大陸の中心部。

そこは魔の森と呼ばれ人が全く近付かない場所。

自分なりに導きだした答えから、フジの居場所がそこだろうと確信して白を出たテヅカは、
その場所で見事探し人の姿を見つけた。そして、自分の間が間違っていなかったことを知る。

フジが城を出た理由に当たりをつけていたテヅカは、その事を承知の上で自分と一緒に
プライム王国に戻るようにと彼を説得した。最初フジはテヅカと共に城に戻る事を渋った。
事情から考えて、フジの気持ちのわからなくはなかったが、だからといってテヅカはそのまま
退く事は出来なかった。退くと言う事は、フジの事を諦めると言う事。

諦められる程度の想いなら、テヅカは最初からこんな場所までフジを探しに来たりは
しなかっただろう。

この場所に辿り着くまで、テヅカが数日の日数を要したのは、道程が険しいからと言う事
だけが理由ではない。

プライム王国から出て、ライズメア王国との国境にある道を通り、テヅカはまっすぐに魔の
森を目指した。魔の森の奥には人は近付かないが、その麓にはそれを良い事に山賊達が
アジトを構えている。彼等のアジト付近に足を踏み入れる以上、何事もなく通り過ぎると
言う事は出来なかった。　　テヅカは魔の森の奥へ進む為、山賊達と戦い自力で血路を
開くしかなかった。出来るだけ血を流す事は避けたいと思っていたテヅカだが、甘い事
ばかり言ってもいられず、ここに辿り着くまでに幾多の血を流して来た。

山賊だけでなく、森には人を襲う獰猛で危険な動物も生息していた。

それでもテヅカは、前へ進んだ。

中心部に辿り着くまでに日数を要したのは、そうした理由からだった。テヅカにとっては
それも当初の予定の範囲内の事。魔の森と恐れられ人々が近付かないような場所なのだ。
最初からすんなりと事が運ぶとは思っていない。

自ら命を危険に晒す様な真似をして、ようやく辿り着いた魔の森の中心部。
そこはこの大陸が今の７王国、アドレッセント王国が失われてしまったので６っつとなってしまった
王国が栄える前の時代の名残が、古代魔法王国が栄えていた時代の遺跡を思われる建物が
数多く残っていた。中には崩れてしまい原型を止めていない建物もあったが、幾つかの建物は
少し手を入れれば今での人が住む事が出来そうなものもあった。

中心部がそんな様相をしていることを、テヅカは今回初めて知った。世間の人たちと同様、
テヅカもこれまで魔の森の中心部に近付いた事はなかった。フジの事がなければ、
一生近付く事なく終わっただろうと思われる。

目的地に辿り着いたテヅカは、労する事なくフジの姿を見付けた。

テヅカに気付いたフジは、その姿を見て驚いた表情をしていた。それも当然の事だろう。
フジはまさかテヅカが自分を追ってくるとは思っていなかったに違いない。

プライム王国に行く事を渋るフジに、テヅカは全てを知った上での自分の覚悟を伝えた。

フジの心を変えさせる為に。

強い意志を込めて。

彼の背負った重い宿命も、一緒に背負うために。物事に完全な事はないし、危険がついて
回る事も承知している。

その上での決意。

そんな思いが届いたのだろう、まだどこか迷いつつもテヅカの言葉にフジは頷いた。

「そろそろ行こう」

こんな所に長居は無用と、テヅカはフジにプライム王国に帰る事を促す。

「うん...」

返事をしたものの、フジはどこか浮かない表情をしていた。

「フジ、俺たちの不在はオオイシが上手く隠してくれていると思う」

「えっ.....？」

テヅカの言葉にフジは驚いた。まさかテヅカがそんな手を打っているとは思っていなかったのだ。
自分の不在はとっくに周囲に知られていると思っていた。フジがプライム王国を出奔してから、
既に数日が経過している。

テヅカと共に、プライム王国に戻る事を同意したものの、出奔した理由をどう皆に説明するの
だろうと心配していたのだが、テヅカは後々の事まで考えて行動していたらしい。
その用意周到さからも、テヅカが絶対に自分を連れて戻るのだと思っていたらしいと言う事を知る
。本当にこのまま一緒に行ってもいいのだろうかと、迷うフジの心を断ち切る程の強い意志。

「だから皆に知られる前に、こっそりと城に戻りたいんだが...」

テヅカが城に早く戻りたいのは、留守番役を務めているオオイシ達の事も心配だったからだ。
自分達の事は、彼が上手く誤魔化してくれているだろうと、その事を疑ってはいないが、
そろそろそれが限界だろうと言う事も感じていた。自分達の不在がいつまでも隠し通せるとは
テヅカも思っていない。フジを見付けた以上、一刻も早くプライム王国へ戻りたかった。

「わかった。君の部屋に魔術を使って飛べばいいんだね？」

早くプライム王国に帰りたいと言うテヅカの気持ちもわからなくない。そう思ったフジは、テヅカの
言葉から彼が言いたいのだろうと言う事を口にした。オオイシ達に後を託してきたとは言え、
城の事も彼等の事も心配なのだろうと、テヅカの心情を察する。

プライム王国にテヅカと共に戻る日が来るなんて、数時間前には考えられなかった事。

このままずっと誰にも会わず、一人で生きていこうと言う覚悟のもとにフジは城を出た。テヅカは
そんなフジの意志を悟りつつも、その後を追ってきたのだ。

そしてフジの気持ちを変える程の、強い意志を示した。

テヅカと再会した時、驚きつつも会えた事をどこか喜んでいる自分がいる事に、フジは気付いていた。
元々プライム王国に、彼の側にいるのが嫌になって離れたわけではない。大切だからこそ
守りたいと思い、側を離れる事を選んだ。だからこそ一緒に戻る事に、すぐには頷く事が出来なかった。
側にいる事で、テヅカに迷惑をかけるのではないか、事が起こった時に巻き込んでしまうのでは
ないかと言う不安がある。それは共に帰る事を承諾した今も全くなくなったわけではない。

それでもテヅカと共に帰る事を承諾したのは、彼の言葉が、真剣な思いが伝わってきたからだ。
テヅカの言葉がフジを勇気づけ、その意志を変えさせた事には違いない。テヅカと一緒なら
どんな困難も乗り越えられる、不思議とそんな気がした。

だからこと一緒に帰る事に、迷いつつも頷けたのだと思う。

「あぁ、そうしてくれると助かる」

魔術を使ってプライム王国に帰る事を承諾された事に、テヅカはほっと一息をつく。
帰りも息と同じ日数をかけている余裕はない。そんな事になれば、いくら何でも二人の
不在は完全に城内の者達に知られてしまうだろう。

「少しだけ時間をもらってもいい？中を片付けてくるよ」

そう言うとフジは、この数日間住居として使っていた遺跡の一つの中へと入っていく。
フジの後をついて、テヅカも遺跡の中へと入った。

遺跡の中へ入ったテヅカは、中の様子を見て少々驚いていた。

フジが数日間ここで生活していたのだから、それも当然なのかもしれないが、中はテヅカが
思っていたよりも片づけら得て綺麗な状態だった。それだけでなく、ここに本当にずっと誰も
住んでいなかったのだろうかと疑いなくなるような生活の為の道具が揃っている。何気なく
それらを手に取ってみると、この遺跡が栄えた頃の大昔の物とは思えない様な物もあった。
その事からテヅカは、ある事が気になっていた。それはここへ来る前から薄々感じていた事でもある。

「フジ、お前は以前にもここへ来た事があるのか？」

確認はしていないがフジがここへ来る時には、自分の様に険しい道を通って歩いてきたのではなく、
魔術を使って移動したのだろうとテヅカは思っている。

城を出てからテヅカは、ここへ辿り着くまでに、６日の日数を要している。フジも同じ様に自分の
足でここまで来たのだとしたら、ここへ辿り着いた日数にそう大差はないだろうと言う事になる。
そうだとすると、今の時点でこんな風に完全に生活空間が出来上がっているわけがない。

遺跡の中は昨日今日で作られた居住空間には見えなかった。

明らかにフジは、ここで数日過ごしていたのだと思われる。それどころか、その前にも誰かが
ここへ足を踏み入れた事があるのではないか、そんな風にも見える。ずっと放置された
ままだった様には見えない。

移動の魔術は一度でも訪れた事がある場所でないと使えない。その事から考えても、フジは
以前にもここへ来た事があるのだろうと。そう考えた方が自然だろうと、ここへ車での道すがら
テヅカは感じていた。

「...うん。君も知っている通り、アドレッセント王国はずっと禁断の書物アンジッヒを完全に抹消する為の
研究を行っていた。そのヒントを得るために、古代魔法王国時代の遺跡が色濃く残るこの場所に
、父や母と一緒に何度か訪れた事があるんだ」

今さら隠しても仕方ないと思ったのだろう、フジはテヅカの質問にあっさりと答えた。

「そうだったのか...。やはりずっと前から、ここの事を知っていたんだな」

「そうだよ。研究の為に、何日かここで過ごした事が以前にもある。それは僕だけでなく、
アドレッセント王国の祖先にあたる人たちの頃からずっと続けられてきた事なんだ」

「それもアドレッセント王国、王家の秘密だったんだな？」

自分が今まで耳にした事がなかった事実を確認する様に、テヅカはフジを見た。テヅカの言葉に、
フジはそれを肯定するように頷いた。

「さらに付け加えるなら、人がこの場所へ近付かない様に噂を流したのも、アドレッセント王国の
先祖だって伝えられている」

「...なる程、この遺跡を荒らされない為の予防策だったんだな」

「うん。その為の仕掛けも周囲に施されているしね。ここまで辿り着くのは大変だったでしょう？」

テヅカの服に残る戦いの痕跡を目の端に入れながら、フジはそう尋ねた。聞かなくても、
彼がここへ辿り着く為に相当の苦労をしたのだろうと言う事が伺える。森の周囲に生息している獰猛な
動植物は、ここへ誰かが不用意に近付かない様にする為に人為的に配備されたものなのだ。

アドレッセント王国の祖先は、単なる噂を流すだけでなく、それに信憑性を持たせる為に、
そんな仕掛けを施したのだ。その事もアドレッセント王国王家だけに密かに伝えられてきた事実。
そして代々のアドレッセント王国の血筋の者達は、一定の年齢を越えると親にこの場所へ
連れて来られた。アンジッヒの破壊と言う研究目的の為に。

「あぁ、だがお前はぜったいここにいるだろうと思ったから、諦めて帰る事は出来なかった」

ここへ辿り着くまでに苦労した事をテヅカは認めた。

山賊達を撒いた後、獰猛な動物に襲われそこでも戦闘を余儀なくされた。危険なのは動物だけではなかった。植物さえも油断すればこちらが食われてしまう様な恐ろしいものが生息していた。フジの言葉から、それらが人工的に作られた物、この地へ入る者を拒むために作られたものであると言う事をテヅカは知った。

「君にそこまでしてもらう価値なんて、僕にあるのかな...」

自分の為にテヅカを危険な目に合わせてしまった。そう思うと、フジは居たたまれないような気持ちになる。

思わずフジは、テヅカから視線を外した。

「お前がどう思おうと、俺にはある」

「テヅカ...」

「俺にはお前が必要だ。だから危険を冒してもここまで来た。その事でお前が気にする事はない」

「でも...」

「お前が俺を危険な目に合わせたくないと思うのなら、二度と側を離れようなどとは考えない事だ」

「テヅカ...」

テヅカの言葉に、どこか儚い風情でフジは頷いた。

フジは手荷物を簡単にまとめはじめる。元々この場所にあった物がほとんどで、フジ自身の
持ち物は少なかった。なので作業はすぐに終わった。

「あれは、持っていかなくていいのか？」

テーブルの上に置かれた一対のリングとその横に置かれた書物を指して、テヅカは尋ねた。
書物の至るところに栞が挟まれていて、何かを調べる途中になっているように見受けられる。

「それは...」

テヅカの言葉に、フジは躊躇していた。持っていきたいと言う気持ちが皆無ではないが、
そうする事に迷いがある。

「これは何かの魔力を帯びたリングなんだろう？調べている途中だったんじゃないのか？」

机の上に置かれたリングを手に取り、テヅカはそれを眺めている。魔力を持たないテヅカには、
それがただの腕輪なのか何らかの魔力が付与された物なのかの見分けはつかないが、
机の上に置かれていた魔導書との関連性からその事を判断した。

「そうだけど...」

この場所へ来てからフジは、特に何かする事があるわけではなく暇を持て余す事になった。
そこで暇つぶしに遺跡に残された魔力を帯びた道具の研究をする事にした。その手始めとなったのが、
テヅカが今手にしているリングだ。この遺跡には他にも魔力を秘めた道具がいくつか残っている。
どれも古代魔法王国が栄えた時代に作られた物たちだ。そのリングを選んだ事に特に意味はない。
たまたま手に取りやすい位置に置かれていたから選んだだけの事。リングに関連する事が書かれて
いると思われる書物がないかを探しだし、調べ始めたばかりだった。それが実際にどんな魔力を
帯びたものなのかはまだわかっていない。それ故に、フジはそのリングをプライム王国に
持ち込んでもいいものかどうかと悩んでいた。

「ならば持っていけばいい」

「でも、これにどんな魔力が秘められているのかもわからないんだよ？」

「フジ、お前の祖先達はずっと何度もこの場所を訪れてきたのだろう？」

「うん...」

「危険な物であればこうして残される事もなく、過去に全て排除されているのではないか？」

テヅカの言う事にも一理あった。確かにアドレッセント王国の祖先達は、何度もこの場所を
訪れている。と言う事は、これらの魔道具の存在も当然知っていたはずだ。ここを訪れるのが
アンジッヒの破壊に関する研究の為だったとしても、それ以外の物にも目を配らないわけがない
。危険な物があればそのまま放置したりはしないだろう。

「そうだね...」

フジはテヅカの手からリングを受け取った。それを書物と共に、荷物をまとめた袋に入れる。
やり始めた研究を途中で放置するのは、やはり心残りである。だから研究を続けたいと
言う気持ちもある。

「準備は出来たか？」

「うん。帰ろうテヅカ。プライム王国へ」

そう言って、フジはテヅカの手を取った。

二人の回りを光が包み込み、その姿は一瞬のうちにその場から消えていた。

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