「何か、今日は家の中が随分と静かだね」 リョーマの誕生日。その日は不二と会う約束を前もってしていた。約束通りプレゼントを持ってリョーマの家を訪れた不二は、『お邪魔します』と家人に声をかけても返事がない事に少し戸惑ている様子だった。リョーマの胸に抱かれているカルピンの頭を撫でながら、辺りの様子を伺っている。 「今日誰もいないから」 その疑問に答える様に、リョーマはそう言った。 「えっ?そうなの?」 「この前の福引きで当たった沖縄旅行。親父達、今日それで旅行に行っているから」 「そうだったんだ?誕生日なのに寂しくない?」 「別に、子供じゃないし」 リョーマがそう言うと、不二は少し緊張したようだった。それがリョーマにも伝わってくる。だから不二が逃げない様にと、リョーマは胸に抱いたカルピンを不二に押し付けた。それからいつもの様に自分の部屋へと案内する。 「先輩、ケーキ食べるよね?母さんが用意していってくれたのがあるから持ってくる」 そう言ってリョーマは、不二とカルピンを部屋に残して自分は台所へと向かった。 「先輩、何か緊張しているみたいだね?」 「別にそう言うわけじゃないけど...」 構って欲しいと部屋の中で愛らしい姿を披露していたカルピンだったが、一通り遊んでもらって満足したのか、ふらりと部屋を出て行った。 今部屋の中にいるのは、リョーマと不二の二人だけだ。 「なぁんだ、残念。ちょっとは意識してくれているのかと思ったのに」 「越前...」 「先輩が思っている程、俺、子供じゃないよ」 そう言ってリョーマは不二を絨毯の上に押し倒した。両腕を押さえ込み、不二の体を跨いで動きを封じる。 「...大人でもないよ」 「そうっスね。でもあんたを俺のモノにしたい。先輩は、俺の事好き?」 「嫌いだったら、とっくに張り倒して逃げてるよ」 拗ねたように言うと、不二は顔を横に背けた。そんな様子がいつもと違ってどこか幼く見えて、それすらもリョーマは愛しくなる。その日、リョーマは初めて不二を抱いた。 この頃はまだ、こんな日常がずっと続いていくのだと思っていた。時々会えるだけで幸せな気持ちになれた。 ◇ ◇ ◇ リョーマの渡米が決まったのは急な事だった。 中学2年の冬が終わる頃に、リョーマは突然父から渡米する事を聞かされた。それは命令だった。いつの間に動いていたのか、留学手続きは既に終わっているとの事だった。勝ってな事をした父に、リョーマは最初反発した。この一年くらい、リョーマはテニスと楽しいと思う事が出来ずにいた。大会等に出ても、昨年に比べると倒したいと思う様な選手が減ってしまった感が否めない。その事がテニスに集中出来ない原因の一つになっていたのだろう。その事は毎日のようにリョーマの練習鵜相手をしている南次郎にもわかっていたのだろう。だからこそ南次郎は、リョーマの渡米を勝手に決めたのだ。リョーマの為を思って。 「先輩、俺、アメリカに留学することになるかもしれない」 南次郎にその事を告げられた後、リョーマは電話で不二にそう言った。 「それは、急な話だね。でも良かったね、越前。君、最近部活に出ていてもつまらなさそうにしている様だったし。向こうに行けば強い相手はいっぱいいるだろうと思う。その方が確かに君の為かもしれないね」 「先輩は、驚かないんスね」 「まぁ、いずれそう言う話がでるかもしれないとは思っていたから。いいんじゃない?向こうには先に手塚も行っているし」 「先輩は、行かないの?」 「僕はそう言う事は考えていない」 「そうっスか...」 リョーマ自身、留学自体を嫌だと思っているわけではない。ただ自分に相談もなく、勝手に決められた事に腹がたったのだ。そして、もう一つ。留学すると言う事は、日本にいる不二とは離ればなれになると言う事を意味している。だからと行って、お互い親に養われている身で、まだ学生である事を考えれば、全て自分達の思い通りにすると言う事も出来なかった。好きな人を置いて自分だけ渡米するのは、心配でもあった。浮気されると疑っているわけではないが、やはりそう言う事が気になる。不二が持てるのは知っているし、その気がなくても寄って来る輩はいるだろう。 「いつから行くの?」 「まだ聞いてないっス。でもそんなに先の話じゃないと思う」 「それなら、日程がわかったら教えてくれる?空港まで見送りに行くから」 淡々と不二は行った。まるでリョーマがそうする事が当然である事の様に。 「わかったっス。それより先輩、俺、言っておきたい事があるんスけど」 「何?」 「急にこんな事になったけど、先輩と別れるつもりはないから。だから、俺がジュニアの大会で優勝した暁には、お祝いに来て」 それくらい当然だとでも言う様に、リョーマは不二に告げた。その言葉に電話の向こうで不二は目を丸くする。 「それって、僕にアメリカまで会いに来いって行っているの?」 「そうっス」 「交通費もかかるし、我が儘なお願いだね」 「だって、そうでもしないと、あんた会いに来ようとしてくれないでしょ?」 不二の事だから、遠距離になったら、一年以上平気で連絡を寄越さないのではないかとリョーマは疑っている。自分もあまりマメとは言えないので、人の事を言えた義理ではないのだが。 「わかった、約束するよ。君が優勝したら、ね」 そう不二はリョーマと約束をした。 この時はまだ、この約束が不幸を呼ぶ等と言う事は思ってもいなかった。 |