酒場を出た４人は、まっすぐ宿へと帰るつもりでいた。

その予定が狂ってしまったのは、誰の所為と言うわけでもない。騒動に行き
当たってしまったのは、偶然の事だったのだから。

４人が狭い路地から表通りへ出た時の事だった。

「きゃっ...」

突然小さな悲鳴が上がった。

通りに出たところで、先頭を歩いていたテヅカに、誰かがぶつかってきたのだ。
ぶつかってきた少女が転びそうになるのを支えてやりながら、テヅカは正面を
見据えた。テヅカの後から通りに出たフジ達も、騒ぎを聞き付け同じように正面を
見る。少女の後を追うように、３人の男達が、こちらへ向かってくるのが見える。
追って来た面々は皆人相が悪く、少女の知り合いと言う風には見えなかった。

「その娘を渡してもらおうか」

男達のうちの一人が、そう脅すように声をかけてきた。テヅカは少女の方を
チラッと見たが、どう見てもそちらに行きたくはなさそうである。　　
　「断る、と言ったらどうする？」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
男達の様子から、言ったところで引きはしないだろうと思いながらも、テヅカは
律儀にそう聞いた。関わってしまった以上、根が真面目な彼には、少女をこのまま見捨てる様な真似はできない。
　　　　　　　　　　　　　
「決まっている、力付くで連れていくまでだ！」　　　　　　　　　　　
　男達は一斉にテヅカ達の方へと襲いかかってきた。テヅカは少女をフジに
預けると、自分は男達の方へと向かっていく。サナダとユキムラもそれに続く。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「こっちへ...」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
フジは戦闘に巻き込まれないように、建物の陰へと少女を誘った。　　　
　そして、自分はいざと言う時には遠方から魔術で援護するつもりで、
戦闘の行く末を見守る。その様子を見守りながら、フジは、今回自分の出番は
ないだろうと言う事にすぐに気付いた。

戦闘はあまりにも一方的だったのだ。

相手が抜き身の剣で切り掛かってくるのに対して、テヅカ達は、剣を鞘から
抜いてもいない。それくらい実力の差は、はっきりとしていた。　　　　
平然と相手の刃を交わしながら、テヅカ達は相手を翻弄している。
自分達から攻めるつもりのないテヅカ達の動きは、一見したところ防戦している
だけのように見えるが、そうでない事は戦っている相手の方がよくわかって
いるだろう。テヅカ達に自分達を殺そうと言う意志がないから、今まだ生きて
いられるのだと言う事を。

「ちくしょう！覚えてろ！」

これ以上争っても勝てないと言う事ぉ察したのだろう。男達はありふれた捨て
台詞を残して、闇の中へと消えていった。事を終えたテヅカ達は、
少女の元へと集まった。

「有難うございました...」

助けてくれた事に対して、少女が礼を言う。　　　　　　　　　　　　　　
改めて少女を見ると、なかなか上等な身なりをしていて、市井に住んでいるとは
思えない。髪は肩の辺りできちんと切りそろえられていて、顔立ちはまずまずの
美少女と言って差し支えないだろう。　　　　　　　　　　
　「いや、たいした事はしていない。それより家はどこだ？こうして助けたのも
何かの縁だ。このまま送っていこう」

少女をこのまま一人にするのは危険だと思ったのだろう。テヅカが少女に申し出た。

「...城下にあるキリハラ様のお屋敷ってわかりますか？今そちらに滞在させて
もらっているんです」

「ライズメア王国の騎士団長の一人である。キリハラの事？」

少女の言葉にユキムラが反応した。

「えぇ......」

少女の返答に、ユキムラとサナダはどうしようかと言う視線をテヅカに向ける。
どうやら話に出たキリハラと言う騎士団長の屋敷にはあまり近付き悪ない
ようである。そうかといって、少女を一人で放り出すと言う事はしたくないと言った
ところなのだろう。せっかく助けたのに、この後、もしも少女に何かあったらと
思うと、今夜の夢見が悪くなりそうだ。　　　　
　「そんな貴族の屋敷の客人が、どうしてこんな時間にこんな所をうろうろして
いるの？何か理由があるのかな？」　　　　　　　　　　　　　　　　
３人がどうしようか決めかねている様子なので、フジは少女に事情を尋ねて
みようと思い口を開いた。いかにも育ちの良さそうな少女が、こんな時間に
一人で出歩いているのは、明らかにおかしい事なのだ。　　　　　　
　「...初めから一人だったわけじゃないんです。私、明日には故郷に戻るため
、この国を出発しないといけないの。その前に、この国の商店街でお買い物が
してみたくて、付き添いの人と一緒に午後から街へ出たんだけど、お店を
見て回っているうちに...」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
「人込みに紛れて、その付き添いの人とはぐれてしまったって事なのかな？」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
「えぇ、探したんだけどその人がどうしても見つからなくて、それで一人でお屋敷の方に
戻ろうと思ったら道に迷ってしまって困っていたの。そうしたら、あの人たちが
声をかけてきたの。お屋敷まで置くってくれるって言うんだけど、何だか
信用出来ない感じだったから、隙を見て逃げ出したんだけど...」

この場合、少女に深窓の令嬢にありがちな、世間知らずな無邪気さが
備わっていなくて幸いだったと言うべきだろう。そうでなければ、今頃少女は、
お屋敷とは全く違うところへと連れていかれていたはずだ。　　　　　
「その逃げている途中で、僕達と出会ったと言うわけだね？」　　　　　
　フジが確認するように聞くと、少女はその言葉に頷いた。　　　　　　　
　「えぇ、本当に有難うございました。それで、あの...。本当にお屋敷まで
送って下さるのかしら？」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　”キリハラ様のお屋敷へ”と言った時の、ユキムラ達の反応が気に
なったのだろう。少女は少し不安そうにそう聞いた。

「勿論、そのつもりだよ。ね、テヅカ？」

ユキムラ達が、何故そのお屋敷に近付きたくないのか、フジには理由が
わからない。けれど、一つだけわかる事がある。彼等の性格なら、たとえ
本心はそこへ近付きたくないと思っていても、少女を一人で放り出すような
無責任な事はしないだろうと言う事だ。まだ知り合って間もないけれど、
彼等がそんないい加減な事をする人達でないと言う事は、フジにもわかっている。

「あぁ、そのつもりだ...」

テヅカはそう言って、ユキムラ達の方を見た。その言葉に、ユキムラ達も
頷いた。二人ともテヅカ達に任せて、自分達は先に宿に戻るとは言わなかった。

「キリハラの屋敷はこっちだ...」

サナダがそういって、一同を先導し始めた。その様子から、サナダが
この国にかなり土地勘があると言う事がわかる。街を抜けて城の方へ
と向かうと、中央にある城へ進む道を囲うようにして、貴族達が住む屋敷が
立ち並んでいる一画が見えてきた。この中の一つが、少女の滞在している
屋敷なのだろう。

「...誰か、こっちへ来るみたい」

屋敷の方へと近付いた時、こちらへ誰かが向かってくる気配に木津が
付いて、フジが言葉にした。

「カミオくん...」

近付いてくる人物に向かって少女は言った。その様子から、
どうやら少女の知り合いらしいと、テヅカ達は安堵する。　　　　　　　　　　　　　　
「良かったアンちゃん、無事だったんだね。お屋敷では、付き添いのものだけ
帰ってきて、アンちゃんの姿が見えなかったから大騒ぎになっているよ」　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
「心配をかけてゴメンなさい」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「いいんだよ。アンちゃんが、無事だったのなら。ところで、この人達は？」
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　カミオと呼ばれた少年は、少女に向けるものとは随分と違う鋭い視線を
テヅカ達に向けた。まるで、テヅカ達が、少女に危害を加えたとでも
言わんばかりである。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
「この人達に、危ないところを助けてもらったの」　　　　　　　　　　
　「...そうだったんですか、アンちゃんを助けて下さって有難うございます」　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
アンの言葉を聞いて、カミオは態度を改めてテヅカ達に頭を下げた。　　
　「いえ、当然の事をしたまでです」　　　　　　　　　　　　　　　　　
　毅然とした態度で、テヅカはそう言うと、フジ達を連れて、その場を去ろうとする。

「待って下さい！お屋敷まで一緒に来てもられれば、兄から謝礼が
出ると思うんですけど...」

さっさとその場から立ち去ろうとするテヅカ達を引き止めるように、
アンが慌てて言った。このまま帰すのは申し訳ないと思っているようだ。

「さっきも言った通り、当然の事をしたまでだ。だから、謝礼など受け
取るわけにはいかない」

テヅカはそういって、今度こそその場から離れる為に、踵を返した。
フジ達もその後を追う。

「...謝礼はいらないなんて、おかしな連中だ」

去っていくテヅカ達の後ろ姿を見送りながら、カミオがぽつりと呟いた。
世の中お金が全てだとは言いたくないが、そう思っている連中も多いと
言う事を知っているだけに、テヅカの無欲な態度が奇異に見えたのである。

「もしもまた会う機会があれば、その時には、何かお礼を出来るといいんだけど...」

段々と小さくなっていく後ろ姿に、アンはそう呟いていた。

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