6月も半ばに迫った日曜日。梅雨の合間の晴れ間とでも言うのだろうか、

その日は朝から天気が良く、出掛けるには絶好の日であった。

「周助、入るわよ」

不二が返事をする前に、姉の由美子がドアから顔を覗かせた。

「何?姉さん」

天気が良いのでサボテンを棚の上から日当たりのいい出窓に移していたところを呼ばれて、

不二はドアの方を振り返った。

「ちょっと、お願いがあるんだけど」

「買い物なら今日は付き合えないよ。友達と約束があるから」

いつもの笑顔を浮かべて、不二はやんわりとそう断る。

由美子が朝からそう言って部屋へ来る時は、大概そんな用事が多い。

荷物を持ってくれる人でが欲しいと言う事なのだろうと、不二は姉の誘いがある時は用事が

ない限りは引き受けていた。

不二の返事を聞いて、由美子はクスクスと笑った。

「今日は買い物の付き合いをお願いしにきたわけじゃないわ。ねぇ、これを見て」

そう言って由美子は不二の前に一枚のデニムのワンピースを差し出した。襟首がスクエアカット
になっていて、前の部分に編み上げの紐がクロスするように通されていてリボン結びになっている。

「...可愛いデザインのワンピースだと思うけど」

差し出されたワンピースから視線を外して、不二は由美子を見た。可愛らしいデザインのそのワ
ンピースは、姉が着るには少々デザインが若い子向けすぎるのではないかと思ったのだが、そ
れをはっきりと口にするのは躊躇われた。その迷いから、言葉が歯切れの悪いものになる。

「私が着ようと言うんじゃないわよ」

どこか歯切れの悪い不二の口調から言いたい事を察したのか、由美子が苦笑してそう言った。

「それなら、何でわざわざ見せにきたの?」

自分が着るつもりで感想を聞きにきたのではないとすると、いったい何の為に自分にそんな物を
見せるのかと不二は問う。何だか嫌な予感がしたが、それが気のせいである事を祈った。

「お願いがあるって言ったでしょ。周助、今からちょっとこのワンピースを着てみてくれない?」

その言葉を聞いた不二は、嫌な予感が当たったようだと溜め息をついた。

「...何で、僕が...」

「似合うと思って」

「...............」

「クローゼットの中を入れ替えようと思って整理をしていたら、そのワンピースが出てきたのよ。
何年か前に買ったものなんだけど、結局一度も手を通していなまま仕舞い込んでいたのよね。
今さら私が着るにはデザインが若すぎるかなって思うから、このまま捨てようかと思ったんだけど、
一度も袖を通さないまま捨てるのももったいないでしょ?」

「姉さんが言いたい事はわかったけど。僕、男だよ...」

そんな服を着るのは嫌だと遠回しに訴える。

「あら、そんな事わかっているわよ。でも、私が着るより周助が着た方がこのワンピースは
似合うと思うのよね」

ところが由美子は、何でもない事の様に言い切り、不二の訴えを却下した。

「姉さん...」

言われても嬉しくない言葉に、不二の表情が引きつった。

「ね、いいでしょ?お願い、着てみせて」

由美子は一歩も引く気がないらしい。こう言う状態の姉に今まで勝てたためしのない不二は、
もう一度溜め息をついた。幼い頃から父はほとんど家にいない事が多く、年の離れた姉と母に
育てられたせいか、不二は女性には優しくするものだとインプリンティングされている。

「わかったよ。でも、来てみせたらすぐに脱ぐからね。後30分くらいで、友達が家に迎えに来る
時間になるから」

逃げられないと諦めた不二は、時計を見て時間を確認するとそう言った。

「それじゃあ、着替えたら私の部屋へ見せにきてね」

不二の答えに満足そうにうなずくと、由美子は部屋を出て行った。一人部屋に残された不二は、
ベッドの上に置いていかれたワンピースを見てもう一度溜め息をついた。姉に逆らえない自分を
呪いながらも、なんとか着替えを済ませると、嫌な事はさっさと終わらせようと姉の部屋へと向かった。

「やっぱり。思った通り、似合っているわよ。周助」

ノックをして部屋に入ってきた不二の姿を見るなり、由美子はそう絶賛した。

「...姉さん。もういいよね?」

そんな事を言われても全く嬉しくはなかった。不二はさっさと着替えたいと、そのまま踵を返して
自分の部屋へ戻ろうとした。

「待って、周助。その上にコレを羽織ってみて」

今度は白いレースのカーディガンを不二の方に着せかけて、由美子は言った。

「姉さん...」

「ほら、袖を通してみて」

言われた通りに不二はカーディガンに袖を通した。

「この方がいいわね」

どこかお嬢様風のコーディネイトに満足したように由美子は言う。そして不二に側に有る椅子に
座る様に指示をした。

「姉さん、僕、さっさと着替えたいんだけど」

長引きそうな嫌な予感に、不二は口を挟んでみる。

「もう少しだけいいじゃない。ね、座って」

なかなか椅子に腰掛けようとしない不二の腕をとって、由美子はそう言った。そして、半ば強引に
不二を椅子に座らせる。言い方はやんわりとしているのだが、行動がそれを裏切っていた。

「...姉さん」

「少し黙ってて、綺麗に塗れないでしょ」

ドレッサーの中から化粧ポーチを取り出した由美子は、中から取り出したリップを手にして
そう言った。そしてそれを不二の唇に塗っていく。どうやら姉の気が済むまでは、この状態から
解放されないらしいと不二は悟っていた。ワンピースを着せられ、唇にはリップを塗られ、まるで
着せかえ人形にでもなったようだと不二は内心溜め息をついていた。

逆らっても無駄なら、一刻も早くこの状態から解放される事を願う事しか不二にはできなかった。



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