Winter Dust

シャッターを切るカメラの音とフラッシュの光。周囲を取り囲む記者達のインタビューの声。
聊か馴染みになりつつあるその光景に、リョーマは内心うんざりしていた。

全く興味がないと言わんばかりにつかれる溜め息。中学3年の時にアメリカに渡り、
その後ジュニアの大会で優勝。二年連続ジュニアの大会で優勝した後、プロに転向した。
リョーマがプロに転向してから、既に1年近くが経とうとしている。

プロに転向した後も、リョーマは着実に世間に実力を見せつけていた。活躍を続ける彼を
世間は放っておいてはくれなかった。日本で有名な選手でも、世界ランキングで100位以内に
入るのは難しいとされる中、着々とその地位を上げつつあるとなれば尚更だ。

リョーマとしては、世間の注目を浴びたくて試合に勝ち続けているわけではない。
上を目指すのに必要だから試合に勝つ。それは自分の為に必要な事で、世間を喜ばせる為に
やっているわけではないのだ。集まった記者達に向かって、リョーマはやれやれと肩を竦めて
溜め息を一つつく。騒がしい周囲の事などどうでもいいと言う態度を、リョーマは隠そうとも
していない。幼い頃から世間に対する協調性と言うものにかけていて、周囲に合わせる事など
したことはなかった。生意気だと言われる事が多かったが、別に本人は気にもしていなかった。
そんなマイペースなところは、成長したいまとなっても変わる事はなかった。

ここで集まった記者達に向かって愛想の一つでも振りまけば、世間に対して好印象を与えられる
のかもしれないが、そんな真似は一度もした事がなかったし、今後もするつもりもなかった。
ファンに対するサービス精神などと言うものをリョーマは持ち合わせてはいない。

記者達に対していつもと同じ無愛想なままでいる。

そして一言。

『まだまだだね...』

日本語でリョーマはそう言った。日本で言われた為、意味がわからなかったのか、記者達が
一瞬戸惑った表情をする。その隙をついて、リョーマはさっさとその話から逃げ出していた。
この事が原因で、どんな記事を書かれようと、彼には知った事ではなかった。

そんなマイペースなリョーマだったが、世間からはそのクールなところが良いと言う評判で、
散々に叩かれるような記事を書かれた事は今のところはない。

ようやく一人になったリョーマは、試合が終わり静かになったコートに想いを馳せていた。
その瞳はあくまでも静かだ。試合中に感じていた熱気も既にどこかへ消えてしまっている。
試合に勝利した喜びが全くないわけではないが、心のどこかにぽっかりと穴があいた様な
思いがある。その原因がどこにあるのかは、リョーマ自身が一番よくわかっていた。二年前、
渡米してすぐのジュニアの大会で優勝を決めた時は、そうではなかった。勝利の熱気が
冷める前に、日本で待っている人にもすぐにその事を電話で伝えていた。
一番に電話をしたのは、家族ではない相手。

『約束』と電話口で相手に伝えると、仕方がないなとでも言うかのように、どこか苦笑した様子で
『わかった』と言う返事が返ってきた。約束の日取りを決め、その日がくるのを待っているのも
どこか楽しかった。元々あからさまに喜びの感情を表に出すタイプではないから、周囲には
いつもと変わらないように見えていただろう。電話の向こうの相手も、そう思っていたかもしれない。

刻一刻と近付く約束の日。最高の一日となるはずだったその日が、最悪の日となる事など、
その時は予想もしていなかった。一本の電話が入るまでは。

あれから一年が過ぎたと言うのに、もう二度と会う事はできないのに、まだ忘れる事が出来ずにいる。

こんなに誰かに執着する事は、もうないのではないかと言うくらいに強い思い。
それは周囲には秘めた想い。リョーマがそんな風に誰かに強い想いを残している事を知って
いるのは、ごく僅かな人達だけだろう。

試合が終わり、会場から観戦にきていた人達の波も徐々に引きはじめる。会場を出ていく
人波に何気なく視線を向けたリョーマは、一瞬その場に釘付けになった。遠目で顔はよく
わからなかったが、視界の端に入ってきた一人の人物の姿に意識を奪われたのだ。

見覚えのある淡い色の髪。華奢な後ろ姿。

そんな事があるはずはないと思いながらも、リョーマはそのまま会場の出入り口の方へと
駆け出していた。着替えを済ませていないリョーマの格好は、テニスウェアにジャージを
羽織っただけと言う姿だ。その格好は人目を引いた。すれ違いざま、リョーマの存在に
気付いたファン達が色めきだった声を上げたが、彼の耳には入っていなかった。
周囲のざわめきなど全く気付かないまま、リョーマは走っていた。

会場の外へ出たリョーマは、視線を辺りに彷徨わせたが、目的の人物を見つける事は
出来なかった。会場からでていく大勢の人の群れ。その中からたった一人の人物を
見つけだす事は難しい。自分でも何をやっているのだろうと、冷静になったリョーマは思った。

『あの人がいるわけがない...』

ぽつりとリョーマはそう独り言を呟く。

二年前本当ならリョーマの優勝を一緒に祝ってくれるはずだった相手。
不意に失しなった大切な人。

幻でもいいから現れて欲しいと願う自分の心が見せた錯覚だったのだろうかと、
軽く首をふりながらも、リョーマは暫くその場を離れる事が出来ずにいた。

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