建物を囲う門の前には、当然のように屋敷を守る衛兵が立っており、突然現れた一行に警戒心を持ったようだった。見知らぬ連中が魔術を使って突然目の前に現れたのだ、それも当然の反応だろう。

「ここは、どこなのかな？」

無事飛ぶ事は出来たものの、行き着いた場所がどこなのかわからず、ユキムラはフジに聞いた。

「ここはヘキサングラー王国だよ。この国は城を囲む様にして、六角形の位置に６っつの建物が建てられている。その中のここは、一の角に当たる場所に建つ建物なんだ」

そう言うとフジは、屋敷を守る衛兵の方へと近付いていった。

「...この屋敷に何の用だ？」

衛兵が不信そうな眼差しをフジに向ける。けれどもフジは動じなかった。衛兵に向かって丁寧に言葉を紡ぐ。　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「この屋敷の主人に取り次ぎをお願いします。これを渡して、フジが訪ねて来たと伝えていただければ...」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
そう行ってフジは、自分の身に付けていたイヤリングを外して衛兵に渡した。テヅカ達は、その遣り取りを大人しく見ている。そうする事しか出来なかったからだ。この場はフジに任せるしかない。それを受け取った衛兵は、渋い顔をしながらも屋敷の扉を叩いた。すると中からすぐに人が顔を見せる。その人物に衛兵はフジから受け取ったイヤリングを渡すと、フジに言われた事を伝言した。

暫く待っているとドアが開いて中から現れた人物が衛兵に言葉好くなに何かを告げた。それを聞いた衛兵が、フジ達の元へとやってくる。　　　　
　「失礼致しました。どうぞお入り下さい」
　　　　　　　　　　　　　　　
衛兵はそう行って門を開ける。怪しい人物と言う誤解が解けたのか、先程とは打って変わった丁寧な対応だった。フジは当然のようにその門をくぐった。テヅカ達もその後に続く。
　　　　　　　　　　　　　　　　　
　屋敷の中に入ってすぐに一行を迎えた人物が、フジを見て何やら感慨深気な表情をする。この屋敷の執事か何かだろうと思われる初老の男だった。
「ご無事であられました事、我が主も喜んでおります」
　　　　　　　　
　男はフジに向かってそう言うと、丁寧に頭を下げた。
　　　　　　　　　
　「貴方の主の元へ案内していただけますか？」
　　　　　　　　　　　　
　「かしこまりました」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
男はフジの言葉に頷くと、この屋敷の主のいる部屋へと誘った。

二人のやり取りを見ていたテヅカ達は、その様子からフジがこの屋敷の主と旧知の中であるのだと言う事を悟る。執事らしき男は、明らかにフジの事を見知っている様子だ。そうでなければ、フジを見た時にあんな表情をしないはずである。”無事で”と言う言葉がきになったが、今ここで聞く事ではないと思い、その事に着いては尋ねなかった。フジが心当たりがあると言っていた魔術師とは、この屋敷の主の事なのだろうかと、その関係に思いを馳せる。いったいこの屋敷の主人とどう言う関係だと言うのか。今いるのはヘキサングラー王国の貴族のものと思われる屋敷。　　　　　
　その主と顔見知りであると言う事が、フジの素性を思わせた。

　　　　　　　　　◆　　　　　　◆　　　　　　◆

外壁と同様、中も派手すぎる事もなく、城を基調とした落ち着いた内装の屋敷である。男が案内したのは、この屋敷の一番奥の部屋だった。男はフジ達に頭を下げると部屋の中にいる主へと取次いだ。

「どうぞお入りください」

そう言うと男は、フジ達に中へ入る様に促し、自分は部屋の外へ出た。

この屋敷の主は随分と若い男だった。銀色の髪をした涼し気な美貌の持ち主。

「フジ、良かった。無事だったんだね」　　　　　　　　　　　　　　　　
屋敷の主は、そう言うとフジを強く抱きしめた。　　　　　　　　　　　
　「痛いよ、サエキ...」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　フジに言われてサエキと呼ばれた屋敷の主は、すぐに体を離した。その表情にはフジと再会出来た事の喜びで溢れている。　　　　　　　　　　　
　「ゴメン、つい力が入ってしまったみたいだ。ところで、この人達は？」
フジの後ろにいるテヅカ達に視線を向けて、サエキが聞いた。　　　　　
　「今、一緒に旅をしている仲間だよ...」　　　　　　　　　　　　　　　
　「旅？何故そんな事を？無事だったのならどうしてすぐに姿を見せてくれなかったんだい？」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「それは...」　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「アドレッセント王国が消えたと言う知らせが入った後、誰もフジの行方を知る者は現れなかった。この国にも、災禍から逃れてきた人たちが大勢いるけれど、皆、自分達の事で手一杯で、他人の事まで気にしている余裕はなかったと言っていた。姿を見たと言う情報は入ってこなかったし、もしかして城と共にフジも消えてしまったのかと心配していたんだ」　　　
　「心配をかけてゴメン...」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　フジがサエキに謝る。

二人の会話を聞いていたテヅカ達は、アドレッセント王国の名が出た事に驚いた表情をしていた。サエキの言葉から、フジがアドレッセント王国の関係者であると言う事がはっきりと知れる。テヅカ達の反応を見たフジは、その事に対して冷静だった。ここを訪れると決めた時から、いや、その前から、自分の素性を明かす事に覚悟は出来ていた。

「フジ、お前は...」

「僕は、アドレッセント王国の王家の生き残り...。それが事実だと言う事は、ここにいるサエキと、君の弟のリョーマ君が保証してくれるよ」

驚愕するテヅカに、フジはそう告げる。まるで何でもない事のように。その表情には何の感情も現れていなかった。

フジがアドレッセント王国の王家の生き残りと聞いて、テヅカはリョーマとの接点を理解した。リョーマに魔術の才能があるとわかったのは数年前の事。魔術の修行の為に、リョーマはアドレッセント王国の魔術師ギルドに預けられていた事がある。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　魔術の修行をする為の魔術師ギルドは、アドレッセント王国に限らず、各国にもうけられているが、魔術の研究が一番進んでいると言われているのは、アドレッセント王国である。それも無理からぬ事と言えるかもしれない。アドレッセント王国のお王家は、魔術の才能に恵まれたものが多く生まれる事で有名なのである。代々の王は、全て魔術師だ。そう言った事柄も、魔術の研究に勤しんだ理由の一つに上げられるだろう。そして、もう一つは、アドレッセント王家に保管されていたある物の存在。
　　　　　　
それらの事から、アドレッセント王国は、別名魔法王国とも呼ばれていた。リョーマが魔術の修行の為にアドレッセント王国へ預けられたのも、そうした高い技術を身に付ける為だ。教育に厳しいプライム王家では、皇子である彼に、より優れた実力を身に付けさせる為に、自国のギルドで勉強させるだけでなく、暫くの間、遠方のアドレッセント王国に預けて修行させたのだ。

魔力を持って生まれた者は、特に教えられなくてもある程度の魔術は使える。けれど、真にその力を使いこなすには、やはりこれまでに研究されて来た事柄、奥義と言ったものを学ぶ必要がある。学んだからと言って、誰もが力ある魔術師となれるわけではない。そこには持って生まれた魔力の差と言うものが関係してくる。たいして魔力も持たないものが、大技と言われるような破壊力のある魔術の使い方を学んだとしても、術を発動させる事は出来ないのだ。魔力を全く持たない者が、魔術を習ったところで術を発動出来ないのと同じである。また魔力にも系統と言う者が有り、炎をあやつるのが得意だとか、風をあやつるのが得意だなどと言う様に、それも人によってそれぞれ違う。

「フジ...？」

フジの言葉を聞いたサエキは、困惑してその名を呼んだ。

フジの言った事から、その仲間の様子は明らかに動揺しているようだった。その事から、彼等がフジの素性を知らなかったらしいと言う事を悟る。どう言った事情から一緒に旅をする事になったのか、その経緯等を知りたいとサエキは思った。アドレッセント王国が滅んだ後、これまでフジがどうしていたのかも。

「サエキ、君が僕に聞きたい事は、色々とあると思うけど、それらの事を話す前に頼みたい事があるんだ...」　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「頼みたい事？俺に出来る事なら、何でもするけど」
　　　　　　　　　
　「有難う、これを見てくれる？」　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　
そう言ってフジは、自分の首に嵌められたリングをサエキに見せた。
　　　
「これは...、魔力を封じるための道具みたいだけど」
　　　　　　　　　　
リングに触れつつ、サエキはそれを観察した。
　　　　　　　　　　　　
　「外せないかな？君、昔からこう言う物を解除するのは、得意だったよね？」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「...やってみるよ。少し調べさせてもらうね」
　　　　　　　　　　　　　
リングに手を触れ、解除する為の方法を探る。リョーマとユキムラに解除出来ないと言わしめた代物だけに、そう簡単にとはいかないようだった。けれどサエキは出来ないとは言わない。

「どうかな？何とかなりそう？」

「うん、出来そうだ。フジ、そのままじっとしていて...」

サエキはそう言うと、リングに手を触れたままそこに意識を集中する。小声で呟く様に呪文を唱えると、リングはフジの首から外れサエキの手に落ちて崩れ去った。これでもう追跡の心配はない。

「有難う、サエキ」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「どういたしまして、これで落ち着いて話を聞けるね。けれどその前に、会わせないといけない人がいる。少し待っていてもられるかな？」　　　
　フジにと言うよりは、テヅカ達に向かってサエキはどう言った。　　　　　
「わかった」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
テヅカはその言葉に頷く。それを聞いたサエキは、ドアの外で待機している執事に、ある人物を連れて来てくるように告げる。

テヅカは内心ではまだ動揺していたが、そうも言っていられない。これから現れると言う人物がどこの誰かは知らないけれど、この場に誰かが一人増える事等、些細な事に思える。フジがはなそうとしている事は、テヅカ達が旅してきた目的そのものに関係するのだ。嫌でも緊張感が高まる。　
　「有難う、俺の名前はサエキ。この屋敷の主であり、不二とは幼馴染みだ。君たちはフジの旅の仲間だそうだけれど、自己紹介をしてもらってもいいかな？」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「俺の名前はテヅカ、こちらは弟のリョーマだ。そして、ユキムラとサナダだ」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　テヅカはそう言って、皆を簡潔に紹介した。
　　　　　　　　　　　　　
　「君たち、ただ者ではないように見えるんだけど...」
　　　　　　　　　
　テヅカ達をぐるっと見回してから、サエキはそう言った。フジの素性を聞いて彼等は驚きはしたものの、その態度に謙ったところは見られなかった。その事から、彼等もそう言う階級にいる者達なのではないかと思ったのだ。

「サエキ、テヅカ達は、プライム王国の皇子なんだ。そしてユキムラはライズメア王国の皇子、サナダはユキムラの護衛で彼もライズメア王国の貴族だ」　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　テヅカ達の代わりに、フジが彼等の素性を告げた。　　　　　　　　　　
　「プライム王国にライズメア王国。そんな親交のなかった国の一たちと、どうして一緒に旅をする事になったんだい？それに一国の皇子がこんな少人数で旅を？」
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　彼等の素性を知った時、フジが抱いたのと同じ事を、サエキも思ったようだ。

「彼等は、アドレッセント王国の消失の理由を調べるために、ここまで旅をしてきたんだ」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
「アドレッセント王国の事を？それを知っていて、フジは彼等の仲間になったの？それならわざわざここまで一緒に来なくても...」　　　　　　　
フジが何故そんな連中と共に旅をしてきたのかと、サエキはその事を不思議に思った。彼に最初から話す気があったのなら、こんな所まで足を運ばなくても済んだはずだ。誰よりもアドレッセント王国で起こった事を知っているのはフジなのだから。フジが彼等に素性を隠していた事もサエキを混乱させる原因となっている。素性を隠していたと言う事は、彼等に何も語るつもりはなかったのではないかと。それなのに何故一緒に旅をしてきたのかと。フジの行動の矛盾にサエキは首を傾げた。

「...偶然知り合ったんだ。その時はお互い素性を知らなかったし、その目的もはっきりとは知らなかった」　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「偶然ねぇ...」　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
サエキがそう呟いた時、ドアの向こうから控えめな声が聞こえてきて来客を告げた。サエキはそれに答えると、その人物に部屋の中へ入ってもらうように告げた。部屋の中に入って来た人物は、魔術師らしい長衣に身を包んだ背の高い人物だった。四角い形をした変わった眼鏡をかけているのが特徴的だった。

「イヌイ...」

そこに現れた人物の姿を見て、フジは思わずその名を呼んだ。

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