エイジに聞かれて、少女はこくりと頷いた。

「おばあちゃんは以前このお城の騎士団の総帥を務めた事があるんです。あっ、勿論、若い頃の話ですよ」

「女の人なのに総帥を任されるなんて、君のおばあさんて凄い人だったんだね」

フジは思った事を素直にそう言ったのだが、少女の言葉を聞いたエイジの反応は違った。驚いたような、何とも言えない表情をした。

「君のおばあさんて、まさか、スミレって言う名前だったりするのかにゃ？」

恐る恐ると言った感じで、エイジが少女にそう尋ねた。

「えぇ、よくご存じですね」

「エイジ、知ってるの？」

「会った事はにゃいけど、名前くらいはね。半ばこの国で伝説と化している人だにゃ」

プライム王国でたった一人だけ女性でありながら総帥職に就いた人物として、エイジも名前だけは知っていた。

「そんな凄い人なんだ」

改めてフジは感心したように言った。エイジは、フジの言葉に首を縦に振る。

女性の身で総帥を任されたくらいだから、剣の腕も相当なものだったのだろうと言う事はわかる。そんな凄い人だとは思わずに、フジ達は偶然彼女に会った事になるわけだ。

そんな凄い人物であるにも関わらず、テヅカも彼女の祖母の顔を知らないようだったなと、フジは内心首を傾げた。知っていたのなら、テヅカがあの時何か言っているだろう。

「あの、おばあちゃんは総帥職を退いた後、私が生まれるずっと前にこの国を出て隠居生活を始めたんです」

二人の会話を聞いていた少女が、その疑問に答える様に口を挟んだ。

「そうなんだ...」

それでテヅカもエイジも、彼女の祖母の顔を知らないのかとフジは納得した。

「えぇ、急に静かに暮らしたいって言って放浪の旅に出たんですって。おじいちゃんが亡くなったのと、何か関係があるのかもしれませんけど、詳しい事は私にもわかりません」

「それで、放浪の末にスクオッシュ王国に住み着いたと言う事なのかな？」

あの時少女は、スクオッシュ王国からライズメア王国に入り、プライム王国を目指していると言っていたなと、フジはその事を思い出していた。

「えっと、違います。おばあちゃんは、ずっとアドレッセント王国にいたんです。私も5年前からおばあちゃんと一緒に暮らしていました」

何気ない少女の言葉に、フジは表情を硬くした。その名がここで出てくるとは思わなかった。まさか少女達が、アドレッセント王国の住人だったとは。

「えぇっ？それじゃあ、君たちは、アドレッセント王国が消失した時、その場に居たって事にゃの？」

少女の言葉を聞いて、エイジの瞳が輝いた。その瞳は好奇心に満ちあふれている。アドレッセント王国消失の事実は知らされたものの、結局詳しい経緯については何も聞いていない。当事者からなら、自分がまだ知らない何かを聞けるかもしれないとエイジは思ったようだ。

「そう言う事になるんでしょうか？よくわからないうちに避難するように言われて、おばあちゃんとアイスキングダム王国の方まで逃げたんです。国が消えたって聞いたのは、それから暫くしてからの事で、何があったのか私にはよくわかりませんでした」

少女は首を傾げながらそう言った。

「そうにゃんだ。とにかく無事で良かったね」

結局新たな情報を仕入れる事は出来ずがっかりしたものの、目の前の少女が助かった事をエイジは良かったと思ってた。

「有難うございます」

「フジ？どうしたの？」

どこかぼんやりと視線を彷徨わせるフジを心配するように、エイジが声をかける。

「何でもないよ」

エイジの声に、はっと我を取り戻したフジは、にっこりと笑ってそう答えた。過去の悲しい出来事を忘れる事は決して出来ない。けれど、だからと言っていつまでも過去に捕われ過ぎてもいけないと気を取り直す。　　　
　テヅカと共に生きる事を決めた時から、こんな風に何気ない会話の中でアドレッセント王国の名を聞く事もあるだろうと思っていたのに、いざとなるとまだ動揺してしまう。いつか平然と祖国の名を聞く事が出来る様になる日がくるのだろうかと、フジは瞳を閉じた。

「そう？気分が悪くにゃったとか、そう言うんじゃにゃいんだね？」

「本当に大丈夫だよ。それより、謁見の間の方へ急いだ方がいいんじゃないかな？」

少女の祖母が王に呼ばれたとしたら、会うのは謁見の間だろうと言う辺りをつけて、３人は今そちらに向かっている。

「そうだね、早く君をおばあちゃんの元に連れていってあげにゃいとね」

話に夢中になっていてついつい歩みが遅くなっていた事をフジに指摘されて、エイジはその事に気がついだようだ。気持ち歩く足取りを速める。

３人が謁見の間の付近に辿り着く前に、こちらに近付いてくる一人の人物と遭遇した。

「あっ、おばあちゃん」

その人物を見た少女が声を上げる。

「サクノちゃん、探したよ」

「心配をかけてゴメンなさい。お城を見学していたら迷子になっちゃって」

「本当にサクノちゃんは、方向音痴なんだねぇ。おや？」

サクノと話していたスミレの視線が、フジ達に向けられる。

「あんたは...」

「お久し振りです。お元気そうで何よりです」

フジはスミレに軽く会釈をする。

「あのね、おばあちゃん。この人達が、ここまで連れて来てくれたの」

「そうだったのかい、孫が世話になったね。有難う」

スミレは二人に礼を言った。

「いえ...」

「良かったね、おばあちゃんが見つかって」

「はい、有難うございます」

「あぁ、サクノちゃん。あたしはこれから行われる模擬試合の審判を頼まれちゃってね、まだ家に帰れないんだよ。あんたはどうする？せっかくだから模擬試合を見学していくかい？」

言外に、終わるまで待っていて欲しいと言う意味合いが込められていた。方向音痴の孫を一人で帰らせる事に、スミレは危険を感じたのだろう。

「うん...」

「それなら、俺たちと一緒に行こう。終わったらおばあさんとすぐに帰れるように、関係者用の見学場所から見学していればいいよ」

エイジがスミレにそう請け合った。

「それじゃあ、お願いしようかねぇ。サクノちゃん、それでいいかい？」

「わかった...」

「それじゃあ、行こうか」

エイジがサクノを誘った。

「エイジ、彼女と一緒に先に演習場に行っていてくれる？」

「いいけど、急にどうしたの？フジ」

「スミレさんと少し話がしたいんだ。この国の伝説の女傑にせっかく会えたんだしね」

「わかった。それじゃあ先に行ってるにゃ」

エイジはサクノを連れて演習場へと向かった。フジの言葉をエイジは全く言葉通りのものと疑ってもいないようだ。何の疑問も持たずに、サクノとその場を後にした。

二人の姿が見えなくなってから、フジはスミレの方に向き直った。

「さて、あたしに何を聞きたいんだい？」

「貴方は、僕の事を知っているんですね？」

それは確信だった。サクノからスミレと共にアドレッセント王国に居た事を聞いていた所為だろうか、再会したスミレが自分を見た時に、何か含みがあるように感じたのだ。

「サクノちゃんに、何かを聞いたのかい？」

「えぇ、貴方がアドレッセント王国に居た事を」

フジの言葉を聞いたスミレは、少し間を置いた後、口を開いた。

「砂漠であんた達に助けられた時、あんたはあたしの事を知らないようだったのに、どうしてそう思ったんだい」

「...勘、とでも言えばいいのか。何となくそう思いました」

フジはそう言って、スミレの反応を伺った。アドレッセント王国にいる時に、どこかで一方的に姿を見られた事があるのだろうかと。ところが、スミレから返ってきたのは、予想外の言葉だった。

「そうかい。確かにあたしはあんたの事を知っているよ。あたしがあんたと会ったのは、あんたがまだ幼い頃の事だ。覚えていないのも無理はないね。あたしがアドレッセント王国で隠居生活を始めて何年か経った頃、どこで噂を聞いたのか国王夫妻が訪ねて来た事があったのさ。あたしに自国の兵を鍛えて欲しいってね」

「...そんな事が」

「でもあたしがアドレッセント王国に言ったのは、隠居生活を楽しみたいからだからね。最初は断るつもりだったんだけど、あまりにも熱心だったんで、短期間でって約束で三ヶ月だけその役目を引き受けたのさ。その後は、一切干渉しないって言う約束でね。あんたはその頃はまだ魔術の勉強もしていなくて、騎士の演習場にも顔を出していた。あたしがあんたと会ったのはその頃の事さ」

「...覚えていません」

「そうだろうね、まだあんたが三歳くらいの頃の事だ。その後は、何かの行事の時に一年に一度くらいあんたの姿を見かけたかね」

「............」

「あたしは、砂漠であんたに助けられた時驚いたよ。あんたも死んだものと思っていたからね。だから生きているあんたを見た時、嬉しかったよ」

「............」

「少しは生きている事を良かったと思える様になったかい？前よりは、表情に迷いがなくなった様に見えるけどね」

「そうですね。まだ、完全に悲しみを乗り越えたとは言い切れませんけど...」

「そうかい、その言葉にあんたの両親もきっと喜んでいるよ」

「そうでしょうか?」

「あぁ、当然だよ。どんな形であれあんたが幸せになる事が、ご両親への手向けになると、あたしは思うよ」

スミレに言われた言葉は、フジの胸に残る痼りを少し軽くしてくれた。言葉には人を動かす力がある。スミレにとっては何気ない一言だったのかもしれないけれど、今のフジにはそれだけで十分だった。

フジはスミレに一礼すると、その場を後にした。

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