「...ねぇ、いいの?」

「たまにはいいだろう」

そう言って携帯を取り出す手塚に、不二が苦笑する。

「普段の君しか知らない人がみたら、卒倒しそうな台詞だね」


春休み前、部活が終わって更衣室で着替えをしている時。

「来週皆で花見にいかないか?」

3年生が引退して新しく副部長になった大石が、突然さわやかにそう告げた。更衣室に残っていたのは、今学期3年生になるレギュラー5人だけである。大石の突然の発言に皆呆然としている。

「...急にどうしたの?大石~」

大石とダブルスでのペアも組んでいる菊丸が、真っ先に口を開いた。

「たまには皆とテニス以外で交流を深めるのもいいかと思ってね」

まるで青春ドラマのようなノリである。

大石ってば突然青春モードになるんだよな。皆引かなきゃいいけどと菊丸は心配する。テニスだけでなく、恋人としてつき合っている身としては、大石の心配をするのも当たり前である。

「...いいんじゃないの」

そこへ助け舟を出すように不二が言う。

「まぁ、そう言うのもいいかもしれないね。皆のプライベートなデーターも取れそうだし」

続いて乾が眼鏡を指で軽く押し上げながら言う。

そんなデーターを取ってどうするつもりなんだと皆思ったが、それについて突っ込む者は一人もいなかった。言っても無駄だとわかっているからだろう。

「英二と手塚は...?」

まだ返答していない二人に、大石が問いかける。

「皆がいいなら、俺もいいよ~ん」

「...別にかまわないが」

一応皆の了承が取れて大石はほっとした。最初、皆の反応に手応えが無かったので、内心おろおろとしていたのだ。

「それじゃあ、時間と待ち合わせ場所なんだけど...」

大石の言葉に皆は、わかったと頷くと、それぞれ帰宅の途についた。


堤防から降りた川沿いに、見事な桜並木ができている。

「キレイだにゃ~」

満開の桜に菊丸が感嘆の声をもらす。

「今週が、一番の見所だってテレビで言っていたしね」

感動している菊丸の隣に立って、不二がそう言った。

「それじゃあ一番良い時にきたんだ~」

人前だと言うのに大石に抱きついて、『さすが大石』と菊丸が言っている。真面目な大石の事だ、事前に下調べをして日程を決めたに違いない。

「データーによると、明後日に雨が降った場合、葉桜になる確率90%。更に強風が吹けば、確率は99%に上がる」

いつも持ち歩いているノートに鉛筆を走らせながら、乾がブツブツと独り言を言っている。

「取りあえず、場所取りをしよう」

どこにしようかといいながら、眺めのいい場所を探す。まだ昼間とは言え、休日ともなれば同じように花見を楽しもうと言う人たちが沢山いる。

空いている場所で気に入ったところを見つけて敷物を敷く。その上にお菓子やジュースが置かれていく。未成年なので勿論アルコール類は無い。

「ちぇっ、つまんにゃいの!」

それを見て唇を尖らせながら、菊丸がなぁ~んだと言う。

「こら、英二。不謹慎だぞ!」

大石に宥められて、はぁ~いと返事をしている。休日でもラブラブな二人だった。それを見ていつも仲がいいねと不二が言った。手塚は相変わらずの無表情で、乾はノートに鉛筆を滑らせて何やら書き込んでいる。

青空が広がって本当にいい天気だ。絶好の花見日和と言っていいだろう。大石の言う通りたまには練習の事を忘れて、こんな風にのんびり過ごすのも悪くはない。花を見ながら、ゆっくりと時が過ぎていく。

「僕、ちょっと写真を撮りに、その辺をブラブラしてくるよ」

不二が鞄を持って立ち上がった。

「にゃっ、カメラ持って来ていたの?」

お菓子を食べながら菊丸が聞いてくる

「うん。せっかくキレイに咲いているのに撮らないのはもったいないかと思って」

「ふぅん...」

いってらっしゃいと見送られて、不二はその場を一人離れた。


カシャッ...。

ここだと思った風景を不二は次々とカメラにおさめていく。どこまでも続いているかのように見える桜並木をゆっくりとあるきながら...。

そんな時だった。

「一枚撮ってもらえませんか?」

突然見ず知らずに人に声をかけられる。自分達と同じように花見に来た人たちだ。不二はいいですよと答えると、渡されたカメラを持って構える。思い思いにポーズをつける人たちが、全員フレームの中におさまるようにピントを合わせてシャッターを押す。撮り終わってカメラを返してその場を後にしようとしたのだが、お礼に料理を食べていってくれと引き止められる。皆少しアルコールが入っているようだ。

陽気な声に誘われて、断るもの失礼かと思いシートの端に座る。勧められるままに料理に手を付けていると、皆が様々な質問を飛ばしてくる。一人で来ているのかとか、いいカメラを持っているねなど他愛のないことばかりだ。それに不二はいつもの笑顔で答えている。皆いい気分で酔っているのだろう、中にはこちらが聞きもしないのに、自分達の事を話し出す人もいる。きっと明日になれば、ここで言った事等全て忘れているんだろうなと思いながら、不二は適当に話に相槌を打っていた。


「不二ってば、いったいどこまで写真撮りにいったんにゃ~」

「...確かに」

写真を撮りに行くと言って不二が姿を消してから、かなりの時間が過ぎている。そろそろ戻って来てもいい頃なのにと思っているのは、菊丸だけではないだろう。

「探しに行った方がいいのかな」

大石が額に手を当てて思案する。

「不二の事だから、迷子になっているとは考えにくいが、写真を撮っているうちに何かあった可能性はあるな」

縁起でもない事を乾がボソッと言った。

「...手塚?」

それまで一言も意見を発する事のなかった手塚が、いきなり立ち上がった。何事だと見上げる大石に。

「探しに行ってくる」

簡潔にそれだけ言うと、手塚は不二が歩いて行った方向に向かって足を進めた。そんな手塚を見て。

「...手塚も心配してるってことかな」

「多分...」

大石と菊丸は思わず顔を見合わせてそう言った。かなりの速度で歩いて行く手塚の姿に、そうだったんだと納得する二人だった。

乾だけはマイペースに、またもノートに何やら鉛筆を走らせていた。

「乾~、さっきから何を書いているのさ」

ノートを覗き込もうとする菊丸に、ヒミツと言って乾はノートを閉じた。


手塚は桜並木を堪能する事なく、不二の姿を探していた。一人でフラフラと歩いているならすぐに見つかってもよさそうなのに、予想に反してその姿をなかなか見つけることが出来ない。                            自分達が場所を取っている場所から随分離れた場所へ来た時、手塚の視界に見覚えのある色素の薄い髪がうつった。

「不二」

見ず知らずに人たちの間に混じって、談笑している不二に声をかける。手塚の呼びかけに気がついて、不二が振り返った。

「手塚」

友達が探しにきたのでと、そこの人たちに告げると不二は手塚の方に歩み寄った。

「迎えに来てくれたんだね。助かったよ。何だか抜けるタイミングを逃してしまって」

何をやっているんだと言いたげな手塚に礼を言う。手塚を見上げる不二の頬は心なしかうっすらと赤くなっているように見える。

「...お前、酒を飲んだのか?」

「未成年だからって断ったんだけどね...。あの人たちも酔っているから、しつこくて断りきれなくて、少しだけ...」

仕方のない奴だと言うと、手塚は不二を川辺に連れて行った。

「冷たい風に当たって、酔いをさまそう」

このまま戻れば、皆にも酒を飲んだのがバレルだろう。だから酔いをさましてから戻ろうと手塚が言った。大きな石の上に座って川の方を見ると、風で散った花びらが水の上に浮いていた。

「キレイだね」

風が吹くと、吹雪のように散ってくる花びらをさして不二が言う。

「そうだな」

辺りには人気は無く、こうしているとはじめから二人だけで来ているみたいな気がしてくる。時折背後から騒がしい人のざわめきが聞こえはするが、そこから段が下がっている場所にいるので、二人の姿は向こうからは見えない。

手塚が不二の肩をそっと抱き寄せる。

「お前がなかなか戻ってこないから、皆心配していたぞ」

「それが...写真を撮ってくれって頼まれて撮ったら、その後戻れなくなちゃって...」

不二はどう言う経緯で見知らぬ人たちの輪の中に入る事になったのかを語った。話を聞き終わった手塚が、不二に言う。

「お前は、誰にでも愛想が良すぎる」

「そうかな?」

首を傾げる不二に、手塚はそう言う場合は、写真だけ撮ったら後は無視してさっさと帰ってくればいいだろうと言った。相手は酔っ払いだ、言われるままにつき合っていたら、こちらの身がもたない。

「ねぇ、君も心配した?」

手塚の肩に頭を寄せて、不二がそう聞いた。薄茶の髪が手塚の目の前でサラサラと風に揺れる。

「あぁ...」

「心配かけてゴメンね。そろそろ皆のところへ戻ろうか?もう大丈夫だと思うから...」

言われて手塚は不二の顔を見た。確かに先ほどまでうっすらと頬にさしていた赤みは消えているようだ。

「そうだな...」

二人が立ち上がった時、ザァッと一際強い風が吹き抜けた。それによって一斉に薄桃色の花びらが舞い散っていく。

「...凄いね」

「あぁ...」

「花の嵐みたいだ」

不二が手塚の方を向いてそう言った。

「不二、髪に花びらがついている」

「えっ...」

手塚が不二の髪にそっと手を伸ばして、髪に付いた花びらを払う。一瞬二人の視線が絡み合う。不二がとっさに目を閉じると、それが合図だったかのように唇が重なった。

「桜に酔ったみたいだね」

「そうだな...」

抱き合ったままの体は、熱に浮かされたかのように熱い。

「このままフケルぞ」

「えっ?手塚...」

「大石に連絡を入れておけばいいだろう」

真面目な手塚らしからぬ言動に、不二の方が動揺してしまう。

「ねぇ、いいの?」

「たまには良いだろう」

そう言って携帯を取り出す手塚に、不二が苦笑する。

「普段の君しか知らない人が見たら、卒倒しそうな台詞だね」

手塚が大石にメールを送っているのを見ながら、不二はそう言った。

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