「あっ、見えてきた。あれかにゃ?」
                 
タクシーの窓から見える風景を指差して、菊丸が不二に聞いた。 
   
 「うん。そうだよ」 
                        
その問いに不二が答える。それから目的地にはすぐに着いた。
タクシーを降りると、高原のさわやかな風が肌に心地よい。
           
 「着いたにゃ~」 
                        
 菊丸が腕を上げて伸びをする。
                   
 「まずは荷物を片付けないとね」 
                 
 「今日は、遊びにいくのは無理だと思うぞ英二」
            
今にもどこかへ行ってしまいそうな様子の菊丸に、大石がくぎを刺すように言う。                             
 「大石の言う通りだね。今日は荷物を片付けて、出かけるのは明日にした方がいいと思うよ」                        
 不二にまでそう言われて、菊丸は自分の不利な立場を知る。この二人がそう言うのなら諦めるしかない。後一人残っている手塚の意見など聞くまでもない事だ。なにしろ遊びに行きたいと言う菊丸の希望を、一番聞いてくれなさそうなのが手塚なのだから。菊丸は今日は遊びに行くと言う事を断念した。そして4人は別荘の中に入った。

「部屋は一人づつ一部屋で、これが部屋の鍵」 
           
 そう言って不二は、キーホルダー付きの鍵を差し出した。 
      
 「...誰が、どこの部屋を使う?」
                  
 「どこでも好きなところを選んでいいよ。って言っても、どの部屋でも大差はないけどね」                          
差し出された鍵をじっと見て、菊丸はどれにしようか迷っている。そして、ようやく心が決まったのか鍵に手を伸ばした。          
 「それじゃあ、俺はこれにする」 
                  
そして選んだ鍵をつかみ取った。 
                 
 「その鍵は...。この部屋だね」 
                  
 廊下を挟んで左手前の部屋を不二が指差す。
             
 「それじゃあ大石は、英二の隣の部屋でいいよね?」
          
そう言って不二は、大石に鍵を渡した。 
               
「あぁ、有難う」
                         
 「手塚は大石の向かいの部屋でいい?」
               
 「あぁ...」 
                           
 「それじゃあ僕は、英二の向かいの部屋...」
              
 結局自分で選んだのは菊丸だけで、他は全て不二が部屋を割り当てた。 
 「荷物の整理が終わったら、取りあえずリビングに集合かな?」    
 不二がそう言うと、あとの3人は頷いた。そして、それぞれ割り当てられた部屋へと入っていく。

荷物を整理して、リビングに集まった後、別荘の中を一通り見て回った。全て回り終わった後で、不二が大石に鍵を差し出した。        
 「これは...?」 
                         
 差し出された鍵を受け取りながら、大石が質問を口にする。      
 「この別荘の合鍵。もしも別行動を取ったりした時用に大石に預けておくね」                               
 不二に言われて、大石はわかったと頷いた。それを見ていた菊丸は、不満そうに口を尖らせた。                        
「不二~、何で迷わず大石に預けるのさ?」
             
 自分も合鍵を持ちたいと菊丸が主張する。
              
 「だって、大石に預けておいた方が安心でしょ?」
          
 そんな菊丸に、不二はあっさりとそう言い切った。
           
「酷いにゃ...」 
                   
      
 菊丸が、がっくりと肩を落とす。                  
 「まぁまぁ...。そう気を落とすなよ英二」               
 菊丸を慰めるように、大石が言う。                 
 「そうそう、英二はそう言うところが可愛いんだから」        
 「どう言う意味だよそれ...。不二、フォローになってにゃい...」     
 無駄と知りつつも、不本意だと言う視線を不二に向ける菊丸だった。


その日、4人は管理人さんが用意しておいてくれた冷蔵庫の中の物で、簡単な夕食を済ませた。そして夕食後、リビングに集まって持ってきた宿題をする事になった。 
                       
 「ほらね、英二。やっぱり持ってきて正解だったでしょ?」
       
フフッと笑いながら不二が言う。 
                 
 「...旅行先に宿題を持ってくるなんて、皆おかしいにゃ...」
       
 不二に言われたので、一応勉強道具を持ってきたものの、本当に使う事になるとは思っていなかった菊丸である。遊びに行く事ができなかったばかりか、何で来て早々に、宿題なんかやらないといけないんだと菊丸は終始不満顔である。そんな菊丸を宥めて、机に向かう事一時間。いい加減、集中力の切れた菊丸が、机の上に突っ伏した。              「英二...」 
                            
「もう限界にゃ...」 
                        
それを聞いた大石が、仕方がないなぁと苦笑する。
           
「それじゃあ、気分転換に散歩にでも行こうか?」
           
突っ伏したままの菊丸の頭をポンポンと軽く叩いて、大石がそう提案する。
それを聞いた菊丸は、机の上から顔を上げた。
          
 「行く、行く~」 
                         
「手塚、不二、そう言うわけで、ちょっと英二と外に出てくるよ」
    
机の上に広げた勉強道具を片付けながら、大石が言う。菊丸もそれにならってさっさと片付けはじめた。先ほどまでもやる気の無さとは、雲泥の差である。

手を振って去って行く二人を、玄関まで見送った後、手塚が口を開いた。
 「大石は、菊丸に甘いな」 
                    
 「英二は可愛いから、大石も甘やかしたくなるんだよ、きっと。末っ子で甘え上手だからね」                         
そして大石には、恋人の欲目と言うものも多分に含まれている。
    
 「そう言うものか...?」 
                      
不二の言葉に今ひとつ納得がいかないのか、手塚は不二にそう問い返した。そんな手塚に不二は笑って答えた。               
 「そう言うものだよ」 
                      
 一人っ子の手塚には、不二の言う甘え上手と言うものがよくわからないのだろう。甘やかした事も、甘やかされた事もないのだから。

二人がいなくなった後、リビングは急に静かになった。ノートの上を滑る筆記用具の音だけが、室内でやけに大きく聞こえる。どれくらい、そこで、そうしていたのかはわからない。取りかかっていた問題を解き終わって、不二が顔を上げると、手塚と目が合った。
            
 「...英二たち、遅いね」 
                      
ふと時計を見ると、二人が出掛けてから、既に30分以上経過していた。
 「そうだな...」
                          
 「すぐに帰ってくるかと思ったのに...。探しに行った方がいいのかな?」 
別荘から離れ過ぎて、道に迷っているのかもと不二が言うと。
     
 「大石が一緒なんだ、心配はないだろう。それに...」 
        
 その後に続く言葉を、不二は何となく察した。探しに行くことで、恋人同士の語らいを邪魔する事になってはと言いたいのだろう。       
 「...そうだね。小さな子供じゃないんだし」 
            
 再び机に向かおうとした時、また手塚と目が合ってしまった。     
 「あっ......」                             
不二の頬が微かに赤く染まる。菊丸たちの話をしていて、今さらながら、自分達も二人きりだと言う事に気付いたのだ。手塚も同じ気持ちなのだろうか、合わせた視線が逸らされる気配がない。思わず不二は目を閉じた。待っていたかのように重ねられる唇。軽く触れた唇が離れた後に、微かにもれる甘い吐息。
                         
 「部屋へ行かないか?」 
                     
 その誘いに、不二は小さく頷いた。

部屋の備え付けのテーブルの上に、無造作に置かれたままのノートたち。それが、二人の余裕の無さを感じさせる。

互いの熱を貪った後、二人はいつの間にか眠りに落ちていた。大石と菊丸の二人がいつ帰って来たのかも気付かなかった。

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