「凄いわね、越前君。抽選て一等を当てるなんて。なかなか当たるものじゃないのにね」

由美子はそう行ってリョーマに視線を向けた。

「はぁ...」

突然由美子に話を振られて、リョーマは愛昧に頷いていた。不二に連れられて喫茶店へ
入ると、そこには彼の姉である由美子が先に席について二人を待っていた。不二がリ
ョーマを一緒に連れてきた事を、特に驚いている風でもなかった。寧ろ一緒にいて当然の
ように迎えてくれた。その事から、不二が事前にリョーマを連れてくる事を由美子に伝えて
あったのだと言う事が知れる。

由美子とはリョーマも面識があった。面識があるとは言っても、不二の家に遊びに
いった時に顔を見た事があると言う程度のものだ。由美子に対するリョーマの関心は低い。
姉弟だから不二と似ているなと言う印象をもったが、それだけの事。元々話し好きと言う
わけでもないリョーマは、由美子と会話らしい会話を躱した覚えもなければ、積極的に
話しかけようとした事もない。

それは、こうして同じテーブルについていても変わらない。だから喫茶店に入ってから
ウェイトレスに注文を出した後、もっぱら由美子と話していたのは不二だ。リョーマは
二人の会話をぼんやりと聞いていたと言うか、その場にいただけ。姉弟の会話に
興味はなかったので、言葉は耳に入ってすぐに抜けていった。どうどうと欠伸をして、
退屈だと思っているのを隠そうと言う気もなかった。そんなリョーマの態度に気付いて
いるだろうに、由美子はその事をリョーマに咎めたりはしなかった。

時間帯のせいか、喫茶店は比較的空いていた。そのおかげか注文した品は、わりと
早くにテーブルに届けられた。最初から二人の会話に絡む気がないリョーマは、
もっぱら注文した物を食べる事に集中していた。由美子の奢りだだと言う事で、
リョーマの前にはフルーツのいっぱいのったパフェが置かれている。冬とはいえ、
暖房がきいている場所なので、冷たい物を口にするのは苦ではないし、リョーマは
遠慮なくそれをいただく事にした。ここでも少々子供扱いされている気がしないでは
なかったが、食欲の方が勝り気がつかなかった事にする。

そんな調子で、正直な話、リョーマは二人の会話を全く聞いてはいなかったのだ。
そこへ突然話を振られても、どう答えたらいいのかわからない。景品自体にもやはり
興味はなく、喉元すぎれば何とやらで、一等の景品を引き当てた事に対して、感動も
何も湧いてはこない。自分のものになるわけでもないので、余計に関心が薄いと言う部分もある。

「フフッ、周助がいつも言っている通り、本当にクールなのね。もっと嬉しそうな顔を
すればいいのに」

リョーマが何も言わないので、由美子は勝手に解釈する事にしたようだ。そう言って
クスクスと笑う姿は、やはり不二に似ている。

「はぁ...」

別に嬉しくもないんだけどとは言えず、リョーマは適当に頷いた。

「お父様に渡したらきっと驚かれるわよ」

由美子はそう言って、リョーマの目の前に一等の景品である沖縄旅行のチケットの
引換券を差し出した。

「それ、不二先輩から預かった福引き券で引いた分なんスけど」

最初から貰って帰ろうなどとは思っていなかったリョーマは、差し出されたチケットに
困惑する。

「あら、そんなの気にしなくていいじゃない。実際抽選で当てたのは越前君なんだもの。
周助が引いたら当たっていなかったかもしれないんだし」

どうやら由美子は最初からそうするつもりだったようで、リョーマが受け取る事を
辞退しても、引くつもりはないようだ。

「でも...」

確かに持って帰ってそれを渡せば父は喜ぶかもしれないが、福引き券は不二から
預かった分で引いた物である。あげると言われても受け取る事に抵抗があり、
リョーマはチラッと不二の方を見た。目が合った瞬間微笑まれ、リョーマは不二も
由美子と同意見であると言う事を悟る。

チケットを貰って帰っても、父を喜ばせるだけで、リョーマに益はない。
父に渡すのではなく、このチケットが自分のものになり、不二と一緒に旅行に行ければ
いいのにと言う考えが、一瞬リョーマの頭を掠める。そう出来れば、このチケットを
受け取る事に喜びを見いだせるのにと、そんな風に思った時だった。

「お父さんに渡すのが嫌なら、そのチケットで周助と一緒に旅行に行って来る?」

何気なく由美子がそう言った。それを聞いたリョーマは、思わず目の前に有るパフェに
スプーンを思いきり突き刺してしまった。あまりのタイミングの良さに、自分の考えを
読まれたのだろうかと、一瞬由美子を疑った。

「姉さん、越前が困ってるよ」

自信も少し困惑したような顔をして、不二は由美子を諌める。

「そう?ゴメンなさいね、良い考えだと思ったんだけど」

「中学生同士で行くのは無理だってわかっていて、そんな事を言われてもね」

「そう出来れば一番いいかなって思っただけよ」

「たとえそうでも、出来ない事を進められても仕方ないと思うけど」

「それはそうなんだけど、越前訓が持って帰る事に遠慮があるみたいだから...」

喧嘩と言うわけではないが、姉弟の間で口論が起こる。リョーマはどうする事も出来ず、
黙って事の成り行きを見守っているしかなかった。

「越前ゴメンね。遠慮しなくていいから、それは越前が持って帰ってくれないかな?
姉さんもそうしろって行っている事だし」

不二はリョーマにそう言った。由美子も決断を待つ様にリョーマの方を見ている。

「わかりました。先輩がそう言うのなら...」

これ以上何か言われるのも面倒だと思ったので、リョーマは今度はあっさりと
その言葉に頷いた。どうやら自分が受け取るまで収まりがつきそうになかった
からと言うのもある。

「あら、周助の意見ならすぐにきくのね」

仲がいいのねと、由美子は笑ってそう言った。

「姉さん...」

「ゴメンなさい。からかったつもりはないんだけど」

「...........」

不二もどうやら由美子には勝てないらしと、二人の様子を見ていたリョーマは思った。

その後もまたもっぱら会話をしているのは不二と由美子で、リョーマはそれを
聞いている(?)と言った状況が続いた。

喫茶店を出た後、不二が言っていたように、由美子はリョーマを自宅まで車で
送ってくれた。車を降りて不二と別れてから、リョーマはふとある事を思い出した。
そう言えば、ご褒美とやらはいったいどうなったのだろうと。

実際のところもらった一等の景品はリョーマが持って帰ってきてしまったので、
不二は何も特をしていない。その上、不二からではないとは言え、喫茶店でも
ご馳走になっている。だからそれらがご褒美だと言われれば、そうなのかも
しれないと言う気がする。これ以上何か望むのもどうだろうかと言う気持ちも
なきにしもあらずだ。おまけに不二の言ういい景品と言うのがいったい
何だったのかもわからずじまいのまま別れてしまった。自分がこうやって
貰ってきたくらいだから、不二の欲しかったものが沖縄旅行のチケットでない事は
確かなのかもしれないと思う。

そんなこんなで不二が忘れているのなら、それでも仕方がないかと言う気に
リョーマはなっていた。不二がくれるつもりだったご褒美とやらが何だったのかは、
おおいに気になるところだが、どこか気が削がれた感じある。

不二が約束を忘れていなかったのだとリョーマが知ったのは、その翌日の事だった。

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