翌日の昼休み、不二は乾と一緒にテニス部の部室にいた。
部活の後よりもこの時間の方が、人目を気にせずに昨日の事を
確かめられるからだ。

「確かに花が枯れていなければ、風流な代物だっただろうね」
乾は昨日フジが拾ってロッカーの上に置いた拾い物を手に取り、
そう感想を述べた。

「乾もそう思う？」
「あぁ、これでこの紙に何も書かれていなかったらがっかりするかもしれない」
意味深に結ばれた紙を手に取りながら、乾がそう呟いた。
実際それが白紙である可能性もないわけではない。何か書かれているだろう
と思うのは、現時点では、二人の想像にすぎないのだから。何が書かれている
のか、ただの白紙なのか、それを確認する為に、今日ここに来たのだ。

好奇心の高まりからか、緊張感が漂う。結び目を解いて枯れた花から紙を解くと、
乾は折り畳まれた紙を広げていった。
紙は白紙ではなかった。
二人の前にあらわされた紙の内部には、予想通り文字が綴られていた。

『浅茅生の小野の篠原忍ぶれど　余りてなどか人の恋しき』

紙に書かれていた文字を見て、二人は顔を見合わせる。
「百人一首だね...」
不二がぽつりと呟くと、乾もそれに頷いた。
「そのようだな」
紙の真ん中に書かれていたのは、見覚えのある百人一首の歌。
筆ペンで書かれた達筆な文字で綴られていた。
「これ、どう言う意味だと思う？歌の意味じゃなくて...」
「恋文ってところかな？」

不二の問いかけに乾はそう答えた。その歌は確かに恋心を歌ったものである。
乾の答えももっともに思えたが、不二はどこか納得がいかず首を傾げた。

「随分古風な恋文だね。歌の意味を考えれば、君の言う通りなんだろうと
思うんだけどさ。でも、これで相手に伝わるのかな？」
この歌を書いた紙を渡したところで、相手に想いが伝わるかどうか怪しいだろうな
と思い不二はそう言った。
「さぁ？どうだろう...。相手がこの歌の意味を知っていれば伝わるかもしれないし」
「それは、どうなんだろうけど...」

乾の答えに返事をしつつも、不二はまだ納得がいったわけではなかった。
正月になるとカルタ取りをしたり、国語の授業でも百人一首を覚えさせられたりとして、
歌自体に聞き覚えはあるけれど、その歌の意味まではなかなか調べたりはしない。
恋文なのだとしたら、相手に気持ちを伝えるのが目的だろう。
それなのに、意味が通じなくてはどうしようもない。相手に自分の想いを伝えるなら、
通じるか通じないかわからない和歌を用いるよりも、はっきりとした言葉で書いた方が
わかりやすいと思う。

「不二、俺達はこれを書いた本人ではないし、本当の事はわからないよ」
　納得がいかない様子の不二に、乾がそうさとす。
「そうだね...」
「それよりも、これ、どうしようか？捨ててもいいと俺は思うけど」
何が書かれているのかを知りたいと言う、彼等の欲求は満たされた。
枯れた花にも、紙にも、もう用はないのだ。

「勝手に捨ててもいいのかな？」
花が枯れるくらいの日数放置されていたものなのだ、書いた本人が今さらこれを
取りにくるとは思えない。そう思いつつも、捨てると言う事に抵抗があった。
「いいんじゃないかな。誰が書いたものかもわからないから、本人に返すと言う
事もできないし」
「そうだね...」
「不二が勝手に捨てるのは気が引けると言うのなら、これは俺が処分しておくよ？」
乾はそう言うと、紙を元の様に畳んで、自分が枯れた花と共に持ち去る事を提案した。
「わかった。そうしてくれる？」
乾の提案に不二は頷いた。結局捨てるしかないのだと言う事はわかっている。

目的を果たした二人は、その後、各々のクラスへと戻っていった。

その日の夜、不二は昼間の事を思い出していた。

頭の中にはまだあの百人一首が残っている。

相手への恋心を忍ぶ歌。

あれを書いた人物は、書く時に自分の気持ちをその百人一首の歌に重ね合わせていたのだろう。

部室にあったと言う事は、それを書いたのは、自分と同じ中学生だと言う可能性が高い。

この年でそこまで想う相手と出会ってしまったのは、果たして幸せなのか不幸なのか。

短い歌の中に秘められた想いが、不二の心をも切なくさせている。

本当の恋と呼べる様な想いをまだ抱いた事のない不二にとって、その人物は自分とは
違う別次元に生きている人物のようでもある。

そんな誰なのだかわからない人物の想いに心を揺さぶられる。

まるで恋に恋すると言ったような、疑似恋愛にでも陥ったような気分だった。

その日の夜、乾は不二に捨てると言った花と手紙を自分の机の上に広げていた。
最終的には捨てるつもりではあるが、その前に気になる事があったのだ。

それは紙が結ばれていた花。

不二には言わなかったが、その事から、乾はある事を思い付いていた。

そしてそれを確認する為に、翌日行動する事を決めた。

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