アトベが帰った後のプライム王国城内では、新たな噂話で持ち切りとなっている。エイジがテヅカに指摘した様に、アトベの不二に対する感情が幼馴染み以上のものではないのかと、昨日あの場に居た侍女達も密かに噂していたのだ。侍女達の間では、フジを巡るテヅカとアトベの三角関係な物語が勝手に想像され流布していた。あながち全くの想像の産物とは言えない部分もあるのだが。

普段厳粛すぎる雰囲気に包まれたプライム王国では、そう言った恋愛事に関する話題が薄いので、侍女達は日々面白みのない思いをしている。　　　
今回の事が彼女達の間で瞬く間に盛り上がってしまったのには、そう言った背景もあるのだろう。彼女達は、フジの事をアイスキングダム王国の姫君に見立て、その国の秘宝をテヅカが攫ってきたのだと話していた。男であるフジを姫君扱いするのは失礼だとわかっているので、本人の前でそんな事は口にしないが、自分達が話をする時は、フジの事を姫扱いしていた。そしてフジを手に入れたテヅカに、さすが自国の誇る皇子だと、ある種のよくわからない尊敬の眼差しが注がれる事になったのだが、当人はそんな事は全く気付いていなかった。

テヅカが狙っていたように、フジの素性に関して疑いを持つ者はなく、その効果は想像以上だったと言える。しかし、まさかこんな余分なおまけ話が広がるとは、テヅカも思ってもみない事だった。

　　　　　◇　　　　　◇　　　　　◇

プライム王国にある魔術師。その建物から急いで出て来るフジの姿があった。

「ゴメンね、タカさん。今日は少し待たせてしまったね」

「いや、そんなに待っていないよ。フジコちゃん」

「そう？それじゃあ行こうか」

フジに促されて、二人は城へ向かって歩き始めた。こんな光景が見られる様になたのは、数日前からの事だ。

アトベがアイスキングダム王国へ帰ったその日に、テヅカはフジの部屋を訪れて唐突に言った。

『フジ、先日許可が下りたんだが、この国の魔術師ギルドで勉強をしてみる気はないか？』

突然のテヅカの思いがけない発言に、フジは目を丸くしていた。

『えっ？』

『お前のいたアドレッセント王国の魔術師ギルドに比べれば、我が国の魔術に対する技術は
劣っているかもしれないが...』

口ごもるテヅカに、フジは首を横に振った。ギルドに所属し、魔術の勉強を続けられると言う事は、フジにとっても願ってもない事だった。国を失ってからも独学で魔術の勉強を続けてはいるが、時には師と呼べる様な人に指示して欲しいと思う事もある。

『本当にいいの？』

『あぁ、お前の才能を、このまま城の中で埋もれさせるのは惜しいと思っている。特別扱いは出来ないから、当然見習いの立場から始めてもらう事になるが...』

テヅカはずっと、今のフジの立場を変えてやりたいと思っていた。テヅカの想い人としてしか見られていない、今のフジの立場を。そして将来的には、公務に関してもテヅカの補佐として立って欲しいと思っている。その為には、フジの魔術の才能をこの国で認めされる必要があるのだ。

ギルドに通う事を勧めるのには、そう言った理由の他に、昼間城から自由に動けないフジを今よりも解放してやりたいと言う気持ちもある。ギルドに通う様になれば、城にいる時とは違う友人も作れるだろうと。

今はフジの様子を気遣って、エイジが毎日の様に部屋を訪ねてくれているようだが、何時までもそう言うわけにはいかない。エイジにはエイジの生活があるのだ。

『嬉しいよ、テヅカ。有難う』

晴れやかに笑うフジの笑顔に、テヅカは勧めてみて良かったと思った。

『では、早速明日から通えるようギルドの方には話を通しておく。フジ、外に出よう』

善は急げとばかりに、テヅカは行動を開始する。

『どこへ行くの？』

急な展開についていけず、フジは首を傾げてテヅカに問った。

『騎士団の詰め所だ』

『？』

どうしてそんな所へいくのか理由もわからないまま、フジはテヅカの後をついていった。

詰め所についたテヅカは、フジに外で待っているように指示すると自分だけ中へ入っていった。そしてすぐに一人の人物を伴って出て来る。

『紹介しよう、カワムラだ』

テヅカはそう言って一人の騎士をフジに紹介した。

『フジです。宜しく』

にっこりと笑ってフジがそう言うと、騎士は照れた様に頬をうっすらと朱くした。その騎士の顔にフジは見覚えがあった。先日の騎士団の模擬試合の時、飛んできた剣からフジ達を守ってくれた人物だ。エイジがタカさんと親し気に名を呼んでいた事もあり、印象に残っている。

『本当は俺が一緒に行きたいところだが、そうもいかないので彼にお前の護衛を頼んだんだ』

唐突にテヅカは言った。

『護衛って...』

『魔術師ギルドと城を行き来する時の護衛だ』

『.........』

テヅカに言われて、フジは思わず絶句してしまった。確かに魔術師ギルドに通う為には、城の外へ出なければならないが、その程度の事に護衛など必要ないのではないかと思った。毎日の行き帰りに自分に付き合わせるのも申し訳ないと思い、フジは一人でも大丈夫だから護衛はいらないと言ったのだが、テヅカは譲らなかった。結局カワムラは、フジの護衛として毎日城と魔術師ギルドの間を行ったりきたりする事になったのだ。

『明日の朝、迎えに参ります。フジ様』

『フジって呼び捨てで構わないよ』

畏まって言う河村に、フジは苦笑してそう言った。

『いや、でも...』

『いいから呼んでみて』

『ふ、フジ...コちゃん...』

『.........』

その後も何度か呼び捨てにしようと試みたカワムラだったが、どうしても上手く言う事が出来なかった。それを見兼ねがフジは、それなら自分の事を呼ぶ時は呼びやすい愛称でいいと言った。ゴロがよく言いやすかったのか、カワムラはフジの事をフジコちゃんと呼ぶ様になった。

苦笑しつつそれを受け入れたフジは、自分もカワムラの事をエイジが呼んでいたようにタカさんと言う愛称で呼んで良いかと聞いた。カワムラもそれに頷いた。そんな事があって、二人はお互いを愛称で呼ぶ様になったのだ。城と魔術師ギルドの往復だけと言う短い間一緒にいるだけだったが、二人はそれなりに打ち解けていった。

城へ戻ると、二人の姿を眺めるいくつもの視線があった。

（フジコ姫だ、今日も綺麗だな...）

（いいよなタカさん、フジコ姫の側にいられて...）

遠巻きにそんな事をささやきあっている声があったが、二人の耳には届いていなかった。二人の姿を見ていたのは、城に仕える若い騎士達だった。アトベが訪れた事による影響力は、こんなところにまで余波していたのだ。

城に仕える騎士達は、テヅカが前回の旅で想い人を連れて帰ってきたと言う噂は耳にしていたが、その人物の姿をはっきりと見た者はいなかった。彼等がフジの姿をまともに見たのは、アトベが訪問した時だったのだ。フジが男だと言う事は彼等も知っているのだが、その中性的な美貌に憧れのような崇拝を抱く輩も多かった。そこへカワムラのフジコちゃん発言と、侍女達の姫呼ばわりもあり、彼等の間でフジは何時の間にやらフジコ姫と言う愛称で呼ばれる様になっていた。

本人の前でその名を呼ぶのは失礼だとわかっているので、こちらも自分達が話をする時だけそう呼んで本人の耳には入らない様に気をつけている。

そんな噂が広がって盛り上がるくらい、プライム王国は今平和だったのである。

テヅカやフジもその平和な雰囲気に慣れつつあった。王からの密命を受ける事もここしばらくなく、テヅカもずっと城に身を置いている。

ずっと続くかに思われた平穏な時。

それが脅かされる事になったのは、数日後隣国からの使者を迎えた時からの事だ。

その日謁見の間では、王が隣国からの使者を迎えていた。

『それでは、御出席頂けるのですね？』

使者の確認に王は頷いていた。

それを見た使者は、日時を告げ自国へと帰っていった。

テヅカが王に呼び出しを受けたのは、それからすぐの事だった。

　　　　　　　　　小説目次へ　　

サイトへの掲載はここまでとさせて頂きます。続きはオフ活動の方でお付き合い下さい。