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12月に入ると、師走と言う別称が示す様に、何やら忙しい雰囲気が街中に漂っている気がする。
至る所で、普段よりも人の多さが目立つ様になってきていると思うのも気のせいではないだろう。
新年を迎える為の準備で、世間はどこか慌ただしい様子に包まれていく。そんな中、ある大型
スーパーの複合店では、各店舗で買い物をする度に、金額に応じて福引き券を配付していた。
福引きとは年末に限らず、何らかの行事がある度に行われる不定期なイベントだ。買い物客に
とっては馴染みのもので、これと言って珍しい行事と言うわけではない。

福引き用に設けられた場所には、福引き券を手にした買い物客が集まり列を作っていた。
長い机の上には、昔ながらの回すと玉が転がり出るタイプの抽選器が置かれている。後ろの
壁には、景品について書かれた紙が貼られていた。

一等沖縄旅行、二等DVD、三等商品券千円分、外れは飴か携帯用ティッシュのどちらかと
書かれた文字が見える。福引きの抽選で並んでいる人達の列の中に、リョーマの姿もあった。
他の人達と違い、福引きを楽しもうとしているようには見えず、どこか不機嫌な表情で列に
並んでいる。嫌々並んでいるのだと言う事は、彼を良く知る人達が見ればすぐにわかっただろう。

リョーマの手にも、数枚の福引き券が握られていたが、買い物をしたと思われる荷物は
その手にはなかった。

「...何でそんな難しい顔をしているの?」

一人憮然と列に並んでいるリョーマに、突然背後から声がかかる。

「不二先輩、どうしてここに?」

突然ふってわいた声に、リョーマは驚いた様に振り向いた。こんな場所で偶然会うとは思っても
いなかったのだろう、表情にも驚いた様子が見て取れる。

「姉さんの買い物のお供だよ。車に荷物を置きに行く前に福引きの抽選所の場所を確認して
おこうと思ってきてみたら君の姿が見えたから」

「...............」

その言葉にリョーマはチラッと不二の手元を見た。確かに不二の手には、それらしき荷物の
入った買い物袋が幾つか有る。

「越前も誰かと買い物に来てるの?」

不二に聞かれて、リョーマは首を横に振った。

「...昨日親父が買い物に来た時に福引き券をもらったらしくて、それで今日俺に行って
引いてこいって」

ぽつりとリョーマは呟くように小声で言った。抽選は今日からだが、福引き券は三日前から
配付されていた。毎日この店に足を運ぶ理由があるのならともかく、たまたま買い物をして
福引き券をもらった場合、抽選の為だけにわざわざ店へ足を運ぶのは面倒臭いものだ。
そう言った理由から、リョーマは父親に福引き券を押し付けられたのだった。面倒臭いから
行くのは嫌だと抵抗したにもかかわらず、結局リョーマは南次郎に言いくるめられそれを
押し付けられてしまった。

「そうなんだ?そんな不機嫌そうな顔をしているんだね?」

リョーマの言葉から、来たくもないのに押し付けれたのだと言う事を知って、不二はクスッと
笑った。その時の状況が容易に想像出来たのだ。唯我独尊、我が道を行くリョーマすらも
意のままに動かす唯一の相手として、不意は彼の父親を認識していた。

「先輩も福引きをするの?」

不二に笑われて少々面白くない思いをしながら、リョーマはそう問いかけた。抽選場所を
確認しにきたくりだから、今さら聞くまでもないかとは思ったのだが念の為口にしてみる。
リョーマの方は5枚集めて一回引ける分と、1枚だけで引ける券の合計2回抽選を引ける
分の福引き券しかないが、手荷物の量から察するに、不二の方は1枚だけで1回引ける
福引き券を何枚も持っていそうである。少なくともリョーマよりは多く抽選を引けるはずだ。

「うん、荷物を車に置いてきてから引きに来るつもりだったんだけどね。はい、これ」

不二はそう言って、リョーマの手に自分が持っていた福引き券を握らせる。

「?」

突然福引き券を握らされて、リョーマはわけがわからずマジマジと手元を見た。

「姉さんの車に荷物を置きに行ってくるから、これも一緒に引いておいてくれる?荷物を
置いたらここへ戻ってくるから」

にっこりと笑って、不二は呆気にとられているリョーマにそう言った。

「はぁ?ちょっと、先輩?」

さっさとその場を離れようとしている不二に、リョーマは慌てて声をかける。

「頼んだよ、越前。良い景品を当ててくれたら、あとでご褒美を上げるからね」

そう言って不二は悪戯っぽく笑った。慌てるリョーマの様子を見て、どこか楽しんでいる風
でもある。小悪魔的とでも言うのだろうか、そんな不二の笑顔も可愛いと思ってしまうあたりが
惚れた弱みと言うやつなのだろうかと、リョーマはやれやれと溜め息をつく。気が進まないまま
並んでいた抽選だったが、良い景品を当てればご褒美をくれると不二は言った。上手く
のせられた事になってしまうが、それなら頑張ってみようかとリョーマは気持ちを少し前向きにした。

とは言え、ただ抽選器を回すだけの事、この場合運に左右される事がほとんどで頑張ろうにも
特に何かできるわけでもない。ようは気持ちの問題だった。不二と話をしている間に、列は
段々前へ進んでいた。いつの間にか、リョーマの後に並んでいる人の数も増えている。
リョーマの抽選の順番までにはもう少しかかりそうだが、列が進んだ事で前の様子が見える
ようになった。ボーッと並んでいるのも暇なので、皆がどんな景品を当てているのかをリョーマは
眺めていた。見ていると出ているのはほとんどが外れの白い玉ばかりだった。抽選の後、
飴や携帯用ティッシュを貰って去って行く人たちの姿がほとんどだ。3等の当たりを引き当てて
商品券の入った袋を手渡されている人も見かけたが、それはほんの一握りの人達だけと言う少なさだ。

1等、2等の景品に関しては、リョーマが並びだしてからはまだ誰も引き当ててはいない。
1等、2等はくじの本数自体が少ないのだから、それも当然と言えば、当然の事。1等は
二本、2等は三本しか当たりくじが入っていないのだから。

ようやく自分の順番が回ってきて、福引き券を係の人に渡した時、リョーマは礑とある事に
気が付いた。

不二は良い景品を当ててくれたらと言ったが、それは果たしてどれをあしているのだろうかと。
単純に考えれば1等の旅行なのかもしれないが、もしかしたらDVDレコーダーが欲しいのかも
しれない。それとも好きな物を買う時の足しに出来る商品券がいいのだろうかなどと考えてみた。
けれど答えが出るわけでもなく、すぐに考える事をやめた。

リョーマが抽選器を回せる回数は、自分が最初から持っていた2回分の福引き券と、不二から
渡された8回分の福引き券の会わせて10回分。多く引いたから当たると言うものでもないの
だろが、たかだが10回抽選器を回したところで、上位の景品が当たるとも思えなかった。
せいぜい3等の商品券が当たればいいところだろう。そんな事を思いながら、リョーマは
抽選器を回した。

いざ抽選器を目の前にすると、先程まで少しだけ残っていた頑張って良い景品を狙って
みようか、などと言う気持ちはどこかへ霧散していた。どう考えても、1等から3等までの
景品を全て当てると言うのは無理な話だ。中には1回の抽選で1等の景品を引き当てて
いく運のいい人もいるだろうが、確率的には少ないと言える。自分がそう言った一人に必ず
しもなれるわけではない事を、リョーマは冷静に考えていた。

最初に出た玉は、予想通りと言うか外れ玉の白だった。そして、その次も、またその次も。

これは3等の商品券すら当たらないかもしれない、リョーマがそう思い始めた時だった。
これまでの白い玉ではなく、赤い玉が受け皿に転がり出てきたのだ。それを見た係の人が、
カランカランと大きな鈴の音を鳴らした。

「1等の沖縄旅行が出ました!おめでとうございます!」

係の人が辺りに響くような大声でそう発表すると、周囲からざわめきが起きた。

「...はぁ」

当事者であるリョーマは、周囲の騒ぎについていけずにいる。どうやら自分が1等の景品を
引き当てた事はわかったのだが、喜びを感じる前に周囲の方が盛り上がってしまったので、
逆に気持ちが冷めてしまったようだ。何故こうも周囲が騒ぐのかがわからない。騒がしい
周囲をよそに、リョーマが考えていたのは、不二が言う良い景品とはこれの事だろうかと
言う事だ。元々リョーマ自身が欲しい景品があって抽選にのぞんだわけではないので、
不二が喜んでくれるものでなければ、それがどんなに周囲が羨むものであっても意味がない。

周囲の注目を集める中、リョーマは全く気にする事なく抽選を続けた。残っていた抽選を
終えて、リョーマは景品を受け取る事になった。1等を当てた後は、外れの白い玉ばかりで
抽選は終わった。流石にそうそう当たりが続くわけがない。

「はい、良かったな、坊や」

係の人がにこにこと笑いながらリョーマに景品を渡してくる。

「ども...」

子供扱いされた事に内心ムッとしながら、リョーマは景品を受け取った。受け取った景品を餅、
抽選場からくるりと踵を返す。この後、不二が戻って来るのを待っていないといけない。
どの辺りで待っていればいいのだろうかと不意に顔を上げた時、その必要がない事を知った。

「先輩...」

「凄いね、越前。1等を引き当てるなんて」

にっこりと笑って、不二がリョーマにそう言った。その言葉を聞いたリョーマは、ある事に
気付いて思わず眉を寄せた。

「いつからそこに居たんスか?」

「君が抽選器を回し始める少し前からだよ」

リョーマの反応を楽しむ様に、不二はあっさりとそう言った。

「それって最初からじゃん」

「そう言う事になるね」

「だったら、声をかけてくれれば良かったのに」

どこか不満そうにリョーマが訴えても、不二はいつものように笑っているだけだった。

「だって、君が何を当ててくれるのか静かに見守りたかったんだ」

「はぁ...」

苦言などどこ吹く風と言った感じの不二に、リョーマは溜め息をつく。若干遊ばれている
ような気がしないではないが、不二が本当に楽しそうなので、まぁいいかと言う諦めた気になる。

「取りあえず、この階にある喫茶店に行って、そこで話をしようよ。姉さんが先に行って
待っているから」

「俺も一緒に行っていいんスか?」

「勿論だよ。それとも、この後、何か用事でもあるの?早く帰らないとお父さんに叱られるとか?」

「いえ...」

「だったら悩む事ないんじゃない?帰りは姉さんが車で君の家の前まで送ってくれる
だろうし、遠慮なんて君らしくないよ」

そう言うと不二は、リョーマの意見を聞く事もなくさっさと歩き出してしまう。実際断る
理由もなく、リョーマは不二の後をついて歩き出した。リョーマの視線の先で揺れている
色素の薄い髪、華奢な後ろ姿。その姿を今はまだ少し見上げなければならない自分が
少し悔しい。どうにもならないもどかしい思いだある。

「どうしたの?」

「うわっ!何スか、急に」

突然立ち止まって振り向かれ、リョーマにしては珍しく慌てた声を上げた。

「だって君、何か妙に大人しいからさ。何かあったの?」

少し戸惑いがちに不二はリョーマを見た。

「別に...」

理由等言えるはずもなく、リョーマはそう言葉を濁す。

「喫茶店に誘ったの、迷惑だった?」

「そんな事ないっス」

「本当に?」

「本当っス。先輩と二人だけならもっていいのにって思ってるけど」

まだ疑っている不二に、リョーマはそう告げた。ニヤッと人の悪い笑みを浮かべて強気に
言うと、その言葉と態度に不二の頬がうっすらと朱くなった。それを見たリョーマは、気持ちが
少し軽くなるのを感じていた。自分の言動に反応する不二を見ていると、少しは自分を
意識してくれているのだと言う事を実感出来る。普段何気に恋人ではなく弟扱いされている
のではないだろうかと疑いたくなる事があるので、稀に見せる些細な反応にすら喜びを感じてしまう。

些細なことでもいい、彼の意識を自分に向けてみたいと思う。いつから自分がそんな
気持ちを抱く様になったのかは、もう覚えていない。気が付いたときには視線が自然と
追うようになっていた。それが特別だと気付いた後のリョーマの行動は素早かった。
速攻不二を捕まえて、その場で自分の想いをぶつけた。

そして現在に至る。

リョーマの想いを聞いた不二は、それ程悩みもせずに『だったら付き合ってみようか』と言った。

あまりにもあっさりとした不二に、リョーマは拍子抜けした。

全くと言っていい程、恋人として付き合っている今も不二の本心はよくわからない。
付き合ってくれているのだから、嫌われているのではないだろうが、本当は自分が
不二の中でどう言う位置にあるのかがわからないのだ。

「君って本当に生意気」

リョーマの言葉に動揺してしまった事を隠す為なのか、不二は少し怒ったように表情を
きつくして語気を強くした。

「でも、嫌いじゃないでしょ?」

あくまでも強気にリョーマは言う。

もとより本気で怒っている訳ではない不二は、諦めたかのように表情を柔らかいものに戻した。

「ホント生意気」

不二はリョーマの頭を軽くポンと叩いた。

「痛いっス。菊丸先輩みたいな事しないで下さい」

抗議の声を上げるリョーマに、不二は笑顔で返す。それを見たリョーマは、やれやれと方を竦めた。

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