テヅカが旅立ってから数時間後、先程テヅカが呼ばれた部屋に同じ様に
呼び出された少年がいた。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
その少年は、テヅカと同じ黒い髪をしていた。　　　　　　　　　　　　　
老人の話を聞くと、少年はさも面倒臭いと言った表情をした。少年の
そんな不遜な態度はいつもの事なので、老人は気にもとめずテヅカの
時と同じ様に少年にも一つの命令を下した。

　　　　　　　　　2

大陸の南東にあるプライム王国と南西にあるライズメア王国。　　　　　　
その二つの国の間にある街道に、一件の宿屋があった。その宿屋は
一階が酒場になっていて、二階が宿泊部屋になっている。　　　　　　　　　　
　酒場は食堂でもある為、お昼時ともなれば、多くの客で賑わっていた。
集まっている人の職種もバラバラである。そんな中、一際異彩を放つ
テーブルがあった。格好からすると魔術師と思われる少年が、一人で
テーブルについていた。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
淡い茶色の髪を肩の辺りで切りそろえている。黒髪が多いこの地方では、
見かけるのが珍しい色なので、それだけでも人目を引くが、少年が人目を
引いているのは、その髪の色のせいだけではない。　　　　　　　　　　　
容姿全体から受ける印象が、人々の興味を引いているのだ。肌の色は白く、
全体的に淡いイメージの美しい少年だった。こんな少年が何故一人で
こんな場所にいるのか、その事が人々の興味を引いていた。　　　　　　
　魔術師らしい格好をしているので、何かの研究目的でこの地方を訪れた
可能性も皆無ではない。あるいはここからライズメア王国かプライム王国へ
入って城に仕える気なのかもしれないと言う見方も出来る。　　　　　　　
皆気にはなるが、それぞれのテーブルからチラチラと少年の方を伺って
いたが、声をかけることは出来ない。そんな一種の緊張した雰囲気を破った
のは、一人の酔っ払いだった。強引に少年のテーブルの前の空いている椅子に
座り込み、迷惑そうにしている少年の様子にはかまわずに喋りはじめる。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「あんた魔術師なんだろ？俺は流れの傭兵なんだ。一人なんだったら、
仲間にならねぇか？」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
男は下卑た笑いをしながら、しきりとそう誘いかけてくる。　　　　　　　
『どうしたものかな.......』　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
そう簡単には諦めてくれそうにない強引な誘いに辟易しながら、少年は
解放される術を模索していた。一番簡単なのは、目の前の男を実力行使で
のしてしまうと言うものだが、そうすると今日この宿に泊まる事は出来なく
なるだろう。それはそれで有り難くない事である。そうかと言って、この男の
誘いにのって仲間になると言うのは論外である。

仲間になろうなどと誘いかけてはいるが、傭兵と言うのは嘘で、実は人買い
か何かではないのかと疑っている。

少年がそんな風に人を疑うのには理由がある。少年はここに辿り着くまで
ずっと一人で旅をしてきた。この地方へ旅してくる間にも、色々な人たちに
声をかけられたが、どれもこれも用件はろくなものではなかった。　　
少年を騙して売り飛ばそうとした人もいれば、その美貌から自分のものに
しようとする不埒な輩に襲われそうになった事もある。世の中にはこんな人たち
ばかりなのだろうかと、人間不信に陥りそうになっても仕方がない。今目の前に
いる人物も、そう言った輩と同じ匂いがするのである。　これまでに会った
そう言う不心得な人たちは、当然のようにその場で叩きのめしてきた。
皆少年を見た目で判断して油断していたので、そうする事は簡単だった。
今夜この宿に泊まるつもりでなければ、遠慮なく今までと同じ様に目の
前の男を適当に伸していただろう。

「離して下さい...」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
「なぁ、いいだろ？」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
少年が色好い返事をしない事に焦れて、男は突然腕を掴んできた。
今夜の宿は諦めて、実力行使で目の前の男を排除しようかと少年が本気で
考えはじめた時だった。酔っ払いの後ろに、一人の人物が近付いてきた。　　
　「俺の連れに何か用か？」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
店に入って来て真っすぐに二人のいるテーブルの前まで歩いて来た青年が、
そう言って二人の間の割り込んできた。　　　　　　　　　　　　　
「.....あんたの連れ？」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　酔っ払いは背後からかかる声に気分を害しつつ、後ろを振り向いた。　　
　そして文句を言いかけるが、それは言葉にはならなかった。青年の眼光は鋭く、
有無を言わせない強さが有り、酔っ払いも強く出来る事は出来なかったようだ。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「そうだ」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
青年はそう言うと、少年を連れ立って店の主のところへと歩いていった。　
酔っ払いは呆然としたまま、その場に取り残される事になったが、二人の後を
追いかける気はなさそうである。青年の気迫にすっかり押されてしまったようだ。
フラフラと自分が元居たテーブルに戻り、一人でまた酒を飲みはじめた。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
青年が店主と何やら交渉した後、少年を連れ立って二階へと上がる。　　
　二人の姿が見えなくなると、酒場はまた何事もなかったかの様に雑多な
雰囲気に包まれていった。

「有難う.......」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
部屋に入ると、少年は窮地を救ってくれたことへの礼を述べた。　　　　　
「礼には及ばん。それより、お前、今後の予定はあるのか？」　　　　　　
「別にないけど.........」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
青年の問いに少年は素直にそう答えた。予定があるのなら、こんな所で
のんびりとはしていない。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「ならば俺の旅に同行しないか？ちょうど魔術師の仲間が欲しいと思っていたところだ」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
先程の口実を、真実にしてしまうつもりなのだろうか。青年はそう言って少年を旅へと誘った。
突然の誘いに驚きはしたものの、少年はその言葉に考える素振りをした。
そして目の前の青年をじっと見つめる。　　　　　　
青年は先程の酔っ払いとは違い、下卑た視線を向けてくるわけでもなく、
見た目にも実直で真面目そうな感じが現れていた。　　　　　　　　　　
　「いいよ、一緒に行っても」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　この人なら信用しても大丈夫だろうと判断して、少年は返事を返した。　　
今後の予定を決めかねていた事も有り、青年の旅に同行する事を承諾する。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「俺の名前はテヅカだ。お前の名前は？」　　　　　　　　　　　　　　
　「.....フジ」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「ではフジ、これから宜しく頼む」　　　　　　　　　　　　　　　　　
　テヅカはそう言って、フジの前に手を差し出した。フジも手を差し出し二人は握手を交わす。　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
「それで旅っていったいどこへ？」　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「北だ.........」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「北？......」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　北と聞いてフジの表情が一瞬曇ったが、テヅカはその事に気が付かなかったようだ。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
「そうだ、今はそれしか言えない。俺はプライム王国に雇われている傭兵だ。
ある指令を受けて、北へ向かう事になっている。任務を終えて帰国した暁には、
プライム王国からお前にも報酬が支払われるように手配しよう」　　　　　

「わかったけど、ここから北を目指すとなると、ライズメア王国に入って西回りに
いくって事？君はプライム王国に雇われているんだよね？だったら、イモビクティー
ピーク王国に入って、東回りのルートで北を目指した方が良かったんじゃないの？」　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
フジはテヅカにそう疑問をぶつけた。プライム王国から北を目指すとなると
、その方が断然早いはずなのだ。もっともテヅカが再祖からそのルートで北を
目指していれば、ここでフジと出会う事もなかったのだが。　　　　
今居る場所は大陸のちょうど真南くらいのところに位置する。

ここから北を目指すとなると、一番早いのは大陸の真ん中を突っ切って
いく事だが、それは普通の人はまず試みない。何故ならこの大陸の中央に
位置する森は、魔の森と言われていて人々が立ち入らない場所だからである。
森の麓には、山賊と呼ばれる輩が住み着いたりもしているらしいが、そんな彼等でさえ、
森の奥には入っていく事はしないと言うのが事実である。なのでこの場所から北を
目指すとなると、魔の森を迂回してライズメア王国かプライム王国へ入って、そこから
北へ向かう事になる。
　　　　　
「確かにお前の言う通り、プライム王国からなら、イモビクティーピーク王国に入って、
北を目指した方が早い。しかし、あの国の内情は今微妙なんだ...」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
「それって......」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「近いうちに、内乱が起こるかもしれない」

現在この大陸には、大国が七つある。それぞれの国同士は、今のところ平穏を守って
いると言えるが、それでも全く争いがないわけではない。　　
　「それで君はわざわざ遠回りする事にしたんだね？」　　　　　　　　　　
「あぁ、今下手にあの国に入って、内乱に巻き込まれるのは遠慮したいところだからな」　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「そうだね...」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「今日のところはこの宿に泊まって、明日の朝、ライズメア王国へと入る」　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「わかった......」

その後、テヅカがこの近隣で情報を集めたいと言うので、荷物を部屋に置いて
もう一度一階の酒場の方へと向かった。

テヅカの後ろをついて歩きながら、フジはその背中を不思議そうに見つめていた
。テヅカと名乗ったこの人物はいったい何者なのだろうと思う。

プライム王国に雇われている傭兵だと言ったが、それは嘘だろうとフジは思っている。
疑った理由は、一階の傭兵に何か重要な事を探る内偵のような真似をさせるだろうかと
疑問に感じた事。傭兵とはお金でその国に一時的に雇われているだけであって、
国に対する忠誠心と言うものは少ない。それともう一つは彼の口調だった。
どこか人に命令する事になれた態度と口調は、傭兵と言うよりは、貴族階級にある騎士と
言った感じを受けた。そして、どこか品を感じさせる物腰。それらの事から、
おそらくプライム王国の貴族の子息かなにかなのだろうと、フジはテヅカの正体に
当たりをつけていた。

そう思ってはみたものの、その事を今の時点でテヅカに尋ねる気はない。
彼が自分は傭兵なのだと言うのなら、そう言う事にしておこうと思っている。
テヅカが隠していると言う事は、聞かれたくない事なのだろうと思うから。
それに聞かれたくないのは、フジも同じだ。テヅカはフジに名前以上の事は
尋ねなかった。それは、今のフジにとっては有り難い事。

だからその事については、テヅカの嘘に騙された振りをしておく事にする。
それにテヅカの正体がどこの誰であろうと、一緒に旅をする事に問題があるわけではない。
問題があるとすれば、その事ではなく、向かっている方角の方だ。このまま北へ
向かう事で、何かが起こるのではないだろうか、そんな不安がフジの胸に去来する。

このまま北へ向かってもいいのかと。

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