「あら、手塚くん。いらっしゃい」

「お邪魔します」

不二の家の呼び鈴を鳴らした手塚は、出迎えてくれた不二の母と挨拶を交わしつつ、一向に出て来る気配のない不二に首を傾げる。てっきり不二が出迎えてくれると思っていたので出端を挫かれた感じだ。

「あの、周助君は?」

呼び鈴の音は不二にも聞こえていると思われるが、未だに本人が姿を現す気配はない。

「あら、降りてこないわね。どうしたのかしら?手塚君、周助の部屋はご存じよね?良かったら上がって頂戴」

不二の母親が、おっとりと言う。手塚がこうして訪ねてくるのは初めてと言うわけでもないので、そう勧めたのだろう。どうしたのだろうと思いながら、手塚はその言葉に甘えて部屋へ上がる事にした。不二の母親に軽く会釈すると、手塚は慣れた様子で不二の部屋を目指した。

「不二.......」

階段を上がりきったところで、手塚は目的の人物である不二と遭遇した。

「手塚...」

「あら、手塚君。こんにちは」

声を上げたのは、三人ともほぼ同時だった。由美子に軽く会釈をすると手塚は不二をじっと見ていた。その様子に気付いて、由美子が口を開く。

「周助が約束している友達って、手塚君の事だったのね。どう?周助の格好?似合っているわよね?」

「そうですね...」

由美子に感想を求められて、手塚は素直にそう頷いた。それを聞いていた不二の表情が、いっきに不機嫌そうなものに変わる。何故、そんな事を言うのかと不満そうだ。

「やっぱり、手塚君も、そう思うわよね」

不二とは正反対に、由美子は機嫌がよさそうにそう言った。

「...はい」

「ですって。ねぇ、周助。これから手塚君と出掛けるんでしょ?だったら、その格好で行きなさいよ」

「姉さん。それ、本気で言っているんじゃないよね?」

「勿論、本気よ」

「...こんな格好で外に出たら変態だよ」

不二は頭がクラクラとしていた。姉の態度にまさかとは思っていたのだが、本気でそんな事を言われるとは思っていなかったのだ

「大丈夫よ、周助。知らない人が見たら女の子にしか見えないわ。私が保証してあげる。それじゃあ、手塚君。周助をよろしくね」

何をどうよろしくなのかはわからなかったが、手塚は思わず頷いていた。

「姉さん、冗談は程々に...」

「あら、冗談じゃなく本気よ。ほら並んで立ってみて」

「姉さん」

「お似合いよ、二人とも」

由美子の様子を見ていると、まるで二人の関係を知っているのではないかと不二は疑いたくなった。自分達が付き合っている事は、家族には内緒である。勿論由美子にも言った事はない。

「姉さん...」

「せっかくだから、靴も貸してあげる。はい、これ」

そう言うと由美子は靴箱から一足のウェッジサンダルを取り出して、不二の前に置いた。

         ◇     ◇     ◇

「面白いお姉さんだな」

手塚は不二の姉とは面識があったが、これまで然程口をきいた事はなかった。

「面白いじゃないよ。何で止めてくれなかったのさ」

横に並んで歩きながら、不二は手塚の方を見ずにそう言った。機嫌が悪そうなのは見なくてもわかる。

「............」

ここで似合っているからと本当の事を言ってしまえば、不二の機嫌はますます悪くなるだろう。そう思ったので、手塚は黙ってやり過ごそうとしていた。

「ゴメン、君に当たっても仕方がないよね」

手塚が黙ったままでいるので、諦めたのか、多少は落ち着いたのか、不二はそう言った。

「こうなったらバレない事を祈るよ。後は知り合いに会わない事と...」

どこか投げやりな調子で不二は言った。そんなに心配しなくても、バレル事はないだろうと手塚は思っていた。勿論不二には黙っている。

「っ!......」

「不二!」

突然足が縺れて転びそうになる不二の体を、手塚は咄嗟に手を伸ばして支えた。

「...有難う」

「その靴のせいか?」

何もないところで転びそうになるなど、普段の不二からは考えられない事。その原因が、履き慣れない靴にあるのだと手塚は気が付いた。

「うん。ちょっと歩きにくいかも...」

「そうか」

そう言うと、手塚は不二の肩を抱き寄せる。

「手塚?」

「歩きにくいんだろう?また転びそうになられると困るからな」

「うん......」

手塚の言葉に頷きながら、不二はいつもとは違う様子の手塚に多少戸惑いを感じていた。恋人として付き合うようになってから二人で出掛けた事はあるが、人目を気にして、こんな風に明るい場所で肩を抱かれた事は今までに一度もない。それを特に不満に思っていたつもりはないが。

「たまには、こんなデートもいいのかもね」

「何だ、急に?」

「別に。それより急がないと映画が始まっちゃうよ」

そう言って不二は、手塚ににっこりと笑ってみせた。今日初めて不二が見せる笑顔だった。女装をするのは二度と御免だが、こんな風に普通の恋人同士のような真似事が出来るのなら、今日一日くらいはまぁいいかぐらいの気持ちになっていた。

「そうだな...」

不二の言葉に、手塚も頷く。不二の家で予定外の時間を費やしてしまったので、余裕があったはずの時間がなくなってしまったのだ。

二人は映画館へと足を急がせた。

       ◇     ◇     ◇

映画を見終わった後、誰にも会わない様にと言う不二の願いは崩れ去っていた。映画館を出たところで、大石と菊丸の二人と偶然会ってしまったからだった。二人とも不二の格好については、批判的な事は何も言わなかった。大石は困ったような表情をし、菊丸は可愛いとはしゃいでいる。

そしてこの後4人で行動を共にする事になった。

「手塚達ってこの後、どこか行くところって決めてる?」

「特に何も決めてはいないが」

「だっがらさ、教会へ行かない?」

「教会?」

「さっきここへ来る前に、教会の前を通ったら結婚式をやっているみたいだったんにゃ。そろそろ式が終わって、花嫁さんとか出て来るんじゃないかにゃと思って」

「花嫁さんが見たいの英二?」

「だって、どんな人なのか気になるし」

不二の問いに菊丸は頷いてみせた。手塚達にも特に異存はなく、4人は教会へと足を運んだ。

教会の付近へ近付くと、すでに人だかりが出来ていた。

「あっ、不二見て。今から花嫁さんがブーケを投げるみたいだにゃ」

手塚達を置いて、先に人の輪に紛れ込んだ菊丸と不二は中央にいる本日の主役を見ていた。

「そうみたいだね」

興味なさそうに不二は返事を返す。周りに集まっている女の子達は、皆自分のところへブーケが飛んでこないかと狙っているようだ。

わっと歓声がわいた。

花嫁の手からブーケが投げられる。空に向かって投げられたブーケは、カーブを描いて地上へと落ちてくる。

そして...。

「凄いにゃ。今度結婚するのは不二だって」

自分の手の中にあるものを呆然として見ている不二に、菊丸が言う。菊丸は素直に喜んでいるようだが、不二は周囲の女の子達の羨望の視線が痛かった。

「英二、もう行こうよ」

「うん。大石達、どこにいるかにゃ~」

周囲の輪から離れて、不二と菊丸は手塚と大石の姿を探し始めた。集団から少し離れた場所に立っている二人の姿を発見するのに、そう時間はかからなかった。

「それは...」

不二の手に握られているブーケを見て、手塚と大石は一瞬言葉を失ったようだ。

「凄いよね、次に花嫁になるのは不二だって」

あっけに取られている様子の手塚達に向かって、菊丸が楽しそうに言う。菊丸の横に居る不二は、男の自分が花嫁になることは絶対にないと、菊丸の言葉を冷静にきいていた。

「それじゃあ、外国へ行って式をあげようか」

菊丸の言葉を真に受けたように、手塚が言う。

「手塚?」

その真意がわからずに、不二は手塚を見た。どう見ても冗談で言っているようには見えなかった。

「プロポーズだにゃ」

「..........」

「嫌なのか?」

何も答えない不二に、手塚が困ったように聞いてくる。

「その時になったら考えるよ。だから大人になってからもう一度言って?」

「わかった」

約束だよと言う不二に、答える様に手塚が言う。

「いいにゃあ、二人とも。幸せそうで。大人になったら大石も俺に言ってね」

菊丸の可愛いおねだりに、大石は答える事が出来ずただ頬を真っ赤に染めていた。



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