『あぁ、構わないが何か用か？』

ノックと共にドアを開けて部屋に入って来たユキムラに、テヅカは一瞬だけチラッと視線を向けるとそう言った。彼は窓辺に立ったままで、その視線は外へと向けられている。

『今後どうする予定なのか、確認をしておこうと思ってね。アドレッセント王国の消失の理由も、アンジッヒの事もわかったし、俺たちの目的は達せられた。このまま国へ帰ってもいいはずだけど...』

『そうだな...』

『テヅカはどうしたいの？』

『ユキムラ？』

『彼はこの後どうするんだろうね？ここに残るつもりなのかな？』

ユキムラはそう言って、テヅカが見ていた方へと視線を向ける。部屋の窓からはこの屋敷の中庭が見える様になっていて、そこに居る二人の人物の姿も確認出来た。

『何が言いたいんだ？』　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　『見ているだけでは、思いは伝わらないよって言う忠告かな？ここからでは、二人がどんな話をしているのかまではwからないけど、どうやらここの主も彼の事が好きみたいだね』
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　『..................』
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
ユキムラの言葉にテヅカは眉を寄せる。それは言われなくてもテヅカも感じていた事だ。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　『強力なライバルの出現ってところかな。付き合いが短い分、テヅカに部が悪いかもね』
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　『ユキムラ...』
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
『このまま彼の事は諦める？君が彼に何も言わないつもりなら、俺が自分の国に連れて帰ろうかな...』　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　『ユキムラ？』　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
『俺も彼の事は気に入っているんだよ。君が何も行動を起こさないつもりなら、今から勧誘に行ってくるけど』
　　　　　　　　　　　　　　　　
　『フジは、俺がプライム王国に連れて帰る』
　　　　　　　　　　　　　
　『それなら最初からこんな所から見ていないで、行動を起こせばいいのに...。花を手折る勇気がない？』
　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　『どう声をかけていいのかと迷っていただけだ。国を失った経験等ないからな』　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　『そうだね、本当の意味で彼の気持ちがわかるとしたら、それは同じ経験をした者だけだろうし。俺にもそれはわからない』

『............』

『フジは強いね、彼を見ているとそう思う。でももっと力を抜いてもいいんじゃないかな...。彼に頼って欲しいと思う人間は、大勢いるだろうし、もっとそうしてもいいと思うけど』

窓の外をみながら、ユキムラはそう呟いた。今フジと対峙している人物もそう言ったうちの一人だろう。

『行ってくる...』

それだけをユキムラに告げると、テヅカは部屋を出ていく。

『テヅカ、この後どうするのかはわからないけど、俺たちは君の行動に最後まで付き合うつもりだから』

ユキムラはそう言って、テヅカに笑顔を向けた。

　　　　　　　　◆　　　　　　◆　　　　　　◆

その場所にテヅカが姿を現した事に、サエキは何も動じていないようだった。逆にフジはその出現に狼狽えてしまっている。テヅカがいつからそこのいたのかはわからないけれど、話を聞かれていた可能性はある。

「ちょうど良かった、君のも聞きたい事があるんだ。フジが攫われた時の状況を詳しく教えてもらえないかな？」　
　　　　　　　　　　　　　　
　サエキはテヅカに向かってそう聞いた。その言葉にテヅカは頷くと、その時の状況を語り始めた。

「やっぱらい、その襲撃はラティオダンク王国の手の者の仕業だとするには、何かおかしいね」

テヅカの話を聞き終わった佐伯はそう呟いていた。ラティオダンク王国の手の者が、どうしてフジの姿を知っていたのかわからないと言うのがまず最初の疑問だ。アドレッセント王国に潜り込んでいたと言う魔術師は、アンジッヒの暴走で亡くなっている。彼が以前にそう言う報告を自国にしていたかもしれないと言う可能性が全くないとは言えないが、ギルドにいる間は動きを制限されていたはずだ。恐らく彼は命令を受けてアドレッセント王国に派遣された後、国元とは一度も連絡が取れていなかったのではないかとサエキは思っている。もう一つ、フジを攫った者達が、ラティオダンク王国の手の者達だったとした場合、テヅカ達に怪我を負わせない様に気を遣って戦っていたというのがまずおかしい。彼等にしてみればテヅカ達がどうなろうと知った事ではないのだ。普通なら不二を攫った後、口封じの意味も込めて彼等を亡き者にしようとするだろう。テヅカ達の素性を知っていたのならともかく、その可能性は極めて低い。

テヅカ達は、自分達の素性を隠していたと言っていたし、サエキも聞くまで彼等の素性に気が着かなかった。大陸の北の方に位置する国と、南に位置する彼等の国とは国交自体がほとんどない状態なのだ。同じ大陸にあってすらそうなのだから、大陸から離れた島国であるラティオダンク王国が彼等の素性を知っていてそうしたとはとても思えない。

フジを攫った連中は、フジの中間を傷つけないように大変気を配っていたようだ。人攫いの方を持つつもりはないが、随分と人のいい親切な連中だと言うしかない。そこまで考えてから、サエキはふとある事に思い至った。

「あのさ、フジ。話はかわるけど、一つ聞いてもいいかな？」
　　　　　
　「うん、何、サエキ？」
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「アドレッセント王国が消失して旅に出た後、アイスキングダム王国へは行った？」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
「テヅカ達とアドレッセント王国へ行く前に通り過ぎはしたけれど、城には足を運んでいない...」　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　そこまで言ってから、フジもサエキの言いたい事が何なのかわかったような気がした。アイスキングダム王国もヘキサングラー王国と同様、アドレッセント王国とは交流があった。アイスキングダム王国では、先王が早い引退を決めて、今国を継いでいるのは若い王だ。その王とも不二は幼馴染みの関係だった。サエキも含めて、子供の頃は３人でよく遊んだものである。

「間違っているかもしれないけれど、一度アイスキングダム王国へ行ってみた方がいいんじゃないかな？彼もフジの事を心配していると思うしね」サエキはそうする事をフジに勧めた。その言葉にフジも頷いた。
　　　　
　「そうしてみるよ。テヅカ、君たちは明日には、それぞれの国へ帰るんだよね？」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　テヅカ達ともここでお別れかと思うと、何だか寂しい気もしたが、遅かれ早かれ高鳴子とは最初からわかっていた。だからフジは平素を装ってそう言った。彼等は目的を達したのだ。これで、その情報を持って、自国へ帰る事が出来る。そうするのが当然だろうとフジは思っていた。それなのにテヅカが口にしたのは、フジが思いもかけない事がだった。

「お前がアイスキングダム王国へ行くと言うのなら、俺もそれに同行するまでだ」

「テヅカ...？どうして...？」

そんな必要はないのにと、フジはその言葉の真意を問う。

「フジは、俺は先に部屋に戻っているよ。明日どうするかは二人でゆっくり話し合えばいいと思うよ」

「サエキ.........」

その場から去っていくサエキの姿を目で追いながら、フジはテヅカと二人だけでその場に残されてしまった事に、何だか落ち着かない気持ちになっていた。先程サエキと交わしていた会話が原因かもしれない。

「フジ、アイスキングダム王国だけじゃない、お前がこの先どこか行きたい場所があると言うのなら、俺もそこへ一緒に行く」　
　　　　　　　　
　「テヅカ、どうしてそこまで...」　
　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「国を失ったお前の真の悲しみ、苦しみ、様々な思いを本当の意味で知る事は俺には出来ないが、側にいてその思いを分かち合いたいと思っている」

「テヅカ...」

「お前が好きなんだ」

テヅカはそう言うとフジの唇を奪った。抱きしめられる背中に回る腕は力強く、激しい思いがぶつけられる。こんなに強い尾見をテヅカにぶつけられるのは、フジにとて初めての事だった。テヅカはいつも冷静で、感情をフジにぶつけたことはない。それだけに彼の思いの深さが伝わってくるようだった。

「テヅカ...」

「嫌だったか？」

聞かれてフジは首を横に振った。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「僕も、君が好き...」　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　フジの言葉を聞いて、テヅカはもう一度その唇を奪う。その思いを受け止めながら、フジは自分の気持ちが完全にテヅカに奪われてしまっている事を知った。こんな風に誰かを愛したのは初めての事。けれどそれはフジにとっては、新たな苦悩の始まり。　
　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「アイスキングダム王国を訪ねた後、一緒にプライム王国に来てくれるな？」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　テヅカの言葉にフジは頷いたが、その心にはもう一つの思いが決意されていた。その事をテヅカは知らない。

「君と一緒にプライム王国に行くよ」　
　　　　　　　　　　　　　　　
　「そうしてくれ、これから起こる未来の出来事は、全てお前と共有したい。喜びも悲しみも。お前はもっと感情を表に出していい。困った事があれば、頼って欲しい」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
テヅカの言葉にフジは涙を流した。それはアドレッセント王国が消失してから初めての事。これまで抑えていた思いが、洪水のようにフジの心にあふれだしてくる。その日フジはテヅカの胸で声をあげて泣いていた。　　
　国を失った悲しみと苦しみを、その日初めて露にする事が出来たのだ。

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翌日サエキから船を出す事について許可すると言う書状を手に携えて、リョーマは一人港からラティオダンク王国を目指していった。彼の使命はまだ終わっていない。

それを見送った後、テヅカ達４人はアイスキングダム王国へと向かった。

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