「.........っ...」

押し殺した声。だが人のいなくなった静かな部屋では、呼吸音さえも鮮明に響く。

「...いいのか?」

このまま続けても...。そう続ける声に、不二は無言で頷いた。身体はとっくに引けないところまできているくせに、律儀に最終確認をとってくる相手に思わず苦笑する。

ここで『嫌だ』と言えば、本気で引く気だったのだろうかと...。

         ◇     ◇     ◇

それは偶然の出来事だった。休憩時間に渡り廊下を歩いていた手塚は、ふと建物の影に誰か人がいるのに気が付いて思わず足を止めた。建物と建物の隙間の人目につかない場所。そんな所でいったい何をしているのかと、好奇心を誘われた所為もあるが、手塚が足を止めたのはそれが自分の見知った人物だったからだ。これが全く知らない相手であれば、手塚はそのまま見て見ぬ振りをして通り過ぎた事だろう。

「...不二」

手塚は思わずその名を呟いていた。距離があるためその声が聞こえたとは思えないが、不二は手塚の方へ向かって歩いてきた。手塚の前で立ち止まると、不二は少し眉を寄せながら苦笑して手塚を見た。

「...変なところを見られちゃったね」

表情とは裏腹に、それ程困っているような口調でもない。

「...いいのか?」

チラッと不二の背後に取り残された人物を気にしながら、手塚は聞いた。見たところ上級生のようだが、手塚の知らない人物のようだ。不二といったいどう言う関係なのだろうと思った。

「うん、もう用件は終わったから」

あっさりとそう言って歩き出す不二の後を追うように、手塚もついていく。

「何か脅されているのか?」

相手が上級生だった事から、何か嫌がらせでも受けているのではないかと手塚は心配した。いわれのない中傷はどこにでもあるものだ。自身がテニス部の先輩から以前そう言う目にあわされた事があるだけに、手塚は不二の事が気になった。

「そんな風に見えたんだ?」

手塚の言葉に、不二はクスッと笑ってそう言った。

「...人気のない場所に居たんでな。それに相手は上級生だろう?」

「確かに上級生だし、呼び出されたんだけど君が心配しているような事は何もないよ」

「では、何故呼び出されたんだ?知り合いと言うわけでもないのだろう?」

手塚の問いに不二は初めて本当に困ったような表情をした。不二がそんな表所をするのは珍しい。話すのを迷うかのように、不二が手塚をチラッと見た。そして覚悟を決めたように、不二は口を開いた。

「...告白されたんだ」

「告白?」

不二の言葉を聞いた手塚の頭に疑問が浮かぶ。不二が呼び出された相手、手塚が先程見た相手は、どう見ても男だったのだが...。不二の言葉に手塚は、衝撃を受けていた。

「君はない?そう言う事で上級生に呼び出された事」

黙りこくってしまった手塚を気にしつつ、不二はそう聞いた。

「ない、な...」

手塚にとって上級生から呼び出されるとしたら、その才能を妬んだ嫌がらせと言った類いのものでしかない。

「そう...」

「...もしかして、こう言う事は、今回が初めてではないのか?」

不二の言い方で、手塚はどこか引っかかるものを感じた。

「うん。以前にも何度かね」

不二が苦笑して言う。それに対して、手塚はどう言葉をかけたらいいのかわからなかった。

「不二...」

確かに手塚の目から見ても、不二は整った容姿をしていると思う。

「それじゃあ僕教室に戻るから。放課後部活でね」

それ以上手塚が何かを言う前に、不二はその場を立ち去った。

一人残された手塚の胸には、何とも言い難い複雑な思いが渦巻いていた。

     

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