と出会った時の事を思い出しながら、ユキムラが聞いた。

「えぇ、国内が落ち着くまではと言う事で、そちらに預けられていたの。貴方達に
会って助けられた日は、ちょうど国元から兄が護衛と共に私を迎え手に来た日だったわ。
ライズメア王国に来てから、それまでずっと屋敷に閉じ込められているような状態で、
あの日やっと外出する事が出来たの」

「そうだったんだ...」

彼女がどうしても国へ帰る前にライズメア王国の商店街を見てみたいと我侭をいったのも、
それまでずっと屋敷に閉じ込められていた鬱屈が溜まっての事だったのだろう。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「予定外の出来事もあったけど、結果的には貴方達と知り合うきっかけになったわね。
まぁ、無事だったから言えることだけど」　　　　　　　　　
そう言ってアンは苦笑した。元々彼女は明るい性質の娘のようで、言い方に屈託はないけれど、
どうやら周囲の者に迷惑をかけたと言う自覚はあるようだった。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「そうだね、あの時は無事に帰れて本当に良かったと思うよ。君に何かあれば
お兄さんは悲しんだと思うしね」　　　　　　　　　　　　　　　　
　「えぇ......」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「ともかくイモビクティーピーク王国の安定は喜ばしい事だ。ところで君は、何であの街道に
兵士達と共に現れたの？俺たちとしてはおかげでこうして助けられたわけで、感謝しているけど...。
君は、この国のお姫さまなんだし.......」

姫君と言うものは、普通気楽に外には出ないものなのだ。兵士の一団が護衛としてついている
としても、あんな場所で会う事事態が普通ではないのである。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「お姫様なんて言われても、今までは前国王の従妹と言うだけの気楽な身分だったんだもの。
兄が国王になったからといって、お城にただ閉じこもっているだけの毎日なんて窮屈で
ストレスが溜まるわ」　　　　　　　
　「だからって、あんな場所へ？」　
　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「理由はあるわよ。言ったでしょ、まだ当分は目は離せない、兄は苦労するだろうって。
兄が国王に即位すると言う事は決まったけれど、国内が完全に安定するのはもう少し
時間がかかるのよ。それで不信な動きがないかどうか、各地に兵が配備されているわ」
　　　　　　　　　　　　　　　
　「それは当然の事だろうね」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
それと彼女の行動にどんな関係があるのだろうと思いながらユキムラは言った。
その言葉に頷くと、アンは言葉を続ける。

「街道を見張らせていた兵士達から、不信な一団が通りかかったと言う情報が入ったのよ。
それで調べに行ったら、貴方達がいたと言うわけ」

「...お兄さんは、君を止めなかったの？」

不信な集団と言うのは、自分達と襲って来た兵士の一団を含めての事だろうと思われる。
よくそんな危ない事を調べに行くのに、彼女が行く事を承知したなと思いながら、ユキムラは聞いた。
　　　　　　　　　　　　　
　「勿論渋い顔はされたわ、最終的には許してくれたけど」
　　　　　　　
　「そう......」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
どうやらこの国の姫君は、結構なじゃじゃ馬であるらしい。そのお陰で、こうして助けられたのだから、
その事をとやかく言う気はないが、兄君は苦労されるだろうなと思った。　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「どうしても自分で行きたかったの。こうして城に閉じこもってばかりで、自分だけ何も出来ないと
言うのは嫌だったし。それに調べに行った甲斐はあったわ、その一団がこの国を狙う者ではないと
はっきりとわかったし。怪しい兵士の一団は、貴方達が狙いのようだけど、ここにいれば襲われる
心配はないと思うわ。

アンにも確認したが、この国の者達は今いたずらに他国に関与しているような余裕はないと言う。
その事から、テヅカ達を襲ったのは、この国の者ではないと言う事が推察される。あの場所で
アンと出会ったのは、確かに幸いだったと言えるかもしれない。他国の者であれば、
アンの言う様に容易に城に滞在する者を襲ったりはしない。そんな事をすれば、
国家間の問題になりかねない。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「そうだね...。でも、俺たちのような素性の知れない者を、よくお城に入れられたね」
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「貴方が何者だろうと、私の恩人であると言う事に変わりはないもの。兄にもその事は伝えてあるし、
どうぞゆっくり滞在していって」　　　　　　
そう行ってアンは部屋から出て行った。護衛の兵士もその後に続く。

どうやらあの時の人助けのおかげで、テヅカ達一行は、暫く落ち着いた時間を持つ事が
出来そうだ。この間に確認しておきたい事もある。そう思ったテヅカが、口を開いた。

「リョーマ、お前が受けている指令はどんなものだ？」

襲撃があった為、有耶無耶になって聞けなかった事をテヅカは尋ねた。

「...ラティオダンク王国に行き、内情を探れ」

テヅカに聞かれて、リョーマはあっさりとそう答えた。

「ラティオダンク王国？この大陸の北方にある島国の事だな」　　　　　
　「そうだよ...」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
「フジに頼みたい事と言うのは、その国へ行く事と関係があるのか？
魔術でラティオダンク王国へ渡るとしても、向こうへ行った事がある者がいないと無理だと思うが？」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　「魔術で送ろってもらおうなんて最初から思ってないよ。あんた達、あの人の素性を知らないの？」
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
テヅカの口調からその事に気付き、呆れた様にリョーマは言った。　
　　　
「フジの素性...」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「そうだよ。俺が国を出たのはあんたより後の事だ。旅に出てからすぐに、あんた達が
一緒に旅をする姿を見かけたよ。その時は、どうしてあの人があんた達と一緒に
旅をしているのかわからなかったけど、そんな事を詮索するよりも、先にラティオダンク王国へ
行く事だと思っていたから接触するような事はしなかった。まさかヘキサングラー王国が
あんな状態になっているとは思わなかったし」

実の兄をあんた呼ばわり等失礼極まりないことだが、いつもの事なのでテヅカは気にもしていない。　
　「今になって不二と接触しようと思った理由は何だ？」　
　　　　　　　
　「最初から話すから、黙って聞いててよ」
　　　　　　　　　　　　　　
　「................」
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「あんた達を追い抜いて北へ着いた俺は、ヘキサングラー王国から船でラティオダンク王国へ
渡るつもりで港に行った。そこで船を出してくれる様に交渉したけど、うまくいかなかった」　
　　　　　　　　　　　　　　　
「何故だ？あの国はラティオダンク王国と交易があり、船の行き来も盛んに行われているはずだが...」

「アドレッセント王国が滅んだからだよ。今、ヘキサングラー王国では、ラティオダンク王国との
交易を控えている。アドレッセント王国が消えた事に関して、ラティオダンク王国が絡んでいると思っているから」
　　　　
「何故、そんな事がわかる？」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「港で理由を聞いたんだ。ヘキサングラー王国には、アドレッセント王国から逃れて来た人達が
大勢いるからね。その人たちから伝え聞いたって話によると、ラティオダンク王国は、
アドレッセント王国を狙っていたらしい。王国が消えた理由に、あの国が絡んでいるはずだと」

自分の知り得た情報をリョーマは明かした。その事はテヅカ達にとっても初耳だった。

「お前は、ラティオダンク王国の内情を調べに行くためにかの国へ渡りたいが、足止をくらっていると、
そう言うことだな。そこまではわかったが、それとフジがどう関係してくるんだ？」
　　　　　　　　　　　　　
　ヘキサングラー王国がそう言う理由で船を出す事を止めているというのなら、
その船を出す様に頼むことは容易ではない。　　　　　　　　　　　　
「あの人なら、ヘキサングラー王国のお偉方に頼んで、船を出してくれるように頼めると思う。
そう思ったから、ずっとあんた達がアドレッセント王国に来るのを待っていたんだ」　
　　　　　　　　　　　　　　　　　
　船が出ていないと言う予定外の事がなければ、リョーマは今頃ラティオダンク王国へと渡っていたはずだ。

「では、不二を助けたのも偶然ではないと言う事か？」　　　　　　　　
　「そうだよ。ヘキサングラー王国の近辺を拠点にして、俺はあんた達が来るのを待っていた。
そしてやっと見付けたと思ったら、あんた達は誰かに襲撃されているところだった」　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
「お前はそれを遠目に見ていたんだな？」　　　　　　　　　　　　　　　
「そう言う事。そうしたら、あの人が連れ去られるのが見えた」　　　　　
　「...それで、フジを連れ去った連中の後を気付かれずに追ったと言うわけか？」　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
リョーマが不二を助け出せたのは、どう言う経緯があっての事だ。　　　　
「そう、命令を出したのが誰かはわからないけど、あの人が囚われていた場所が、
アイスキングダム王国の貴族の別荘かなにか立派な屋敷だったのは確かだよ」

フジが屋敷へ連れ込まれるのを確認したリョーマは、兵士達が屋敷を出て行くのを待ってから
中へと忍び込んだ。そして部屋の外にも中にも見張りがいないと言う事に驚いたと言う。
理由はすぐにわかった。　　　　　　　
フジは動けない様に薬で体の自由を奪われ、魔力も封じられていた。その為、見張る必要は
ないと思い塀を置かなかったのだろうと言う事。　　　
　もしくは兵を見張りに置かなかった理由には、他の事情があるのかもしれないとリョーマは
思っている。薬で自由を奪われ寝台に寝かされていたフジは、その部屋に並ぶ作り物の工芸品の
様に美しかった。側でじっと見つめていると、体の奥が熱くなってきそうなどこか幽艶な美。
フジを攫う様に命令した者は、見張りにつけた兵士が彼に邪な行いをするのではと心配したのではないかと。

フジのいる部屋に見張りがいない事は、リョーマにとって幸いだった。一旦、屋敷から抜け出したリョーマは、
テヅカ達がいる場所を探した。そして、それはすぐにみつかった。アイスインペリアル王国と
ヘキサングラー王国の間にある街道に宿屋は一軒しかなかったからだ。そこで宿の主人に
テヅカ宛の手紙を託すと、リョーマは魔術でフジが捕らえられているいる屋敷へと飛んだ。
そしてフジを救出したのだった。

「アイスキングダム王国の者が、フジを攫ってどうしようと言うんだ...
」「そんな事、俺にもわからないよ。あの人の目が覚めたら、何か心当たりがないか
聞いてみるしかないんじゃないの？」　　　　　　　　　　　　
　「そうだな、どこの手の者なのかがわかれば、フジに何かわかるかもしれない」

「ねぇ、聞いてもいい？」

「何だ？」

「素性も知らないのに、あの人とどうして同行する事になったの？」

テヅカはフジと知り合った経緯を話した。それを聞いたリョーマは、知り合ったのは全くの
偶然だったと言うその経緯を聞いて納得したようだった。

「お前の方こそ、何故、フジの素性を知っている？」

「それは、あの人の目が覚めたらわかるよ。あの人にその事も聞く気なんでしょ？」

テヅカの話から、フジが自分の素性をあえて隠していたのだと言う事をリョーマは悟っていた。
だから今、自分の口から言うべき事ではないと思う。
目が覚めれば、おそらくフジは自分から告げるだろうと。

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