放課後のテニスコートでは、いつも通りの練習が行われていた。監督である竜崎先生が来るまでの間に、
各自で自主トレをしている風景がコートに広がっている。
「あのさ、不二」
「何?英二」
「最近さぁ、手塚ってヘンじゃにゃい?」
「そう?よくわからないけど。手塚とはクラスも違うし...」
「だって大石に相談されちゃったんだもん」
「大石に?」
更に話しの意図が見えなくなって、不二は首を傾げた。手塚の事を何故菊丸が自分に聞いてくるのか
その理由が明確でないところへ、今度は大石の名前が出た事で不二の中で疑問がわく。大石は周囲
も認める手塚の親友である。自分よりも余程手塚の事について詳しいだろうと不二は思うのだ。
菊丸にどう言う事なのか、もっと詳しく聞こうとしたところで、竜崎先生の姿が視界に飛び込んできた。
雑談は、中断を余儀なくされる。話の続きは、部活が終わった後どちらかの家で行うと言う事でその
場は決着を付けた。そして他のメンバーと同様に、菊丸と不二の二人も指示される練習メニューをこ
なしていった。
◇ ◇ ◇
部活が終わった後、菊丸と不二は一緒に帰宅の途についた。どちらの家に寄るかは相談の結果菊丸
のところへと言う事になった。
「それで大石に何を相談されたの?」
菊丸の部屋に通されるなり、不二は即座にそう聞いた。
「う...ん。にゃんて言ったらいいのかにゃ~」
「言いにくい事なの?」
「うん、まぁ、その...」
「それじゃあ全くわからないよ...」
なかなか切り出さない菊丸に、不二は困ったように表情を曇らせる。
「あのさ、大石はこの前手塚にこんな事を聞かれて困ったんだって...」
「こんな事って?」
「男に告白された事はあるかって...」
ようやく本題が菊丸の口から語られた。
「手塚が大石にそんな事を?」
「みたいだにゃ。それで俺との事がバレて何か言われるのかと思ったみたいでさ」
大石と菊丸が友人の域をこえて恋人として付き合っている事を、不二は知っていた。友達として、
菊丸から色々と相談されていたからである。とは言っても、ほとんど菊丸からの話を聞いている
だけで、その事について不二が何かを言った事はない。同性同士で付き合う事を、否定も肯定も
しなかった。二人がそれで幸せなのならそれでいいと思っていたからだ。
「大石は、手塚に英二と付き合っている事を言ってないんだ?でも、その事を知ったからって、
手塚が大石と友達をやめるなんて事はないと思うけど」
「そうかにゃ?」
「断言は、出来ないけどね。手塚は真面目だし、そう言う事に関してどう思うかはわからないけど」
不二は手塚ではないので、絶対にそう言う事はないとは言えなかったけれど、多分大丈夫だろうと
言う気はした。そう言う事に関して理解はないかもしれないけれど、手塚はどこか他人に無関心な
ところがあると不二は常々思っている。そんな手塚が、自分が理解出来ないからと、他人の私生
活に口を出すとは思えなかった。事がテニス部に影響をしない限り、少なくとも見て見ぬ振りくらい
はするだろうと。
「じゃあ、やっぱり原因は不二なのかにゃ?」
「僕?何で、そこで僕の名前が出てくるのさ?」
「う~ん、何かね、男に告白された事があるかって聞かれた後、大石が何も言えなくて黙っていたら
不二の名前が出たんだって」
「僕の名前?」
「そう。だから大石は、手塚が急にそんな事を自分に聞いてきたのには、不二が関係しているんじゃ
ないかって言ってたんだけど。何か思い当たる事ってある?」
「...全くない、とは、言えないけど」
心当たりと言えば、先日の出来事だけだ。不二が男の先輩に告白された事を知って驚いていた
手塚の表情が脳裏に浮かぶ。
「えっ?あるの?教えて」
菊丸が好奇心に目を輝かせながら聞いてくる。
「少し前の事なんだけど、上級生の先輩にお昼休みに呼び出された事があるんだ」
「それって知ってる人?」
「...知らない人、かな。名前は聞いたけど、忘れちゃった。その人に告白されたんだ、
付き合って欲しいって..」
「そ、それで?」
「そこへ偶然手塚が通りかかって...。僕が男の先輩に告白されていた事に驚いたみたいだった。
手塚にしてみれば、同性同士の恋愛なんて考えた事もなかったんじゃないかな?」
「そうなのかにゃ?それで手塚ってば、大石に?」
「聞いたんだと思うよ。僕に心当たりがあるとすれば、その事だけなんだけど...」
「そっか~。それにしても、手塚は大石にそんな事を聞いてどうするつもりだったのかにゃ?」
「さぁ?」
これ以上話をしていても、手塚の意図は掴めないと言う事で、二人の意見は一致した。
あまり長居をするのもはばかられたので、不二はこの後すぐに菊丸の家を後にした。