「昨日さぁ~、何で一緒に帰らなかったんだよ?」 
          
 「フフッ、ちょっとやってみたい事があったから」 
            
 コートの片隅でストレッチをやりながら、菊丸は不二に昨日の事を問いつめていた。
今日もコートに手塚の姿は無い。副部長の大石が、その代わりに頑張っている。
                             
 「えっ、何?」 
                          
 「手塚とデート」 
                         
 菊丸に聞かれて、不二はあっさりとそう言った。 
            
 「手塚と?そんなの今さらって気がするけどにゃ...」 
          
この二人の間に隠し事はない。お互いの事は割と筒抜けだったりするのだ。
「そうかな?結構楽しかったけど」 
                
 「まさか、あの後、本当に手塚とデートしたの?」
            
 「うん」 
                              
不二が笑顔で答える。それを見て何となく羨ましくなる菊丸だった。
     
「にゃ~、俺も大石とデートすれば良かった~」
              
 「それなら今日大石とデートすれば?」 
              
 「それもそうだね」
                         
 「帰りに大石と相談しなよ」
                      
大石の事だから、菊丸のお願いを断るわけないと思うけどと内心で付け加える。
たまに喧嘩をする事もあるようだが、普段は見ている方が恥ずかしくなるくらい仲のいい二人である。                     
 「そうするにゃ。準備運動終わり!不二~、そろそろコートに入って練習しようよ」                               
 「そうだね...」                              
空いているコートに入ると、二人は練習を始めた。

生徒会室と書かれたプレートのかかった部屋のドアを、不二はためらいも無く開ける。                               
「手塚、お待たせ...」
                         
「もう練習は終わったのか?思ったより早かったな」
           
入って来た不二の姿を認めて、手塚の手が止まる。授業の復習でもしていたのか、
机の上には教科書とノートが広げられていた。それを鞄にしまうと手塚は立ち上がった。                          
 「それじゃあ、行こうか」 
                     
 「うん...」 
                            
 昨日のうちに、今日の約束をしていた二人である。手塚が部活に出られないので、
ここを待ち合わせ場所にしていたのである。            
 「ねぇ、いつから部活に出られそうなの?」              
 帰る道すがらに不二が手塚に聞く。手塚が怪我のため、部活に出てこなくなって久しい。                           
 「まだわからない...」 
                       
そう言う手塚の表所はいつもと変わらないように見えた。だが不二は、そう言った手塚の言葉に、
何か歯切れの悪いものを感じていた。       
 「ふぅん...。ねぇ、何か隠してない?」 
                不二は思った事をストレートに聞いてみた。
遠回しに聞くと、はぐらかされそうな気がしたから。手塚は、怪我の事については、
不二にあまり話してくれない。まるで、弱い自分は見せたくないと言わんばかりの態度に、
不二はそれ以上聞けなくなる。                       
 「今は言えない。まだ、はっきりと決めた事ではないんだ」        
 「そう...。でも、決まったら教えてくれるよね?」             
不二は手塚の方を見てそう言った。                   
「あぁ...」                              
 「約束だよ」                           
 にっこりと笑って不二が言う。端から見ればいつもとかわらない笑み。でも手塚には
『約束を破ったら許さない』と言う含みが、その中に秘められているように感じていた。                         
「わかった」
                             
 お前には敵わないなと、苦笑しなが頷く手塚だった。
            
 「そう言えば、今日君を連れて帰るって姉さんに言ったらね。ケーキを焼いて
おいてくれるって言ってたよ」                    
「そうか、それは楽しみだな...」                    
不二の家に行くと、よくお姉さんが作ったお菓子が振舞われる。手塚も何度か
ご馳走になった事があるが、なかなかの腕前と言っていいものばかりだった。                                
 「フフッ、そう言ってもらえると、姉さんも喜ぶと思うな。裕太が家を
出ちゃったから余計にかもしれないけれど、君を連れて帰るって言ったら、
姉さんも母さんも張り切っていたから」
                 
 「そうか...」 
                            
 そう言われると何となく複雑な心境の手塚だ。
              
 「手塚.......?」 
                           
不二はそんな手塚の様子を見逃さなかった。手塚の顔を覗き込むように見上げる。                               
 「ねぇ、どうしたの?何か気に障る事を言った?」
            
ここが人通りのある往来でなければ、腕を絡めて甘えて聞いてみるのだが、
それは出来ないので、せめてもと手塚の視線を捕らえて言う。
      
 「俺は、お前の弟の代わりなのか?」 
               
 昨日呼び出された時も、弟を誘ったけれど断れたから自分を誘ったのだと
言われたばかりである。 
                        
 「えっ?」 
                               
 「........」 
                              
 「手塚、ちょっと...」 
                        
 不二は手塚の腕を引っ張って、視界に入った路地に入り込んだ。
そして、背伸びをしてそっと触れるだけのキスをする。
               
 「不二...」 
                            
 「裕太の...、弟の代わりにしているわけじゃないから...」 
         
 手塚の制服の袖を掴んだまま、俯いた状態で不二が言う。制服を掴んだ指先が
震えているのは気のせいではないだろう。 
              
 「わかった...」 
                           
 手塚はそっと不二の頭を抱き寄せた。そして、柔らかい髪に指を絡ませる。
さらさらと指の間を流れていく感触が心地いい。しかし、こんな所でいつまでもこうしているわけにもいかない。                   
 「行くぞ、不二」 
                          
 「うん......」 
                           
 二人は路地を出て、不二の家へと向かった。


自宅に着くなり、不二は思わず手塚の方を見た。
手塚もまた不二の方を見る。それは、いつもはいないはずの不二の弟の姿があったからだ。    
 「裕太、帰っていたんだ」                      
 タイミングがいいと言うか悪いと言うか、思わず不二は苦笑した。
手塚も同じように思っているに違いない。                   
 「手塚さんも一緒なんだ...」                     
 裕太がボソッと小声で言う。                      
 「うん。今日は、手塚うちに泊まっていくから」             
 不二がそう言った途端、周囲に一瞬ブリザードが吹き荒れた。裕太はクルリと踵を返すと
キッチンの方に入って行った。              
 「お帰りなさい、周助。遅かったのね。手塚君、いらっしゃい」     
 裕太と入れ替わりにキッチンから顔を出した由美子が、そう言って二人を出迎えた。
                                
 「ただいま、姉さん」 
                         
「お邪魔します」 
                          
 二人は玄関に靴を脱いで家に上がった。 
                 
 「二人が来るのを待っていたの。もう夕食の支度は出来ているから、鞄を置いて
手を洗ったらキッチンに来てね」                  
「わかった。姉さん、今日裕太が帰ってくる事になっていたの?聞いてなかったから、
驚いたよ。いつもは誘っても中々家に帰ってこないのに、珍しいよね」
                               
 「そうなのよ。今日急に帰るって電話があってね、私も驚いたわ」 
     
 「今日?へぇ...。僕、昨日裕太に会ったんだけど、その時は何も言ってなかったのに...」 
                          
 「そうなの?急に里心でもついたのかしら?」
                
子供よねぇと笑って由美子はキッチンに入っていった。
不二は、手塚を連れて自分の部屋へと向かう。
                        
 「まさか、裕太が今日家に帰って来ているなんてね...」
            
 「...見計らったかのようなタイミングの良さだな」
             
「君もそう思う?」
                         
 フフッと不二が笑う。まさか弟の事で色々と言っていた後すぐ後で、本人に会う事になるとは
思っていなかった二人である。
いつもとは違う家族団欒が始まった。

                  
 「手塚君、遠慮せずに沢山召し上がってね」
                
「ありがとうございます」
                       
 淑子がニコニコといつもの笑顔で手塚にそう勧めた。手塚がこれまでに何度か不二の
家を訪れた時に見た光景である。ここまでは...。        
 「手塚さんて、時々家に来ているんですか?」               
 裕太が不機嫌そうに聞いてくる。                    
 「えぇ、周助が時々連れてくるの。私も母さんも、食卓が賑やかになって喜んでいるんだけど。
裕太は家を出ちゃっているから、手塚君も一緒の食卓と言うのは初めてね」
                         
 手塚が何か言う前に、由美子が弟の質問に答えていた。          
 「...手塚さん、何度も家に来ているんだ...」                
しかも母と姉もそれを喜んで迎えているらしい。裕太はフウッと溜め息をついた。                                
 「あら?仲間はずれになったみたいで寂しいの?だったら、裕太ももっと頻繁に
家に帰っていらっしゃいよ」 
                   
そんな裕太の様子に、由美子がクスクスと笑いながらそう言う。
      
 「そんなんじゃねーよ」 
                         
 「あら、それじゃあ何なの?」 
                    
 「...それは」 
                           
 裕太はチラッと手塚の方を見た。二人の視線が一瞬合う。それは決して穏やかなものではなく
、手塚はもしかして睨まれたのだろうかと思ったくらいだ。顔を合わせた事もほとんどないのに
何故だろうかと、裕太の態度を訝しく思いながらも時は過ぎていった。

   

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