「不二、どうかしたのかい？」

部活中の事。先輩達の行っている練習試合を観戦しながら、どこか心有らずと言った様子の不二に、乾が声をかけた。

「別に、どうもしないよ」

視線は試合に向けたまま、不二はそう答えた。

「そうかい？」

「うん」

「それなら良いけど...」

あの恋文を見付けて以来、乾は前よりも不二と話をする機会が増えていた。それは乾にとって、ある意味幸運な事だと言えた。手塚だけでなく不二のテニスの才能にも乾は注視している。相手の事を探るのに、近くで観察できるのは願ってもない事。勿論同じテニス部の仲間として、相手を思いやる気持ちもある。それは仲間として、友人として当然の事。
不二はなかなか自分の本心を見せないので、実際のところ何を考えているのか、どう思っているのかは乾にもわからない。手塚とは違う意味で、自分の本心を見せる事がない不二。それなのに、最近の不二は、乾の目からみてもおかしいと思う事がある。テニスをしている時はそうでもないのだが、それ以外の時、今の様に何やらぼんやりとしているように見える事があるのだ。

「乾はさ、誰かを好きになった事はある？」

「突然何だい？」

「いつも色々な事を聞かれてばかりいるから、たまにはこっちから聞いてみたいと思って」

普段から様々なデーターを取る為に、観察したり聞いたりとしている乾に対する意趣返しだと不二は言う。

「そう言われてもね。何て答えたらいいのか」　
突然の質問返しに、乾は困惑の色を隠せない。どこか困った様子の乾の方を振り向いて、不二はクスクスと笑った。
「そんなに難しい質問だった？」
「ある意味テニスよりもね。好きにも色々あるだろう？少し気になる程度なのか、寝ても覚めても相手のことばかり考えてしまうとか」　
「まぁ、そうなんだけど」　
お互い視線は目の前の試合に戻しながら、話を続けていく。

「そんな事を聞くって事は、何かあったのかな。また誰かに告白でもされたのかい？」　
最初のうちは手塚の印象が強すぎて、部内でもあまり目立つ存在ではなかった不二だったが、最近ではその実力に周囲の者も気付き始めている。
徐々に目立つ事が多くなってきたせいか、恋愛がらみの告白を受ける事も多くなっているようだ。

「それもあるけど」
「他に気になる事もあると？」
「気になると言うか、皆すごいなって思う」　
どこか遠くに視線を向けて、不二は呟く様に言った。

「不二？」

乾が何の事かと続きを促す様に名を呼ぶ。それに答えるように、不二は話を続ける。

「誰かの事を、告白したいって気持ちになるくらい想う事が出来て」
軽く溜め息を着く姿が、どこか寂し気に見える。
「それはまた複雑な心情だね。相手の気持ちを受けるつもりはないけれど、そう言う想いを抱ける事を羨ましく思うと？」
不二の心情を探る様に、乾は慎重に言葉を選んだ。
「そう言う事になるのかな？」　
乾の言葉を肯定しながらも、どこか他人事の様に不二は首を傾げた。
「不二、恋愛は人それぞれだ。それに恋はしようと思って無理矢理するものではないだろう？だから、他人の想いを羨んでも仕方がないと思うけど」

「わかってるよ」

こんな事を言っても仕方がないのだと言う事はわかっている。乾が言う様に、恋は無理矢理するものではない。ただそこまで強い想いを、自分はいつか持つ事が出来るのだろうかと思っただけ。自分が何かにつけてどこか覚めていると言う自覚があるから、余計に羨ましく思うのだと言う事も、不二自身わかっている。

「不二、恋愛をしなくても、誰かと付き合う事は出来るよ」
まだどこかぼんやりとした様子の不二に、乾はそう言ってみた。アドバイスと言えるかどうかわからなかったけれど、不二はその言葉に多少の興味を引かれたようだ。
「それって相手の事がそんなに好きじゃなくても、付き合うって事？」　
「まぁ、簡単に言えばそうだね。好意はあるにこしたことはないけど、そうじゃなくても恋人は作れるって事」　
「それは、そうなのかもしれないけど。それって相手に失礼じゃない？」
「それはそうだろうね」
まるで何でもない事の様に淡々と乾は言う。

「そうだよね。だったら、やっぱりそんな事は出来ないよ」
恋愛をただの遊びと言い切れる程、不二は器用ではない。そんな相手の好意を逆手に取ったような真似はしたくなかった。そんな事をすれば、相手も自分も傷付くだけだ。
「それは相手が完全に自分に片想いをしている場合だろう？でもそうでなければ可能だと言う話だよ。お互いそれをわかっていて、その上で付き合ってみる」

「乾？」

そんなお互い相手の事を好きでもないのに付き合うなんて、不毛なだけではないだろうかと不二は思う。付き合っているうちに相手の事を本気で好きになる可能性も全くないわけではないけれど。そう思って乾の方を見ると、とんでもない爆弾発言が飛び出して来た。

「そう言うわけで俺と付き合ってみない？」

全く顔色を変えずに乾はそう言った。まるで、ちょっとそこまで付き合ってぐらいの感覚に聞こえる。

「...冗談だよね？」

乾の真意を計りかねて不二はそう聞いた。

「半分ぐらい本気だけど」　
「君とずっと一緒にいたら、付き合うって言うより、何かの実験動物になったみたいな気がするかも」　
「酷いなぁ、これでも半分本気だったのに」
「ゴメン...」

「いいよ、本気で怒っているわけではないから。でも、言った事に関しては半分本気だから、考えてみてくれないか？」　
「それは君と付き合うって事を？僕男なんだけど、君そう言う趣味があったの？」

これまでに不二は何度か告白を受けた事がある。その中には同性もいたので、そう言う恋愛もあると言う事は知っている。

「誰でもいいと言うわけじゃないよ。不二なら付き合ってみてもいいかなと思っただけで」

乾はそう言って少し笑った。

「一応有難うって言っておくね。でもそう言う意味で付き合うって言うのは、やっぱり止めておく。君の言う通り、恋愛は無理矢理するものじゃないと思うし」

「そうかい？」

「かまわないよ。不二の心情を聞く事も出来たしね」

「まさか、そんな事までそのノートに書いているの？」

先輩達の試合を見ながら、何やらノートに書き込んでいる乾に不二が尋ねる。乾が皆の色々なデーターをノートに書いて収集している事は不二も知っている。

「まぁ、そうだね」

具体的に何を書いているのかまでは教えてくれなかったが、乾はそれを肯定した。その彼の姿からは、先程の会話すらも情報収集の一環としか思っていないように見えた。だからフジも何事もなかったかの様に振舞う事が出来る。

その後二人は、自分達の練習試合の順番が回って来るのを待つ間、目の前で行われている試合を見る事に集中した。

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