2月14日、バレンタインデー。

その日は学校中の至る所で、チョコレートの包みらしき物が溢れている。直接相手に渡す人もいれば、机の中や下駄箱にこっそりと入れていく人もいる。

テニス部の面々も例にもれず、皆量は違うが、それぞれチョコレートを抱えていた。

「すごい量だにゃぁ~」

手提げの紙袋に入れられている大量のチョコレートを見て、菊丸はそう感心したような声を上げた。

「そう言う英二だって沢山もらっているじゃない」

菊丸自身も今日は大量のチョコレートをもらっている。それなのにまだ欲しいのかと、菊丸をからかうように不二が言った。

「それは、そうにゃんだけど。皆がどれくらいもらったかは、また別。気になるじゃん」

「そんな事を言って、本当は大石がどれくらいもらったかが気になっているだけなんじゃないの?」

クスクスと笑いながら不二が言う。菊丸と大石は恋人として付き合っている。

図星だったのか、菊丸が拗ねた様な表情をした。

「不二の意地悪」

「そう?エイジが可愛いからちょっとからかいたくなったんだよね」

「そう言う不二は、どうにゃんだよ?手塚が今日どれくらいチョコレートをもらっているのか気にならにゃいの?」

からかわれた事が悔しかったのか、菊丸が不二に聞き返す。不二も手塚と恋人として付き合っているのだ。自分と同じ様に、恋人がどれくらいのチョコレートをもらっているのか気になるだろうと思ったのだ。

「別に、気にならないけど」

菊丸の予想とは裏腹に、不二はあっさりとそう言った。

「にゃ、二ゃんで?」

「手塚が女の子に人気があるのは知ってるし」

自分もチョコレートをもらっているので、お互い様だろうと言う思いが不二にはある。それに普段は近寄り難い手塚にチョコレートを渡したいと思っている女の子に、渡すなとは言えない。

「不二に聞いたのが間違いだったにゃ」

どこか達観している様にも思える答えに、菊丸はがっかりと肩を落とした。

     ◇     ◇     ◇

部活が終わった後の帰り道。

不二と一緒に帰った手塚は、自分の横を歩いている不二の方をチラッと見た。

今日はバレンタインデー。

誰だか差出し人のわからないチョコレートを沢山もらった手塚であるが、肝心の恋人からはまだチョコレートをもらっていない。学校で渡してくれるのかと思っていたのだが、そんな気配は一向にないまま放課後を迎えてしまった。そしてもうすぐお互いの家に帰る為の分かれ道になろうと言うのに、不二が何かを言い出す様子はない。

「それじゃあ、またね」

分かれ道までくると、不二はそう言って手塚に手を振った。いつもと全くく変わらない様子で、あまりにもあっさりと。

たかがチョコレート。

されどチョコレート。

バレンタインデーとは恋人達のメインイベントの一つだ。

手塚がその事で静かに傷付いていたのは、間違いのない事実だった。

        ◇     ◇     ◇

曜日が変わって、翌週の月曜日。

昼休みに廊下を歩いていた手塚は、思いがけない人物から呼び止められて眉を寄せた。

「やぁ、手塚」

「何の用だ?乾」

「君に聞きたい事があってね」

「俺に?」

「そう。君、不二に振られたのかい?」

「...何故、そんな話になるんだ」

「違うのかい?不二がバレンタインに君にどんなチョコレートを渡したのか気になってね。聞いてみたんだよ、どんなチョコレートを渡したのか。そうしたら、渡してないって言うからさ」

「イコール振られたと言うのは、短絡過ぎると思わないのか?それとも不二が何か言っていたのか?」

「君と別れたとは言ってなかったよ。それは、俺の勝手な憶測だったんだけど」

「乾、お前、遊んでないか?」

「まさか、これもデーターのうちさ」

そう言ってどこからともなくノートを取り出してみせる。それを見て手塚は溜め息をついた。

「...用件がそれだけなら、失礼する」

そう言って手塚はその場を去ろうとしたのだが。

「それじゃあ、何で不二が君にチョコレートを渡さなかったのか。理由が知りたくはないかい?」

「...何か知っているのか?」

乾は意味ありげに笑った。

「聞きたいかい?」

乾の言いなりに動くのは心外だったが、不二が何を言ったのかは気になった。そんな手塚の心情を察したのだろう。乾は廊下で立ち話も何だろうと、自分が私用でよく使っている理科室へと手塚を誘った。

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