ノックの後、テヅカを呼ぶ声が聞こえた。

フジ以外の３人は、当然の事ながらその声に聞き覚えがあった。声の主は、この城を束ねる侍従長のものだ。初老の男で、テヅカが子供の頃からプライム王国に仕えている。

ある意味付き合いが長い相手だけに、些細な変化も悟られてしまうかもしれないと言う緊張感がある。それだけにテヅカも慎重に行動する事にした。

３人に部屋の奥へ行っている様にと目線で合図を送ってから、テヅカはドアを開けた。

「どうした？」

ドアの外に立つ侍従長に、テヅカは手短に用件を問った。

「...どこかへお出掛けになるご予定だったのですか？」

部屋の中から姿を現したテヅカを見て、侍従長は目を丸くしてそう聞いた。テヅカが町へ出掛けたり、王からの指令を受けて出掛ける時によくしている傭兵風の格好をしているのを見てそう思ったのだろう。

「あぁ、ここのところ部屋に籠りきりだったからな、そうしようかと思っていたところだったんだが」

疑いをさける為に、テヅカは侍従長の思い込みに話を合わせる事にした。その方が都合が良かったからだ。

そしてオオイシが自分達の不在を隠すために流した嘘の話を真実とする為に、自分達がずっとこの部屋に居たのだと言う事をあえて言葉にした。　
　城内ではオオイシが流した言葉に皆が従っていて、この数日テヅカの部屋に近付く者はいなかったと聞いている。

当然の事ながら、城内を取り仕切る侍従長の耳にもそれは入っているはずだ。

テヅカはここ数日間、フジと共に部屋に籠りっきりで居た事になっている。侍従長もそれを信じているはずだ。

後はオオイシが指摘したような、テヅカの衣服に付着した血痕等の汚れに気付かれなければ大丈夫だろう。

侍従長と対峙するテヅカは、表面上は平静を装いながら、内心では緊張をしていた。

「そうでしたか、それは行き違いにならずによろしゅうございました。王がテヅカ様をお呼びでございます」

テヅカの言葉を疑う事なく、侍従長はあっさりと用件を述べた。気付かれるのではないかと心配した衣服の不自然な汚れに、侍従長は気付かなかったようだ。

「わかった、着替えたらすぐに行く。場所は王の私的な謁見室の方か？」

テヅカが王に呼び出される時は、私用の間で内密な話を聞く事が多い。城に戻ったばかりだと言うのに、また新たな指令を下されるのだろうかとテヅカは眉を寄せた。

王の密命を受けて行動する事は、テヅカにとって子供の頃から教えられてきた自分がすべき事。プライム王国の王家に生まれた者として、テヅカはこれまでその仕来りを当然の事として受け止めこなしてきた。

その事を嫌だとかやりたくないとか思った事はないが、今このじきにと言うのは有り難くない。

密命を受けると言う事は、またしばらく城を離れると言う事。今の状態でフジを残して城を離れるのは、テヅカの望むところではない。

王の指令で動く時は、城の物を供人として連れては行けない事になっている。元々この城の者でないとは言え、王の用件が密命だった場合、フジを連れて行く事は許されないだろう。いずれフジを残して、テヅカだけ城を空けなければならない日が来るかもしれないと、その事は覚悟している。けれど、もう少し時間が欲しいと思っていた。出掛ける間、安心してフジを残していけるよう、その居場所を確実につくる時間が。

「いえ、謁見の間の方にお願いします」

テヅカの予想を裏切って、侍従長はそう告げた。

「わかった。それでどんな用件で呼び出されたのかは聞いているか？」

呼ばれたのか私的な部屋でないと言う事は、密命を下される為に呼ばれたのではないと言う可能性が高い。

王の用件が何であるのかはわからないが、取りあえずフジを残して城を離れなくても済みそうだと言う事に、テヅカは内心ほっとしていた。

「はっきりとした事はまだ伺っておりませんが、他国からの使者の肩がおみえになっていて、今、謁見の間にて王と対峙しておられます。テヅカ様が呼ばれたのも、その事と関係があるのではないかと」

「その他国と言うのが、どこの国かはわかるか？」

「...いえ」

侍従長の答えを聞いたテヅカは、これ以上何を聞いても無駄だろうと思った。侍従長すらも、まだ詳しい話を聞かされていないのだと言う事を悟ったからだ。

テヅカは侍従長に用件を承った事を伝え、この場から退く様に指示をする。

テヅカの指示に従い、侍従長はその場から姿を消した。

他国の使者に会うと言うのに、今の格好は相応しくない。

テヅカは急いで着替えを済ませると、謁見の間へと向かった。

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