立派な屋敷にある一室を宛てがわれた後、テヅカとフジはお茶の席に
招かれていた。ユキムラ達も同様に誘われたのだが、彼等はもう一度
街に行きたいと行って今外出している。この国についてからずっと宿屋
探しに時間を取られていて、肝心の情報収集と言う目的が果たされて
いないからである。本当ならテヅカも一緒に外出したいところだが、今回は
ユキムラ達に任せてフジとともに屋敷に残る事にした。自分が外出すると
言えば、フジも一緒に行くと言うだろうと思ったからだ。フジを休ませたいと
思ったテヅカは、不本意ながらもセンゴクのお茶に招かれる事を承諾した。　　　　
お茶と言っても、センゴク以外にその場にいるのは、テヅカとフジだけである。

「センゴクさんて、貴族だったんだ...」

目の前で優雅にお茶の入ったカップを手にしているセンゴクに、フジが
独り言の様に言った。屋敷に来てからも、フジ達に接するセンゴクの
気さくな態度は変わらない。

「うん、一応ね」

「本当に、僕達をお屋敷に泊めたりしていいんですか？」

見ず知らずの旅人を屋敷に泊めようとするなど変わっているとしか言い様がない
。おまけにこの屋敷の住人で今この部屋にいるのはセンゴク一人で、
不用心な事この上ない。召し使いの一人も部屋に控えさせてはいないのだ。
自分達がセンゴクに害を成す者だったらどうするのだろうと、他人事ながら気になった。

「言っておくけど、誰彼かまわず泊めているわけじゃないよ。君たちを泊める
事にしたのは、お詫びの意味を込めてだけど、危ない連中だと思ったら最初から
そんな誘いはしないよ。俺って人を見る目はあるから」

フジの疑問を感じ取ったのだろう、センゴクはそう説明した。いい加減そうに見えても、
見るところはちゃんと見ていると言う事なのだろう。　　
　「そうですか.......」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
そのお陰で今夜の宿に有り付けたのだから、ここはその好意に感謝すべきなのだろう。

テヅカは相変わらず渋い顔をしている。

センゴクと会った時から、ずっとその状態が続いているのだ。

「フジ君達は、旅人みたいだけど、どこへ行こうとしているの？」

「...北へ」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
テヅカから聞いているのはそれだけだ、だからフジはそう答えた。　　　
　「もしかして、アドレッセント王国へ行こうとしているのかな？」　　　　
北へと言っただけなのに、センゴクはすぐにその名を口にした。　　　　　
「何故、その名前が出てくる？」　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　それまで黙って会話を聞いているだけだったテヅカが口を挟んだ。
何かをしているのなら、それはテヅカも聞いておきたいところだ。　　　　　　
　センゴクはテヅカに視線を向けると話を続けた。

「二人とも街で宿を探していて、人の多さに驚いたとおもうんだけど
、最近では特に人が多いんだ。それで、王様からの命令で、何故急に人が
増えたのかを調べにいかされたんだよね」　　　　　　　　　　　　　　　　　
「それで、何がわかったんだ？」　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「わかったのは、アドレッセント王国から来た者達が増えていると言う事。
この国は確かに元々観光客や研究目的の者達が集まる国ではあるけれど
、ここまで人が多いのは珍しいんだ。宿屋が全て塞がる程に、人が集まるのはね」

隠す気はないのか、センゴクはあっさりとそう答えた。もっとも隠したとしても、
街へ聞き込みに出ているユキムラ達が同じ情報を仕入れてくる可能性が高いので、
そんな事をしても無駄だと思ったのかもしれない。人々の口を完全に
閉じさせる事など出来ないのだから。　　　　　　　　　　　
「そのアドレッセント王国から来たと言う者達から、何か話を聞けたのか？
何故この国に来たのか、その理由を...」　　　　　　　　　　　　　　
「まぁ、全員に聞いたわけじゃないけど、ごく一部の人達には聞いたよ。
聞いた話を総合すると、はっきりしているのは国が無くなったとか言う事」

「国が無くなった？」

「そう文字通り消えたって意味らしいんだけど、聞いた人たちにも理由は
よくわかっていないらしい。王様が、アドレッセント王国に向けて使者を派遣した
みたいだけど、何かわかったって話はまだ聞かないなぁ」　　　
　国が一つ消えたと言うのに、のんびりとした調子でセンゴクは言った。
まるで自分には関係ないので、興味がないとでも言いたげである。　　　　
　「そうか...。では、お前が今日街へ出ていたのも、その事を調べる為なのか？」　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
貴族であるセンゴクが、ふらりと一人で街に出ていた理由に合点がいったと
ばかりにテヅカが聞く。ところが返ってきたのは、テヅカが全く予想していない
ようなものだった。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「まさかぁ～、俺が今日街へ出たのは、ラッキーな事が有りそうな気がした
からだよ。好みの女の子と出会えそうなね。フジ君を見た時、やった
ラッキーって思ったんだけど、男の子だったんだよね」　　　　　　　　　
にこにこと笑ってセンゴクは言った。どうやら彼は元々お気楽な性格らしい。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
「..................」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「それは、残念だったね...」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　根っから女の子が好きそうなセンゴクに、フジは呆れながらもそう返す事しか
出来なかった。テヅカはセンゴクの軟派ぶりに呆れたのか、言葉もでないようだ。
真面目なテヅカとは正反対の位置に居る男に、どこか調子を崩されているように見える。

「ところでさ、フジ君はテヅカ君の恋人なの？」　　　　　　　　　　　　
「...何でそんな話になるの？」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
「だって気になるし」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
「そう言う関係ではないよ」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　事実無根なので、フジはそう答えた。　　　　　　　　　　　　　　　　　
「そうなんだ、だったらさ、俺の恋人にならない？」　　　　　　　　　　
「...女の子が好きなんでしょ？」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
突然のセンゴクの誘いに、目を丸くしつつもフジはそう言った。　　　　　
「うん、好きだよ。でも、フジ君なら男でもいいかなと思って。どうかな？」　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　どうかなと聞かれても、答えは否である。けれど仮にも今夜宿を借りようと言う
相手を邪険にしてもいいものかと悩んだフジは返答につまる。　　
　「断る」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
「何も言えずにいるフジに代わって、テヅカがそう答えた。　　　　　　
　「テヅカ...」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「何でテヅカ君が答えるのさ。フジ君と付き合っているわけじゃないんでしょ？
それとも実は好きだとか？」　　　　　　　　　　　　　　　　　

　「センゴクさん...」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
困ったようにフジはセンゴクの名を呼んだ。これ以上彼に、何も言って欲しくなかった。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「困らせちゃった？ゴメンね」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　流石にこれ以上聞くのは不味いと思ったのか、センゴクはそう言って
あっさりと引き下がった。自分から話を振ったとは思えない程の、変わり身の
早さだった。その後のお茶の席は、会話もなく何とも重苦しい雰囲気に包まれてしまったのだった。

その日の夜更け、センゴクの屋敷の中庭に人目を忍ぶ様にして立っている
二人の人物の姿があった。

「テヅカ、アドレッセント王国が突然消失したと言う話は、やはり本当のことらしい」

ユキムラがテヅカにそう言った。

街に聞き込みに行った時に、アドレッセント王国から逃れて来たと言う者達に
実際に会って話を聞いてきたと言う。

「そのようだな、俺も今日センゴクからその話を聞いた」　　　　　　　
　「それじゃあ、やはり、この国もアドレッセント王国の事は何か調べているんだね」
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「当然だろう、国が一つ消失したんだ。それに消えたのがアドレッセント王国と
なるとアレの存在が今どこにあるのか、各国の王がその事を気にするのは当然だろう」　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
「そうだね、アレが悪用されたら、国が一つどころか大陸全土が滅びかねない」　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「そうだ、それは各国にとって本意ではないだろう」

「当然だね、誰もそんな事は望んでいない。この国で得た情報から、アドレッセント王国が
消失したと言う情報が事実であると言う確証は得られた。元住人達の話だ、信じない
わけにはいかないだろう。実際彼等は住むと頃を返る事を余儀なくされている。
この先は、一刻も早くアドレッセント王国へ向かった方がいいかもしれない」

「そうだな...」

「アドレッセント王国に行ったからと行って、何もわからないかもしれない。
けれど、ほんの僅かでも手掛かりが得られるとしたら、やはりそこへ行くしかないと思う」

ユキムラの言葉にテヅカは頷いた。彼等の使命は、アドレッセント王国の
消失の事実を確認する事と、その理由を探る事。そして、もう一つ...。

「明日にはここを発ち、アイスインペリアル王国へ向かう予定だったが、
情報収集よりもアドレッセント王国へ急いだ方がいいかもしれないな」　　
「それなら明日街に出て馬でも買う？馬に乗れば、徒歩よりも早く目的地に
向かう事が出来る。移動の魔術を使えば、一番早く辿り着けるけど、生憎
今回は使えないしね。アドレッセント王国には一度も行った事がないから」

ユキムラが残念そうにそう言った。移動の魔術はどこにでも一瞬のうちに
飛べると言う便利な魔術だが、それには条件がある。一度も訪れた事がない場所に
飛ぶ事は出来ないのだ。力のある魔術師は、自分ではなく他人の思い浮かべた
イメージを視るだけで、その場所へ行った事がなくても飛ぶ事が出来ると言うが
、今回に関しては他のメンバーもアドレッセント王国へ行った事がないのでそれも
出来ない。街へ出て、アドレッセント王国からの移住者達に頼むと言う手もあるけれど、
見ず知らずの者からそんな事を頼まれて引き受けてくれるとも思えない。警戒されて
逃げられるのが関の山と言ったところだろう。

「馬を買うのは構わないが、フジは馬に乗れるのか...？」

テヅカがぽつりと独り言のように呟いた。

馬を買うのは高価な買い物になるが、予算の方はなんとかなる。今回の旅は事が
重大だったので、何があってもいいように、予算は多めに持ってきている。テヅカは
現金の他に、換金できる宝石類なども剣の柄の部分等至るところに隠し持っていた。
それに関しては、ユキムラも同様だと思われる。なので問題は馬に乗れるかどうかと言う事だけだ。
　　　　　　　　　
テヅカは幼少の頃より、馬に乗る訓練を受けている。
サナダとユキムラもそうだ。だが不二は知り合ったばかりで、そう言った事を聞いた事もない。
今回の旅はまず情報収集が不可欠だったので、あえて歩いて国から国へ渡っていた。
これまでは、馬に乗れるかどうかなどと言う事は、旅には関係のない事だった。

「彼が乗れるかどうか知らないの？」

「あぁ...」

「だったら、明日本人に聞いてみるしかないね。乗れないようだったら、君が自分の
馬に一緒に乗せていけばすむことだし」

テヅカの乗馬の腕前を知っているユキムラは、そう言って話を切り上げた。ここで
議論していても、その事がわかるわけではないし、乗れなかったとしたらそうする
しかないのだ。馬を買うと言う事は、もう決定事項なのだから。

「そうだな...」

「それじゃあ、明日に備える為に、俺たちも部屋に戻ろうか」

「あぁ、ユキムラ、先に部屋に戻っていてくれないか？」

何を思ったのか、テヅカはそう言ってユキムラに先に戻る様に勧めた。　
　「わかった...」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　ユキムラは言われた通りに、先に屋敷の中へと戻っていく。ユキムラの姿が
見えなくなった後、テヅカは庭の片隅に飾ってある彫像の前へ歩み寄った。

「あれ？バレちゃった？」

テヅカが歩み寄ると、彫像の陰からセンゴクが姿を現した。

「盗み聞きか？」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
「そんなつもりはないよ。二人とも小声で喋っていたから、ほとんど何も聞こえていないし」　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「だったら何故、こんな所に隠れている？」

どちがこの屋敷の主人かわからない態度で、テヅカはセンゴクに詰め寄った。
最初はテヅカも、センゴクがこの場にいる事に気付いていなかった。彼は上手に
気配を消していたので、ユキムラは全く気付かなかったようだ。テヅカが彼の存在
に気付けたのも、偶然に近いと言える。たまたま視線をそちらに向けた時、
月明かりの中に、微かに陰が動くのが見えたのだ。

「寝る前に外の空気が吸いたいなと思ってここへ来たら、テヅカ君とユキムラ君が
何やら深刻な面持ちでこっちへ歩いてくるからさ、つい咄嗟に隠れちゃったんだよね」

「.....................」

「ねぇ、テヅカ君、こんな所でユキムラ君と逢い引きなんて、君の本命は
ユキムラ君だったの？だったら、フジ君は俺に譲ってくれない？」

「断ると言ったはずだ」

「君のものでないならいいじゃない？」

「駄目だ」

「本当にテヅカ君て、フジ君の保護者みたいだね。そんなに大切なら、
好きだってさっさと告白しちゃえばいいのに」

テヅカの気持ちがフジにあると確信しているかのような口振りで、センゴクは言った。

「.............」

「まぁ、いいけどね。テヅカ君が何も言わない方が、俺にもチャンスがあるわけだし」

「センゴク...」

テヅカは射るような鋭い視線をセンゴクに向ける。

「はいはい、この話はこれで終りね」

どこかテヅカをからかうような口調で、センゴクはそう締めた。そして二人は
屋敷の中へと戻る。

テヅカが宛てがわれた部屋へ入ろうとした時、センゴクが口を開いた。

「そうそう言い忘れていたけど、俺、ユキムラ君をどこかで見かけた事が
あるような気がするんだよね～。でも、その事は思い出さないようにしておくね。
偶然とは言え、話を立ち聞きしちゃったお詫びに」

言うだけ行って、センゴクはテヅカを残して自分も部屋へと戻っていった。

「食えない奴だ...」

センゴクの後ろ姿を見送る形となったテヅカは、そう呟いていた。
ユキムラの正体を知っていると暗にばらしておきながr、黙っていてやると言う。
もしかしたら自分の正体もばれているのかもしれないとテヅカは思った。
最初に会った時は、軽薄でいい加減な奴だと言う印象をセンゴクに抱いていた。
けれど、けっしてそれだけの人物ではないのだと言う事を、テヅカは悟っていた。

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