下駄箱からひらりと落ちたそれを拾っている手塚に不二が聞く。

「そのようだな」

興味なさそうに答えた手塚は、差出し人のないそれに眉を顰めた。書いた人には申し訳ないが、その気持ちに答えるつもりはない。これまでにもラブレターをもらった事は何度かあるが、手塚はそれを読まずに相手に返している。どちらにせよ相手を傷つける事になるのかもしれないけれど、中を開けて読んだとしても答えるつもりがないのなら同じ事。　　　　　　　けれどこのラブレターには差出し人の名前がない。これでは返す事も出来なくて、手塚は溜め息をついた。

「相変わらず持てるね、手塚」

「............」

どこか迷惑だと思っている様子の手塚をからかうように不二が言う。その様子を見ながら、手塚はお互い様だろうと内心思っていた。他人事の様に言っているが、不二もその手の告白を多く受けているのを手塚は知っていた。同じクラスで一緒にいる事が多くなれば、知る気はなくてもわかってしまうもの。不二がそう言う告白を受けている姿を見る度に、今度こそ付き合うと言う返事をするのではないかと思うと、手塚は内心穏やかではいられない。けれど不二は今のところそう言う気はないようで、それらの告白を全て断っているようなので、手塚は安心する事が出来た。

その日は雨が降っていた為、部活は中止になっていた。

習慣の様に一緒に帰る為、手塚は不二と共に教室を出た。そして下駄箱を開けた途端、１通の封筒が舞い落ちたと言うわけである。

もらったラブレターをカバンに入れる事も躊躇われて、手塚はそれを持て余していた。

その様子を見ていた不二は、手塚の手にしたラブレターから、最近では思い出さなくなっていた恋文の事を思い出した。

「ねぇ、手塚、取りあえずカバンの中に入れたら？手に持ったまま傘をあすのも大変だし、それに濡れてしまうよ」

「...そうだな」

渋々と言った感じで、手塚はそれを自分のカバンの中にいれる。本当は受け取らずにそのまま返したいと言うのが本音だ。

「手塚はさ、ラブレターを書いた事はある？」
「いきなり何の話だ？」　
「うん、ちょっと思い出した事があって...」　　　
「思い出した事？」　
「そう...、前にね、誰宛かも書いた人もわからないラブレターみたいなものを見た事があるんだ」

「..................」

不二の言葉に、手塚はまさかと思った。

何やら嫌な予感がした。

「枯れた花に、百人一首の歌が書かれた紙が結ばれていてね。ラブレターって言うよりも、古風な恋文って感じ」

その言葉を聞いて、手塚は嫌な予感が当たったと思った。

「それは、乾に見せられたものか？」

「えっ？」

いつの間にか手塚の表情が険しくなっている事に、この時不二は初めて気が付いた。そして、手塚からもれた言葉に引っかかるものを感じる。

あの恋文を乾と共に見た事は、手塚には言わなかったはずだ。それなのに何故、ここで乾の名が出て来るのかと。

あの時乾は、恋文を勝手に処分する事を躊躇う不二に、自分が処理するからと言った。実際そうしたのだろうと思っていた。

それを何故手塚が知っているのか。

答えは一つ、乾が手塚にそれを見せたからだ。そうでなければ、ここで乾の名が出るはずがない。そう思いながらも、彼が何故そんな事をしたのかが不二にはわからなかった。別に不二と乾の二人だけの秘密にする必要もないわけだから、彼がそれを誰かに見せたとしても問題はないけれど。
他の同級生から、その存在に付いて聞かれた事はない。

もしもそれを見せられていたとしたら、好奇心の強い菊丸当たりは、不二に何か意見を聞いたり、自分の思う事を言ってきたりしていただろうと思う。その事からも、乾が手塚にだけそれを見せたのだと言う事が理解できる。

何故、手塚にだけそれを見せたのか、そう思った時、一つの考えが不二の中に浮かんだ。

「手塚、あれは君が書いたものだったの？」

まさかと思いながらも、不二は疑問を口にしていた。

「............」

手塚は否定しなかった。それはつまり肯定したも同じ事。

乾がどう言う理由から恋文を書いた相手が手塚だと気付いたのかはわからないけれど。

「...僕、先に行くね」

その場から逃げ出す様に、不二は手塚から離れた。

知ってしまった事実に動揺して、手塚と普通に話せる自信がなかった。

　　　　　　◆　　　　　◆　　　　　◆

その日、不二は早めに布団に入った。

家に帰ってから、夕食のメニューが何であったのかも、家族とどんな会話をしたのかも、自分の行動自体が虚ろになっていた。

横になって思い出すのは、帰り際の手塚との事。

知ってしまった真実が、不二を動揺させている。

手塚には誰も好きになって欲しくなかったと言うのが正直な気持ちのような気がする。

誰かを隣に侍らせた手塚の姿と言うのを、見たくなかったのだと言う事を不二ははっきりと自覚した。

随分と勝手な言いぐさだとは思う。

誰と恋愛しようと、それは手塚の勝手なのに。

不二にとって手塚は他の誰とも違う存在だった。自分と同じ年であるのに、まっすぐに夢に向かって努力している手塚の姿に憧れのような気持ちを抱いていた。尊敬していると言ってもいいかもしれない。だからこそ、手塚の側にいたいと思った。親しくなりたいと望んだ。

手塚がどこか自分を避けようとしている事には気付いていたが、あえて気付かない振りをして雑用を手伝ったりして一緒に帰ったりした。

少しでも側にいたくて。

最初はそれに良い顔をしていなかった手塚だが、最近では何も言わなくなっていた。

手塚に好きな人がいたのだとしたら、そんな不二の行動は迷惑でしかなかっただろう。自分が学校で終始側にいたから、手塚は想う相手に今まで告白出来なかったのかもしれない。手塚に現在付き合っている人がいないと言う事は、側にいれば嫌でもわかってしまう事。そうでなくても学内で目立つ存在である手塚の事、誰かとそう言う付き合いを始めたら、噂の一つも流れているはずだ。

あの歌に秘められた強い想いを手塚が誰かに抱いている。そう思うと胸が締め付けられるような気がした。苦しかった。

『あれ...？何で...』

その時不二は、自分が涙を流している事に気が付いた。

止め処なく流れてくる涙に戸惑いながら、不二はそれがどうしてなのかを考えていた。

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