二人が恋人として付き合うようになったのは、およそ1ヶ月程前の事。告白したのはリョーマからだった。
しかし、そうするまえには、かなりの期間を要した。一目惚れのように、最初からそんな風に相手の
事を意識していたわけではなかったからかもしれない。曖昧なというか、自分の気持ちにしばらく
気付かないまま、ただその姿を追っていた。             
 自分の気持ちに気付く前に、相手から目が離せなくなっていたと言う方が正しいかもしれない。
それが、そんな気持ちからくるものなのか、はじめは勿論わからなかった。単純にテニスの腕前だけが、
気になるのだと思っていた。
リョーマの目から見ても、不二のテニスの実力は賞賛に値するものだったから。                               
もともとテニスで父親を倒したいと言う目標を、子供の頃から掲げていたリョーマにとって、
それ以外の事、特に恋愛等と言うものは範疇外の事であり、普段から他人の事など我関せずと
言った状態なのだから、それも無理からぬ事。
しばらくの間、自覚の無いままに不二の姿を追っていたリョーマだったが、
それを覆す転機が訪れた。                 
 別にその日も普段と変わらない一日だった。部活の帰りに立ち寄ったスポーツ店で、
同じように買い物に来ていたらしい不二と偶然鉢合わせしたのだ。その後、別々に店を
出るのも何かおかしいと言う感じで、成り行きで何となく一緒に帰る事になった。
それまで、不二とは同じテニス部に所属していても、あまり話す機会はなかった。
                   
 一年生と三年生と学年が違うと言う事も、そんな機会を作れなかった理由の一つだと思う。
それに、リョーマは元々愛想良く自分から誰にでも話しかけていくタイプではない。集団行動は
苦手だし、どちらかと言うとマイペースに一人で行動する事が多い。リョーマとは違うが、不二も
どこか他人とは一銭を引いて接している節がある。誰とでもにこやかな笑顔で話している不二は
リョーマにも同じように接していた。ただそれだけで、特別仲がいいと言う関係ではなかった。
同じ三年生の先輩の中でも、菊丸などはリョーマに遠慮なく接してくる。それに比べると不二はどこか引いたところからそれを見ていると言った印象が強かった。話しかければ普通に話してくれる。
それは、わかっていたが、何を話したらいいのかがわからなかった。
     
 その日

(何で一緒帰ろうって誘ったの?) 
                 
校門から少し離れたところまで来てから、不二はリョーマにそう聞いた。
  
(別に...。一緒に帰りたいと思ったから...)
               
 リョーマがそう言うと、不二はちょっと考え込むように首を傾げた。
   
 (本当に?) 
                           
 (多分...) 
                             
答えになっていない、リョーマは、自分でもそう思った。そのリョーマの答えを聞くと、
不二は楽しそうに笑った。何がおかしくて笑っているのか、リョーマにはわからなかった。
勘のいい不二の事、自分で自分がわからないリョーマの内心の葛藤について、
何かを感じ取ったのかもしれない。  
 (自分から誘ったのに、その理由がわからないんだ?) 

 (..........)                             

 図星を突かれてリョーマは黙り込んだ。そして、やはり見透かされていたらしいと悟った。
その後、何を話したのか覚えていないくらい、不二に言われた言葉が、ずっと頭から離れ
なかった。家に帰って一人になってからも、ずっとその事を考えていた。
不二に言った『一緒に帰りたいから』と言う言葉に嘘は無い。問題はどうしてそうしたかったのかと言う理由だ。    
 愛猫のカルピンを膝の上に抱いたまま、リョーマは自分の気持ちを探ってみた。
かつてないくらい長い時間考え続けた。そしてリョーマはその日、考え抜いた末に自分の
気持ちに対する一つの結論をだしたのだった。      

思い悩むのは、性に会わない。その後のリョーマの行動は素早かった。  
 翌日の放課後、図書委員の仕事で部活に参加するのが少し遅れたリョーマは、
更衣室で着替えた後、トレーニングに入る前に、先にグラウンドに出ている不二の元へと
向かった。菊丸と組んでストレッチをしていた不二は、こちらに向かって歩いてくる
リョーマに気付いてそちらを見た。
       
(先輩、今日も一緒に帰ってもらえませんか?)

            
 (...それは、かまわないけど)
                    
 (それじゃあ、そう言う事で...) 
                   
言いたい事を言い、不二の返事を聞くと、リョーマはすぐさま不二たちに背を向けた。
そして、少し離れた場所で、さっさと体をほぐしにかかっている。そ
んな様子を見て、菊丸は目を丸くした。
              
(不二ってば、いつからおチビと仲良しになったの?)
         
 体は動かしたまま、菊丸は疑問を口にした。菊丸と不二は同じクラスであり、
部活でも一緒にいる事が多い。そんな自分が知らないうちに、いつの間に二人が
一緒に帰るくらい仲が良くなったのかと首を傾げている。     
(一昨日から...。かな?)                       
(そうにゃの?)                           
(多分...)                             
(それは知らなかったにゃ~。俺も今日一緒に帰っちゃダメ?)     
(今日はダメかな...)                         
菊丸のお願いを不二はあっさりと却下した。              
(理由は?)                            
(何となく。僕が良いって言っても、越前が却下しそうな気がするんだよね)
                                 
先ほどの真剣な様子のリョーマの表情を思い浮かべながら不二はそう言った。
いわゆる勘と言うやつである。                  
 (それって、二人だけで帰りたいって事?)               
(今日は、ね...)                           
不満そうに言う菊丸に、不二はそう言った。そんな二人のやり取りが聞こえたのか
どうかはわからないが、リョーマは少し離れたところからその様子を見ていた。
リョーマの視線に気付いたかのように、不二がこちらを見た。一瞬、二人の視線が絡む。
これ以上言ってもむだと思ったのか、菊丸は今日のところはあきらめる事にしたようだ。
そして、今度また3人もしくは、他のメンバーも誘って皆で一緒に帰ろうねと言った。
その言葉に不二も頷いた。 約束通り、部活が終わって着替えを済ませると、リョーマと
不二は並んで歩き出した。校門を出た所で、珍しくリョーマの方から口を開いた。
      
(昨日言ってた、理由がわかりました)
                
 リョーマがじっと不二の方を見る。そんなリョーマに、不二は少し驚いたような表情をした。
                         
 (もしかして、今日、一緒に帰ろうって言ったのは、その事を言うためだったの?)
                              
 不二の言葉にリョーマは黙って頷いた。そして、今日言うと決めていた言葉を口にした。
                            
 (一緒に帰ろうって誘ったのは、あんたと一緒にいたいから、それが理由) 

 (...何か、告白されたみたいだね)
                   
淡々と綴られた言葉に、目を丸くしながら不二は独り言のようにそう言った。                                 (みたいじゃなくて、告白なんスけど)
                
 (.........)
                              
(逃げないでくださいね。言っておきますけど冗談でこんな事を言う趣味は無いし、
yesって返事以外聞く気はないから)
              
強気な言葉で一気に捲し立てた。しかし、言葉とは裏腹に、リョーマは内心では、
かなり緊張していた。テニスの試合中でもこんな緊張かを感じた事はないのでは
ないかと言うくらいに。強引な後押しに首を傾げながらも、不二は最終的には
リョーマの言葉に頷いた。そして、二人は恋人として付き合う事になったのだが、
やっている事は恋人同士と言うよりも、普通の仲のいい先輩と後輩のようなものだった。
時々一緒に帰ったりするだけでなく、互いの家に行ったりした事もあったが、
あくまでも健全な付き合いである。  
 リョーマとしては、恋人として付き合っているんだから、もう少しそれらしい関係に
進みたいと言う気持ちがあるのだが、不二はそんな事は全く考えていないのか、
二人きりでいても色っぽい雰囲気になった事は今の所一度も無い。付き合うと言う意味を、
どこかはき違えているのではないかとリョーマは思う時がある。逆に、何故自分の告白に、
不二が悩みもせずにその場で返事をくれたのかがわかるような気がした。
普通の先輩後輩の関係から、仲の良い先輩と後輩の関係に変わるだけなのだから、
相手の事がよほど嫌いでない限り、そう悩まずに返事が出来たのだろうと。
それでも断られなかっただけマシだと、リョーマは思う事にした。何分不二は、
リョーマの目から見ても、何を考えているのかよくわからないところがある。         
 あの時も強引な告白の仕方をしたのは確かだが、よく頷いてくれたものだなと思う。
自分で言っておいて何だが、告白が成功する確率はあまり高くないと思っていた。
それでも気がついてしまった自分の気持ちを伝えようと思ったのは、そのまま何も言わずに
いたら後悔するだろうと思ったからだ。   
今はまだ恋人同士と言って良いのか悩むような、
そんな状態だが、いつか本当に恋人同士と言える関係になってみせると、
リョーマは自分の中で誓いを新たにしたのだった。

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