翌日。昨日出かけられなかったので、今日は朝から出かける事を決めていた4人は、ショッピングエリアに行ってみる事にした。そして、それぞれ見たい物を見て回っていいるうちに、いつの間にかはぐれてしまい各自バラバラになってしまっていた。特にはぐれた時の待ち合わせ場所とかを決めていたわけではないので、一人一人どこにいるのか探していくしかない。不二がそう思って行動しようとした時、背後から声がかかった。  
 「あっ、不二みっけ」                       
 「英二.....」                            
 「大石と手塚は?」                       
 「さっき、と言ってもちょっと時間が経っているけど、向こうの方で大石が何かを見ているのをみかけたけど、まだいるかどうかは...」         
 不二も今はぐれた皆を探しに行こうと思っていたところだ。菊丸にそう答えはしたものの、大石がまだその場所にいるかどうかははっきりとは言えない。手塚にいたっては、今どこにいるのか見当がつかない。                              
 「そっか~、それじゃあそっちへ行ってみようか」
           
不二の指差した方向へ視線を向けて、菊丸は言った。 
         
 「そうだね」 
                           
そして二人は、一先ず大石がいたと思われる場所へと向かった。歩く道すがら、不二はふと菊丸たちは昨夜どこへ行っていたのだろうと気になった。そして、それを菊丸に聞いてみる事にした。
            
 「ねぇ、昨日、英二た何時頃帰ってきたの?ちょっと散歩に出たにしては、帰ってくるの遅かったよね?どこかへ行っていたの?」
      
 不二がそう聞くと、菊丸はう~んと首を傾げた。
           
 「時間は、時計を見なかったから、どれくらい経ってから帰ったのかわからないにゃ~」                          
 「そうなの?」 
                         
 「うん。本当はすぐに帰るつもりだったんだけど、散歩の途中で良い物をみつけちゃってさ」                        
 「何?良いものって?」
                       
不二が興味深そうにそう聞くと、菊丸は得意そうな表情をした。
     
「知りたい?」 
                   
        
 「うん...」 
                           
 「あのさ、別荘から少し歩いた所に、小さな川が流れているよね。知ってる?」                              
 「そう言えばあったね...」 
                      
 菊丸に言われて、不二はその場所を思い浮かべてみた。
        
 「昨夜、その川の付近で蛍を見つけたんにゃ~」 
          
 「蛍?」 
                             
 「そう、すっごいキレイだったよ~。川辺の岩に座って、大石と眺めていたら、ついつい時間が経っちゃってたんだよね」           
 その時の光景を思い出しているんだろう、菊丸は身ぶり手ぶりを加えながら不二にそう説明した。                      
 「そうだったんだ...」 
                      
 昨夜の二人の帰宅が遅くなった理由に納得して、不二はそう言った。  
 「都会ではなかなか見られない光景だからさ。何かこう感動しちゃったんだよね~」                            
 たまには自然に囲まれてみるのもいいよねと、菊丸が笑顔でそう言う。 
 「そうだね。それにしても、そんな光景が見られるとは今まで知らなかったよ。夜は出歩いた事がなかったから...」               
家族と来ている時は、夜はわりと早めに休んでいた。出歩くのはもっぱら昼まで、夜は別荘で大人しくしていると言うのが習慣になっていた。  
 「不二も今夜あたり、手塚と見に行ってみれば?今度は俺と大石が留守番をしているから」                         
 「そうだね、手塚を誘ってみようかな...」 
              
菊丸に促されて、不二はそう言った。菊丸と大石が、時間を忘れ見入ってしまったと言う光景に興味がわいた。                 
「そうしなよ」                          
 菊丸がそう言うと、不二は笑顔で答えた。

流石に、夏休み中とあって観光客の数は多い。観光地だから、それも当然の事。人込みをかきわけて、大石と手塚の姿を探しながら、菊丸と不二ははぐれないように気をつけて当たりを見回していた。二人を探しはじめてから、結構時間が経ったような気がするが、その姿を見つける事が出来ずにいた。 
                            
 「あっ!」 
                            
 「見つかったの?英二?」 
                    
 突然叫び声を上げた菊丸の視線を辿って、不二もそちらを見た。その視線の先にいたのは手塚だった。一軒の店の前で、観光客であろう複数の女子大生ぐらいに見える人たちに囲まれているのが見えた。
        
 「うわ~、手塚ってばモテモテ」
                   
その光景を見た菊丸は、思わずそんな風に口にした。 
          
 「本当にね...」 
                         
 私服の手塚は、中学生にはとても見えない。相手も、手塚を同じ歳くらいだと思って声をかけているのだろうと察する事ができる。       
 「不二ってば余裕~。行かなくていいの?」
             
 一向にその場から動こうとしない不二に、菊丸がそう声をかけた。 
  
「余裕なんて...」
                         
 そんなものはなかった。 
                     
 「俺だったら、大石が同じような状況になっていたら、すぐに飛んでいっちゃうけどにゃ」                         
 だって大石は俺のだもんと菊丸は言った。そんな風に素直に口にする事が出来る菊丸を、不二は少し羨ましく思った。不二とて、こんな場面できるものなら見たくはない。自分の好きな相手が、他の人に言い寄られているのを見て、平気でいられる人などいるのだろうか? 
          
手塚が女の子に持てるのは、こんな場面を見るまでもなく知っている。今は自分と恋人として付き合っているが、それが認められない関係である事も自覚している。いつかは理想の女の子と出会って、自分の元を去って行ってしまうかもしれない。そう思うと、不二の胸に鈍い痛みが走った。だからと言って、そうなってしまっても、それを止める事など不二には出来ない。自分達の方が世間から認め.

「不二ってば、待ってよ~」
                    
 不二の後を追った菊丸は、背後から懸命に声をかけた。すると歩いていた不二が立ち止まって、後ろを振り返った。            
  
 「何?英二...」 
                          
そう言った不二の表情は、一見したところいつもと変わらないように見えた。でも、そうでない事を菊丸は知っていた。            
 「ゴメン、さっきは。余裕なんて言っちゃって。平気なわけないよね...」 
「英二の所為じゃないから、気にしなくていいよ」 
         
 「でも...」 
                           
 自分が無神経な事を言ってしまった所為で、不二が急に別行動を取ると言い出したのだと菊丸は反省していた。悪気があって言ったわけではなかったが、言ってはいけない事だったと。そんな菊丸に、不二は首を振った。
「ちょっと静かな所に行きたくなっただけだから」           「だったら、俺も一緒に行く...」                   
「いいの?大事な大石を放っておいて」
               
 今頃、キレイな女の子に囲まれているかもしれないよと不二が言う。
  
 「不二の意地悪...」
                        
 菊丸が拗ねたように言うと。
                    
 「これでさっきの発言は許してあげる」 
               
不二がそう言って笑う。
                      
 「にゃ~。で、どこへ行くの?静かな所って...」 
          
 不二の言葉にほっとしながら、菊丸はそう聞いた。
         
  「もう来てるよ」 
                        
 「にゃ?」
                             
別にどこか目的地があったわけではない。あの喧騒とした人込みの中から、離れたかっただけである。                   
 「この辺、静かな所だと思わない?」
                
 ショッピングエリアから少し離れれば、高原の風が吹き渡る静かな場所。
「う~ん、にゃんか納得できない」 
                 
「そう?ここも静かな場所だよ」
                   
「そうかもしれないけどさ、ずっとここにいるの?」
         
 こんな何も無い所でじっと何時までも佇んでいる事など、菊丸には出来そうもない。                            
 「ショッピングエリアの方まで戻るのも気が進まないし。もう少し歩こうか?」                               
不二がそう言うと、菊丸も頷いた。そして二人はゆっくりと目的も無く歩きはじめた。人通りの少ない道をしばらく歩いていると、何かを思い付いたかのように、菊丸が手を叩いた。
                 
 「そうだ!静かな場所なら、別荘の近くの方がいいんじゃにゃい?景色もキレイだし」                            
良い事を思い付いたとばかりに菊丸が言う。
             
 「今から、昨日大石と蛍を見に行った川の方へ行かにゃい?」 
    
 「よっぽど気に入ったんだね」 
                  
 「うん。昼間はどんな感じなのか見てみたいにゃ」 
          
菊丸がそう言うと、不二は少し考える素振りをした。
         
 「そうだね、どうしようか...」 
                  
 一瞬、迷いはしたものの、菊丸の提案にのることにした。そして二人はゆっくりと風景を眺めながら、目的地へと向かった。

大きな岩に腰掛けて耳を澄ますと、サラサラと川の細流が聞こえてくる。その耳に心地よい音が、夏の暑さを幾分か和らげてくれるような気がした。
                               
 「蛍と見にくるだけじゃなくて、昼間は釣りも楽しめそうだね」
    
 手塚を連れてきたら、喜ぶかもしれないと、不二はそう言った。
    
 「釣りかぁ~。でも釣り竿は流石に持ってきていないよね」
      
 来る時に手塚の荷物にそれらしき物はなかった。
           
 「うん。だから、またの機会にってところかな...」
          
 不二がそう言うと、菊丸はなるほどと頷いた。そして二人は、河原で静かな時間の流れに身を任せていた。

どのくらいの時間、そうしていたのだろう...。

「そろそろ帰ろうか...」
                      
 不二がそう言って菊丸を促した。いつまでも、のんびりとここにいるわけにもいかない。手塚と大石はとっくに別荘に戻っているだろう。    
山道を抜けて、二人が国道へ出ようとした時...。

「危ない!」 
                           
人通りが少ないのと良い事に、一台の車が猛スピードで車道を走ってきた。思わず轢かれるのではないかと、咄嗟に脇道に退いた時、草に足と取られて不覚にも転んでしまった。
                  
 「危ないにゃ~。もう!」 
                    
 半身を起こしながら、何事も無く通り過ぎていった車の方を菊丸は睨んだ。そして、その視線を転んだまま動く気配のない不二の方へと向ける。その親友の様子を見て、菊丸の表情が青ざめた。
           
 「不二?.....」 
                          
 名前を呼んでも、倒れた不二から返事は返ってこなかった。

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