翌日部活が終わった後、リョーマは先に着替え終わって部室を出て行った不二の後を追った。
慌てて後を追いかけると、校内を出る前にその後ろ姿を発見する事が出来た。
                    
 「不二先輩...」 
                          
リョーマが後ろから呼ぶと、不二はその声に振り返った。 
       
「越前、どうしたの?」
                      
 「今日この後暇だったら、家に寄って行きません?明日休みだし...」
  
 「...いいけど」 
                         
 リョーマの誘いに応じながらも、不二は訝し気な視線をリョーマに向けた。
前もって約束がない時に、リョーマがこんな風に不二を誘うのは初めての事だったので、
どこか戸惑っているのかもしれない。       
 「でも今から行くのって迷惑じゃない?すぐに夕食の時間になるよね...」
 「先輩が気になるなら、夕食が終わってから家へ来てよ。それでそのまま
今日は家に泊まればいいじゃん」                   
「君の家の人がそうして良いって言うのなら構わないけど...」      
 「けど...?」                           
 「どうしたの?急に...」                      
 不二はいつの間にか横を並んで歩いているリョーマの方を見た。
リョーマの家に遊びに行った事が、今までに全くないわけではない。
けれど、泊まった事はなかった。お互いの家がそれ程離れた場所にあるわけではないし
、そんな必要はなかったから。リョーマの意図がわからなくて、不二は内心少し困惑していた
。しばらく沈黙が続いた後、リョーマは口を開いた。
                               
 「不二先輩...」
                           
 「何?」
                             
 「俺の事好き?」 
                        
 「うん、好きだよ」                          

リョーマが聞くと不二はにっこりと笑ってあっさりそう答えた。
それがかえってリョーマを不安にさせた。                  
 (その言葉を疑いたいわけじゃないけれど...)             
そう思いながら、リョーマは意識を想い出の中へと沈ませた。

それはまだ二人が恋人として付き合う前の話。             
部長である手塚が突然留学する事になったのだ。リョーマが知らなかっただけで、
前々からそう言う話になっていたのかもしれないが真相はわからない。
一度高架下のコートで非公式に対戦して以来、手塚と試合をする機会のなかった
リョーマは勝ち逃げされたみたいで面白くなかったが、勝負する機会が
全くなくなったわけではない。今すぐには無理でもいつか対戦する事もあるだろう、
その時には自分が勝つ。その件に関してはそう自分に言い聞かせるしかなかった。
そんな事を考えながら昼食を取った後廊下を歩いていると、そこに見なれた姿を見つけた。
偶然廊下で不二の姿を見かけたリョーマは、思わず声をかけていた。 
                   
 『不二先輩...』
                           
 『何?越前...』
                          
 『部長、行っちゃいましたね...』
                  
 何と言われても、何か言う事を考えていたわけではないリョーマは、咄嗟にそう言っていた。                        
 『そうだね。前々から色々と話は来ていたみたいだし、結論を出すまでには本人も
悩んだんじゃないかな...』                  
窓の外を見ながらどこか寂しそうに言う不二。そんな不二に背を向けて、
リョーマは口を開いた。                      
 『アメリカでしたっけ?』                      
『そう、いつかプロになって活躍するんだろうね』          
 『先輩、寂しい?部長がいなくなって...』               
どこか面白くなさそうに、リョーマは不二に聞いていた。リョーマにとって不二は
手塚とはまた別のポジションにいる人だった。手塚と同様に、テニスで勝ちたい相手。
そして、それ以外の淡い気持ちを不二に抱いていたが、その事を誰かに告げた事はなかった。
勿論本人にも。        
不二の横にはふと気が付くと手塚がいて、二人の関係がどう言うものなのか疑問に思った
事もある。けれど、手塚があっさりと不二を置いて一人留学したところをみると、
ただの邪推だったのだろうかと言う気もした。 
 『そうだね...。でも、それは、他の皆も同じじゃないかな』       

『どうしたの?越前』           

『先輩の事が好き、俺と付き合ってよ...』

『越前...』

リョーマの言葉に不二は一瞬言葉をつまらせたが、すぐに...。

『良いよ...』

あっさりとそう言った。

『意味わかってる?』                     

窓の外を見たままOKしてもらえた事を喜ぶと言う気持ちより、相手の真意がわからずに
つい疑ってそう聞いていた。                      
 『わかってるよ...』                        
 不二はまた窓の外を見て、そう言った。               
 『それじゃあキスしても良い?』                  
 『人がいない所でね』                        
窓の外に視線を戻した不二は、リョーマの方を見ずにそう言った。本気で言っているのか
どうかわからない態度。それでも不二は確かにリョーマと付き合う事を承諾したのだ。
                    
 その日の帰り、初めて一緒に帰る事を約束した。そして、その帰り道、人気の無い路地に
入り込んだ所で、リョーマは不二に軽く触れるだけのキスをした。 
                            
 その日から、二人は時々学校以外で会う様になった。付き合っているのだから、
それも当然の事。自分から暴露したわけではないが、同じ部の人たちには、何となく
自分達の関係に気付いた人もいるようだったが、知られた所でリョーマは気にしなかった。
それよりも気になるのは、不二自身の心。不二がどうして自分と付き合っても良いと言う
気になったのかがわからないリョーマは、本当に不二が自分の事を好きなのかどうか、
その事に自身が持てずにいた。                        
リョーマからキスをしても不二は抵抗しない。けれど、不二からリョーマにキスをしてきた
事は無い。そしてそれ以上の関係に進もうとすると、やんわりとそれを躱されてきた。
                    
不二がリョーマと付き合いだして、そろそろ二ヶ月が過ぎようとしている。そろそろ曖昧な
二人の関係を、もっとはっきりしたものにしたい。リョーマはそう思う様になっていた。

そしてその日、夕食を終えた後、家を訪ねると言う約束をリョーマは取り付けた。その後二人は各々帰宅した。

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