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演習場の観客席に入ったフジは、先に行っているはずのエイジの姿を探していた。
毎回多くの人が集まると言う事は、エイジから聞いて知っていたのだが、予想をはるかに
越える人の多さに戸惑いを感じる。

ここ暫くの間に、あまり大勢の人に会わない静かな生活を送っていたせいだろうか、
人の多さに目眩がしそうだった。そんな中、どこから自分を呼ぶ声が聞こえるのに気付く。

「フジ～、こっち、こっち」

フジがエイジの姿を見つけるよりも早く、エイジの方がフジに気付いたようだ。
声が聞こえた方を振り返ると、エイジが振っていると思われる手だけが人々の方向に
見えている。先に会場へと足を運んでいたエイジは、少しでも試合が見やすい場所をと
思ったのか、一番前の席を陣取っていた。場所を確認したフジは、エイジがいる方へと
足を向ける。

エイジはその場に一人でいた。サクノはその場にはいない。

「あの子は？」

「あっちだよ。ほら、あそこ」

フジに聞かれて、エイジはサクノがいる場所を指した。そこは今回の模擬試合を仕切る
関係者用の観客席で、フジ達がいる観光客とは隔たっている。エイジは彼女をそこへ
送り届けてきたらしい。試合場所となる広間のすぐ側に作られた席は、関係者を優遇した
試合を見る為の絶好の場所と言えた。唯一の難点は、試合場所に近すぎて時々弾かれた
剣等が飛んでくる心配があると言う事だ。

「本当に人が大勢集まるんだね」

会場を見回しながら、フジがそう呟いた。フジ達がいる場所は、城の関係者しか
入れない席なのだが、こちらも人でいっぱいだった。騎士の出世がかかった試合とあって、
その家族の者達も大勢応援に駆け付けているらしい。

「びっくりした？」

「うん。ちょっとね」

「試合が始まったら、もっとびっくりするかもしれにゃいね。ところで、にゃんの話をしていたの？」

自分を先に会場に行かせてまで、スミレとどんな話をしていたのかと、エイジはフジに尋ねた。

「秘密かな？」

「え～、ずるいにゃ！」

「ずるいって、そんなにスミレさんと話がしたいのなら、エイジも試合が終わった後で話を
してくればいいんじゃないかな？」

「う～、にゃにを話していいか思いつかにゃいし」

頭を抱えて唸っているエイジを見て、フジはクスッと笑った。伝説の女傑と言われる人物に
興味はあるものの、話しかける事にどうやらエイジは戸惑いを感じるらしい。普段は何者にも
物怖じしないエイジにも苦手なものがあるらしいと知って、何となくおかしかったのだ。

「エイジ...」

銅鐸の音が場内に響き、フジはそっとエイジを伺った。

「試合が始まるにゃ」

その音が合図だったらしく、広場には最初に試合を行う二人の騎士が姿を見せた。
今度は試合開始を知らせる合図の音が鳴り響いて、向き合った二人の騎士達の試合が始まった。

二人とも手には真剣の代わりに木で作られた剣を持っている。鉄製の剣ではないとは言え、
あれが体に当たれば相応のダメージを受けるものと思われた。

試合は４つのグループに分かれたトーナメント方式になっていて、勝ち残った者が次の試合に
進む権利を手に入れられる。大勢の観衆が見守る中、試合は次々と進められていく。

「ねぇ、エイジ聞いてもいいかな？」

視線は試合に向けたまま、フジはエイジに問いかけた。

「にゃに？」

「皆よくテヅカに遠慮せず試合を望む気になれるものだなと思って」

トーナメントが進む中、幾度か飛び入り参加する市井からの参加者の姿があった。
飛び入り参加は、試合の決着がついた後、その試合の勝者に挑戦する名乗りを上げる。
勝者がそれを受ければ、その後すぐに対戦する事が許される仕組みになっている。
当然の事ながら、勝者には断る事も許されているのだが、見ていると皆断らずに
その挑戦を受けているようだ。

勝者が挑戦を受ければ、会場は盛り上がる。それもあって、試合に続く試合で疲労感が
あるにもかかわらず、続けての挑戦を受けていると言う事もあるのかもしれないとフジは
思った。断れば、怖がっているのかと侮蔑にも似た侮りの訴訟を受ける事になるので、
それを避ける為も勿論あるのだろう。勝利したにもかかわらず侮蔑の言葉を投げられる
のは、本人にとっても理不尽な事だ。

色々な騎士に飛び入りの挑戦者が現れたが、その誰もが念願の勝利を手にする事は
出来なかった。市井の者が試合に勝ち、城へ仕える権利を持つと言う事は、並大抵の努力では
叶わないらしい。それだけプライム王国の騎士達が、日々腕を磨いている成果の現れかもしれない。

テヅカにも勝ち上がる度に、挑戦者が現れている。そのどれも今のところテヅカは退けて勝利を収めている。

その様子を見ながら、フジはふと疑問に思ったのだ。

確かにテヅカは強い。

だから挑戦して勝ちたいと思う者が大勢いるのも、別に不思議な事ではない。
けれどテヅカの身分を考えると、よく怖じ気ずく事もなく、切りかかっていけるものだなと
その勇気にある意味感心したのだ。

使っているのが木で作られた試合用の剣とは言え、当たれば怪我を負わせたりしたら、
自分達が罰せられるかもしれないと言う恐怖はないのだろうかと。

「あぁ、それは皆がテヅカの正体を知らないからじゃにゃいかな？」

フジの疑問に、あっけらかんとした口調でエイジは答えた。

「えっ？」

「勿論、城にいる騎士達は、テヅカがこの国の世継ぎの皇子である事は知っているにゃ。
でも、市井の人達はその事を知っているにゃ。でも、市井の人達はその事をしらにゃい。
だからじゃにゃいのかな、あんなに果敢に挑戦できるのは」

あっさりと言うエイジに、フジは目を丸くしている。

「知らないって、どうして？」

「この国では、それが当たり前なんだにゃ。テヅカは確かにこの国の後継ぎだけど、
その力が認められなければこの国を継げないって話は聞いてる？」

「少しは...、これもその事と関係しているの？」

「うん。この国では、正式に王位を継ぐ事が発表されるまで、公式の場にテヅカが
皇子として姿を見せる事はにゃいんだよ。だから城下に住んでいる人達は、テヅカの事も
城に仕えている騎士の一人だと思っているはずにゃ」

「どうりで皆遠慮なく、テヅカに挑んでいるわけだ...」

「そう言う事」

「後で正体を知ったら驚くだろうね」

フジはエイジの話を聞いて疑問が解けたようだ。納得したように頷いている。

「それは驚くと思うけど、もしもテヅカに怪我をさせたとしても、その事を後で罰せられる
事はないから大丈夫にゃ」

「................」

色々な意味で、この国の王家には他国の当たり前が通じないらしいと言う事をフジは悟った。
試合に勝ったテヅカの前には、また挑戦者が現れていた。勝つ度に挑戦者が現れている
テヅカは、他の人達よりも多くの試合数をこなしている。

少し心配そうな表情で、フジはテヅカの試合の行方を見守った。

「テヅカは、大丈夫にゃ。こんな事は毎回の事だもん」

「そうなの？」

「うん。テヅカの正体を知らなくても、その強さは毎回会場に集まっている人達にはわかっている。
だから挑戦者も毎回多く出てくるし、今回に限らずこれもいつもの事なんにゃ」

「本当にこの国は実力主義なんだね」

「そうなるのかにゃ？」

二人の見守る中、テヅカの試合の決着はついた。

結果はテヅカの圧勝だった。

周囲から大きな歓声が上がる。

結果を見届けたフジも、ほっと吐息をもらす。テヅカの強さは知っているけれど、
決着がつくのを見届けるまでは、やはり気持ちが不安で揺らぐ。テヅカの試合が終わり、
会場の端にある騎士達が控えている場所へテヅカは戻っていく。それと入れ替わりに次に
試合が出る騎士が二人会場の中央へと進み、すぐに次ぎの試合が始まった。

その時アクシデントが起こった。

「！危ない」

試合をしていた騎士のうちの一人の剣が、その手から弾き飛ばされて観客席にいる
フジ達の方へと飛んできたのだ。

それを見て、観客席から悲鳴が上がる。

咄嗟にフジは自分の腰に手をやり、習慣でいつも忍ばされている短刀を鞘ごと手に取った。
それで飛んできた剣を弾くつもりで、フジはさっとエイジを庇う様に身構える。けれど、フジが
その剣を使う事はなかった。

剣がフジ達の元に届くよりも前に、誰かがその前に立ちはだかったのだ。フジがその人物の
背中を目にした時は、こちらに向かって飛んできていた剣は地上に叩き落とされ全てが終わっていた。

「タカさん、有難う」

自分達の前に出て、飛んできた剣を叩き落とした人物にエイジが礼を言う。フジもつられて、
エイジが親し気に名を呼ぶ人物に視線を向ける。

「二人とも怪我はない？」

「うん、にゃいよ」

「...有難う」

二人の言葉を聞いたその人物は、安心したようにその場を離れていく。

「あの人も、今のところ勝ちス進んでいる人だね。エイジ、知っている人なの？」

間近で見たのは初めてだが、自分達を助けてくれたのが今日の試合に参加している騎士の
一人である事は、試合を観戦していたフジにもわかっている。剣がこちらに向かって
飛んでくるのを見た時、慌てる自分とは裏腹にエイジが落ちついていたのは、こちらへ向かって来る
彼の姿が見えていたからかもしれないと全てが終わった後フジは思った。

「それ程親しくしているわけじゃにゃいけど、タカさんは、騎士団の一員だしね。
騎士団に顔を出せばタカさんとも会う事があるから、お互い顔を名前くらいは知っているにゃ」

「そうなんだ？」

「うん」

「エイジは、色々な所に知り合いが大勢いるんだね」

フジはエイジに向かってそう言った。誰とでも仲良くなれる彼を微笑ましく思う。

アクシデントはあったものの、幸い怪我人も出なかった。試合の方は、まるで何事も
なかったかのように続いていく。

最終邸に残った騎士は４人となっていた。

その４人の中は、テヅカの姿もある。

ここまでくると流石に飛び入り参加しようと言う勇気のある者は少ないようで、後２試合で
全ての決着がつくだろうと思われた。

「あっ、タカさんだ！頑張れ～」

遠く離れた本人の耳には届かないだろうが、エイジは大声で声援を送った。先程助けて
もらったお礼のつもりもあるのかもしれない。

フジも静かに試合の行方を見守る。

試合の決着はなかなか着かなかった。お互いここまで勝ち残ってきただけあって、一歩も
引かない緊張状態が続く。それでも、長く続いた緊張感が切れる瞬間がきた。

「勝ったみたいだね」

「うん。次に勝った方と、タカさんが優勝争いって事になるにゃ」

「次の試合...」

余韻に浸る暇も無く、次の試合が始まろうとしていた。

テヅカの試合が。

フジとエイジは、試合会場に意識を集中される。

先程の試合よりも、次の試合は早く終わった。準々決勝だと言うのに、テヅカと相手の
実力の違いは明らかだったからだ。

高々とテヅカの勝利を告げる、スミレの声が聞こえる。

「う～ん、テヅカとタカさんの対決かぁ。どっちを応援しようか迷うにゃ」

本気で悩んでいる様子のエイジの横で、フジも真剣な表情をして試合を見ている。
これが決勝戦とあって、周りの歓声も一際大きなものとなっていた。

試合が最後に盛り上がりを見せる中、決着はついた。

「テヅカ...」

勝者となったテヅカに、人々の歓声が集まる。

「テヅカが勝ったにゃ」

これで全ての試合が終わったと、会場にいた誰もがそう思った時だった。

「挑戦させてもらおうか」

一人の尊大な男の声が、場内に響き渡った。

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