模擬試合は、騎士達の出世を腕を磨く機会と言うだけでなく、市井の者達の娯楽もかねている。

いつもと同じく、この日も朝から多くの人たちが演習場に集まっていた。試合が始まるには、まだ時間があると言うのに、結構な賑わいだと言える。

そんあ中、城内の塔の廊下を忙し気な足取りで歩いている一人のジン物の姿があった。

その人物は、ある部屋の前で立ち止まる。

「フジ～、そろそろ演習場へ行こうよ」

ノックをする音と共にドアが開き、エイジがフジの部屋を覗き込んだ。そして、そのまま部屋の中へと入って来る。

「まぁ、エイジ様。勝手にお部屋に入られては困ります」

フジ付きの侍女である少女が、そう行ってエイジの行動を咎める。

「ゴメンにゃ」

特に気にした様子もなく、エイジはさらりとそう言った。

「謝れば良いと言う事ではありませんわ。先日も...」

「構わないよ、入ってもらって」

眉間に皺を寄せる侍女に、フジはやんわりとそう言った。

フジにそう言われては、抗議する事も出来ず、侍女は開きかけた口を閉じ呆れた顔でエイジを見ている。彼女がエイジに咎める様な言葉を述べるのは、今日が初めてではない。フジの部屋を訪れる度に、エイジは返事を聞く前に部屋の中へと入って来る。フジはその事を特に気にしてはいないのだが、侍女である少女はそう思ってはいないようなのだ。部屋へ入る前には礼儀として、この部屋の主であるフジの了承を得てからにしてもらいたいと思っているらしい。

「もう準備出来てるんだよね、早く行こうよ」

侍女の咎める視線などものともせず、エイジはフジを誘った。

「そうだね。それじゃあ行ってくるよ」

エイジに返事を返した後、フジは侍女にそう告げる。

「いってらっしゃいませ」

侍女は会釈をして部屋から出て行く二人を見送った。

　　　　　　　　◆　　　　　◆　　　　　◆

「俺、あの子に嫌われているのかにゃ？」

先程までは、侍女にどう思われようが気にしないと言う態度でいたエイジが、部屋を出て少し歩き出した所で独り言の様に呟いた。

「そんな事はないよ。彼女はしっかり者だから礼儀をきちんとしろと言っているだけで、個人的感情からそう言ってるわけじゃない」

「テヅカの部屋に入る時は、誰かに止められたりする事ってにゃいから、調子が狂うんだよにゃ～」

溜め息を着きながら、エイジはそうぼやいた。今までに何度も王宮を訪れているエイジは、それなりに城の者達とも親しくしていた。テヅカの幼馴染みと言う事も有り、彼の部屋にも出入り自由の身だ。テヅカは自分付きの侍女を側に置いていないので、彼の部屋へ入る時、エイジは断りを入れた事は一度もない。それが常だったので、フジの部屋へ入る時も同じ様にしてしまうのだ。その事で侍女に怒られるのが、何となく納得がいかない。

「そうは言っても、彼女には、彼女の務めがあってそうしているんだしね...」

仕事熱心な侍女に文句を言うわけにもいかず、フジは困ったように曖昧に微笑む。

「わかってるにゃ」

「エイジ...」

「でも何かむしゃくしゃする。今日の模擬試合、飛び入り参加しちゃおうかにゃ～」

彼女が悪いわけではない事は、エイジにもわかっている。けれど、それと感情は別物だった。

「君も剣を振るうの？」

「うん。言っておくけど、俺、結構強いよ」

フジに向かってエイジはそう豪語した。プライム王国の貴族の子息として生まれたエイジは、幼い頃から剣術を教え込まれている。模擬試合にも今まで何度か飛び入り参加をした事があった。テヅカに勝った事は一度もないが、そこそこの実力がある事を自分も周囲も認めている。

「きゃっ」

話が興に乗ってエイジが腕を振り上げるのと、少女の悲鳴が上がるのはほぼ同時だった。

フジと話をしながら歩いていた為、周囲に対する注意力が散漫になっていたエイジに、突然誰かがぶつかってきたのだ。

「ゴメンにゃ。大丈夫？」

転びはしなかったが衝撃でふらついた少女の肩をエイジは支える。そして、少女の身を気遣うように言葉をかけた。

「は、はい。大丈夫です、ゴメンなさい...」

少女はぺこぺこと頭を下げてエイジに謝った。長い黒髪を三つ編みにしていて、エイジよりも少し年下に見える。

「君、この城の人じゃにゃいよね？どうして、こんな所にいるの？」

少女の顔を見たエイジは、どこか不信そうな視線を向けた。ここは城の関係者以外が無闇に立ち入れる場所ではない。

「あっ.........」

すると、それまで成り行きを見守っていたフジが、少女の顔を見て声を上げた。

「どうしたの？フジ」

突然フジが声を上げたので、エイジが怪訝そうな表情をする。

「君は...」

「あっ、貴方は...」

少女とフジはお互い驚いた様な顔をして相手を見ている。

「にゃに？二人とも知り合いにゃの？」

二人の遣り取りを聞いて、エイジの視線は二人の間をいったりきたりした。

「以前、ちょっとね。テヅカと旅をしている時に会った事があるんだ」

フジがエイジにそう答える。

「そうにゃんだ？」

「あの、その節はお世話になりました。またこんな所で会うなんて...」

少女はそう言って長い三つ編みにした髪を揺らしながら、フジに向かって頭を下げた。

「本当に奇遇だよね。君たちも無事、この国に着いていたんだね。おばあさんは元気？どうしてこの城に？」

フジは少女と会った時の事を思い出していた。以前テヅカ達と一緒にライズメア王国からスクオッシュ王国へ向かう途中の砂漠で助けた、祖母と一緒に旅をしていた少女だ。その時確かにプライム王国の両親の元へ行くために旅をしていると聞いた様な気がしたが、今まで城内で彼女達の姿を見かけた事はなかったし、会うまでその存在すら忘れてしまっていた。　　　エイジの様子からも、城の関係者だとは思えないし、会う機会がなかったのも頷けた

「はい、おばあちゃんも元気です。今日はお城で開かれる模擬試合の事で、おばあちゃんが王様に呼ばれて、私も一緒にお城へ付いて来たんです。あの、貴方達は、このお城の人なんですよね？」

明らかに城内をよく知っている様子の二人を見てそう思ったのだろう、少女はそう聞いてきた。

「まぁ、そんなところかにゃ」

別段詳しく説明する必要もないだろうと思い、エイジはそう言った。

「それで、おばあさんは？」

祖母と一緒に来たと言うのに、少女が一人でいるのが気になってフジはそう聞いた。

「まだ、お城にいると思うんですけど...」

「思うんですけどって...」

少女の曖昧な口振りに、フジは首を傾げている。

「待っている間に、お城の中を見物しようと思ったら迷ってしまって...」

「............」

少女の言葉を聞いたフジの脳裏には、砂漠で出会った時の事がまざまざと思い浮かんでいた。あの時も彼女は道に迷っていたが、それは砂漠と言う場所柄方向がわからなくなったのだろうと思っていた。その時も確かに、凄い方向音痴なんだなと心配になり、魔術を使ってライズメア王国の入り口まで送ったのだが、今度は城の中でまた迷子になっている彼女に出会う事になるとは思ってもいなかった。

「今頃君のおばあちゃんは、心配して探しているかもしれにゃいね」

二人の話を聞いていたエイジが言う。

「僕もそう思うよ。エイジ、演習場へ行く前に、彼女をおばあさんの所へ連れていって上げた方が良くないかな？」

フジはエイジにそう提案した。ここで彼女と再び出会ったのも何かの縁なんだろうと思う。彼女の方向音痴ぶりを考えれば、心配でここで見捨てる事も出来ない。

「うん。そうするにゃ」

フジの提案にエイジも賛成した。そして二人は、少女を送り届けるべく、目指していた演習場とは違う方向へと足を向けた。

　　　　　　　　next　　　　小説目次へ