カチャッと理科室の鍵の開く音がする。先生に使用許可を得ていると言う事で、
乾は理科室の鍵を持っていた。慣れた様子で手塚に適当に席に着くようにと勧める。
その後乾は、ビーカーに何かを入れて持ってきた。そして一つは手塚の前へ、
一つは自分の前へと置く。

「何だ?これは...」

また妙な飲み物を作って自分に飲ませようと言うのではないだろうなと、手塚は
警戒心も露にそう聞いた。

「ただのお茶だよ。ここにはコップはないからね」

乾はそう言って心外だとばかりに肩をすくめる。

コップがないからと言ってビーカーで代用するのもどうかと手塚は内心思っていた。
持ってきたのが乾と言うだけで、ただのお茶でも胡散臭いものに思えるのだ。

「...それで、不二はお前に何て言ったんだ?」

手塚はさっさと用件に入る事にする。

「最初から説明するよ。少し前に不二と会ったんだ。それでバレンタインに君に
どんなチョコレートを渡したのかを聞いたんだ。相手は不二だからね、市販の
ものならともかく、手作りだった場合どんな物を作ったのか興味があったからね。
例えば、普通ならあり得ないくらい辛いチョコレートとか...」

流石にそれは遠慮したいと手塚は思ったが、口には出さなかった。

「それで...」

「そうしたら、不二が言ったんだ。『何で僕が手塚にチョコレートをあげない
といけないの?』って」

「それは...」

乾の言葉を聞いた手塚は、どう解釈すればいいのだろうと悩んだ。

「解釈に悩むだろう?」

手塚の心情を見抜いたかのように、乾が言った。

「............」

「だから君に聞いたんだよ。不二に振られたのかって。だけど、そうじゃないんだろう?」

手塚は肯定も否定もしなかった。どう言ったところで、乾は勝手に解釈するだろうと
思った。手塚は、それを聞きたいと思っていた。

「それで乾、お前が話したい事と言うのはそれだけか?」

手塚が聞きたい肝心は話は、ここから先の事。だから乾に続ける様に促した。乾が
、自分と不二の事を見てどう解釈したのかと。

「君が不二に振られたんじゃないのに、チョコレートをもらえなかった事。それは、
こんな解釈が出来るんじゃないかと思うんだ...」

そう言って乾が語ったのは、手塚が思いもしていなかった事だった。

         ◇     ◇     ◇

「えぇ?不二、手塚にチョコレート渡さなかったの?」

手塚が乾と話している頃、不二は屋上て菊丸と食後の休憩を取っていた。

「それが、どうかしたの?」

何故菊丸がそんな事を聞くのかと、不二は理由がわからずに首を傾げた。
菊丸が驚いている理由がわからないのだ。

「だって、不二、手塚の事好きにゃんだよね?」

「うん」

「付き合っているんだよね?」

「うん」

「それなのに、何でバレンタインにチョコレートを渡さないの?」

不二の顔を覗き込む様にして、菊丸が聞いてくる。

「だって、バレンタインって、女の子が好きな人にチョコレートを渡す日でしょ?」

それを聞いて菊丸は、ガクッと膝の力が抜けた。つまりこう言う事なのだ。
女の子じゃない自分が手塚にチョコレートを渡す必要がどこにあるのかと。

「英二?」

「にゃんか手塚が気の毒になってきた...」

「えっ...?」

「多分、待っていたと思うよ。不二がチョコレートをくれるの」

「そうなのかな...?でも、手塚あんなにチョコレートいっぱいもらってたし、
いらないんじゃないかな?」

「それでも欲しかったと思うけど。俺なら欲しいもん。他の名前も知らない人
からもったチョコレートが沢山会っても、一番欲しいのは本命からのチョコレートだって」

菊丸が不二に力説した。

「それじゃあ英二は、大石にチョコレートをあげたの?」

やっぱりよくわかっていないのか、不二は首を傾げて菊丸に聞いた。

「当然!大石からももらったし」

「...手塚も僕にくれなかったけど。それでも欲しかったのかな?」

「だと思うにゃ!日曜日は手塚と会わなかったの?」

「うん。今週は姉さんの買い物に付き合う約束があったから」

「それじゃあさ、バレンタインの当日の別れ際に、手塚がにゃんか物欲し
そうにしていたとか、そう言うのは感じにゃかったの?」

菊丸に言われて、不二はその日の事を思い浮かべた。あの時は、気にして
いなかったが、そう言われると手塚が何か言いたそうにしていたような気もする。

「そう言えば、乾にも手塚にどんなチョコレートをあげたのかって聞かれたっけ...」

「そうにゃんだ?それでにゃんて答えたの?」

「上げてないって正直に答えてたけど...」

「ふぅん。それで、手塚の様子はどんな感じだったか思い出した?」

「うん。言われてみると、そうだったのかなって気がする」

「それならさ、今日でもいいから、手塚にチョコレートあげてみれば?
多分喜ぶと思うけど...」

「そうだね、ちょっと遅れちゃったけど。そうしようかな...」

菊丸の提案に、不二は迷いつつもそう答えた。

その日の放課後。

クラブ活動が終わった後、不二は手塚を買い物に誘った。

「ちょっと一緒に行って欲しい事があるんだけど」

「どこへだ?」

「行けばわかるよ」

そう言って不二は、手塚を連れ出した。手塚が連れて来られたのは、
百貨店の中に有るお菓子売り場。歩いているだけで、甘い匂いが店内に漂っている。

不二が立ち止まったのは、チョコレート専門店の前。男二人で立ち止まるのは、
少々勇気のいる場所だ。

「不二...」

「すいません、これを下さい」

戸惑う手塚を余所に、不二は箱入りのチョコレートを購入した。お店の人が包装は
どうするのかを聞いていたので、お願いする。しばらく待つとキレイに包装された包みが渡された。

「手塚、この後、家に寄ってくれないかな?」

「あぁ、かまわないが」

「良かった」

手塚の答えを聞いて、不二は安堵した。手塚を誘ってこんな風にチョコレートを
買いにきた物の、こんな人目につく場所では渡しにくい。

「チョコレートを買うのって、結構緊張するものなんだね。前に姉さんと買いにきた
時は、こんな風に思わなかったんだけど」

「あの店に、前にも買いに行った事があるのか?」

「姉さんに付き合って何度かね」

「そうか...」

「僕も食べた事はあるよ。だから味は保証できると思う」

そう言って不二はにっこりと笑った。

      ◇      ◇     ◇

手塚を自宅に誘った不二は、自分の部屋に入るとすぐに買ったチョコレートを
手渡した。理由がわからないまま、手塚はそれを受け取る。

「今日ね、お昼休みに英二に言われたんだ。君がバレンタインにチョコレートを
待っていたんじゃないかって」

突然の不二の行動が菊丸の影響によるものだと知って、手塚は納得する。

「そうだったのか...」

手塚はお昼休みに乾から言われた言葉を思い出していた。

『結論から言うと、こう言う事なんじゃないかな』

『どう言う事だ?』

『つまり君も男で、不二も男だって事だよ』

『そんな事はわかっている。だからどうだと言うんだ...』

『わからないかい?不二は自分がは女の子じゃないから、バレンタインにチョコレートを
好きな人に渡すって事自体考えていないんじゃないかな?』

そう言われて手塚は、バレンタインに日の不二の行動を思い起こしていた。全くいつもと
変わらない様子だった不二。それもそのはずだ。不二の中でバレンタインデーとは
チョコレートをもらう日であって、渡す日ではないのだから。

「手塚、ゴメンね。バレンタインの日の帰り、何か言いたそうにしていたよね?英二に
言われるまで気がつかなかったんだ」

「いや、俺の方こそすまなかった。お前を女の子扱いしていたつもりはないんだが、
チョコレートをくれるものだと思い込んでいた」

考えてみれば、不二に失礼だったかもしれないと手塚は思う。

「ねぇ、僕からのチョコレートそんなに欲しいと思っていたの?」

「あぁ...」

「それなら来年はちゃんとバレンタインデーに渡す様にするよ。だから来年は、
君も僕のチョコレートをくれる?」

「わかった」

そう言うと手塚は、不二の唇に自分のそれを重ねた。

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