メモにあった場所にリョーマが訪れると、そこはテニスの試合会場だった。
どうやらジュニアの大会らしい。

その試合会場で、リョーマは懐かしい光景を見た。涼やかにコートに立つ姿。
相手を翻弄する独自の技の切れ味も、リョーマの記憶に有るものよりも一段と
鋭さが増してはいるものの、基本的なスタイルは変わっていない。

リョーマが見ている事に相手も気が付いたらしい。試合が終わると、その人物が
リョーマの方へと近付いてきた。

「久し振りだね」

そう言って、その人物はにっこりと笑った。もうリョーマが二度と見る事は
かなわないだろうと思っていた笑顔で。

「やっぱり、幻じゃなかったんだ。本当に不二先輩なんスよね?」

「ここで長話もどうかと思う。どこかへ場所を変えようよ」

不二はそう言ってリョーマを誘った。リョーマもその言葉に頷いた。

    ◇     ◇     ◇

「ここは...」

「今、僕が住んでいる所」

連れて行かれたのは、アパートの一室。

「いつからここにいるんスか?」

「半年くらい前からかな」

「そんなに前から?」

「うん。この春からこっちの学校に通っている」

何でもない事の様に、不二はあっさりとそう言った。

「肝心な事を聞いてないんだけど」

「うん」

「死んだって聞かされた」

「...ゴメンね」

「生きていたんなら、何でもっと早く姿を現してくれなかったんスか?」

「色々とあったから、それに迷っていたし、君と会う事を」

「何で?」

「君が僕の事を忘れているのなら、会わない方がいいのかなとも思った。
あれから過ぎた時間の事を思えば、そう言う事もあり得るよね?」

「あんなみたいな人、そうそうわすれられるわけないっスよ」

「越前...」

「そろそろ教えて下さい。どうしてこんな事になったのか。俺、あの日からずっと
胸に引っかかってた。俺が会いに来いって我が儘を言わなければ、先輩は事件にも
巻きこまれる事はなかっただろうしって、ずっと悔やんでいた」

不二が事件に巻き込まれた日から、リョーマは自分を責めていた。

「事件に巻き込まれたのは、運が悪かったとしか言い様がないよね。あの日、
たまたま寄ったコンビニで事件が起こるなんて僕も思わなかったし。気が付いたら
病院にいて、全てが終わっていた。入院している間、君の事が気になっていた。
全然病院に来てくれないし、裕太に何度も君が訪ねてきていないかを訪ねた」

「先輩...」

「僕があんまり君の事ばかり聞いたから、裕太もやっと言う気になったみたいで、
君に嘘をついたって教えてくれた。ゴメンって。なかなか僕の意識が戻らなかった
から、ついかっとなって君を責めたって。君にあったらその事を謝っておいて
欲しいと言われたよ」

「先輩は、その後、どうして電話の一本もくれなかったんスか?そうしたら、
誤解だってすぐにわかったのに」

「...事件のショックで、暫く声が出なくなったんだ。それで電話をする事は出来なかった。
怪我を治すのにも時間が必要だったしね」

不二の告白に、当時の様子が蘇り、リョーマは衝撃を受けた。あらためて聞くと、
その時の酷い状態が目に浮かぶようだ。

「先輩、俺...」

「君がそんな顔をする必要はないよ」

「でも...」

「今はもう何ともないんだから、ね?」

申し訳なさそうにしているリョーマに、不二はそう念を押す様に言った。当時の事は
不幸な事故だった。リョーマの所為だとは思っていない。

「本当に今は何ともないんスね?身体は完全に治ったんスね?」

「君も今日の試合を見ていてくれたんでしょ?だったら、わかるよね?僕の身体が
完治しているのは。君には感謝しているよ」

「先輩?」

「これまで頑張ってこれたのは、君のおかげだよ。君の活躍はずっとテレビや雑誌を
通してみていた。それを見て僕も頑張ろうと思った。留学を決めたのもね。
こっち来てからは、何度も君の試合を見に行ったよ」

「だったら、声をかけてくれれば良かったのに」

「だって、死んだ人間が突然現れたら驚くでしょ?それにさっきも言ったように、
今さら君の前に姿を見せる事も迷った」

「俺は、今でもあんたの事が好き」

「うん...。この前、君のアパートの前で会った時、それがわかった。だから会って
みようと言う気になった」

「それで部長にメモを渡したんスか?」

何故そこで手塚を頼るのかと、リョーマは面白くなさそうに言う。直接自分に会いに
くれば済むのにと。

「そうしたのはただの成り行きだよ。君に会いにいこうかどうしようか迷っていた時に、
偶然手塚と会った」

「それ、本当に偶然なんスか?」

「そうだよ。手塚らしいと言えばらしいんだけど、彼、ジュニアの試合も時間に都合が
付く時は見にきていたみたいで、僕が出ている試合もたまたま見たらしい。
いつからこっちにいるんだって聞かれた。その時に、君には僕がこっちにきている事を
黙っていてって頼んだ。もしも君の何か聞かれる事があったら渡して欲しいと、
これから僕が出場する予定の試合の日時のメモを預けてね」

「俺が部長に会わなかったら、どうするつもりだったんスか?」

「その時は、気持ちの整理がついたら覚悟を決めて会いに行くつもりだったんだけど。
思ったより君とはやく会えたなって感じ」

「先輩、気が長すぎ...」

「そう?」

そう言って首を傾げる不二の姿は、リョーマの見なれたものであった。

「そう言うどこかずれているところも、先輩らしいと言えばらしんだけど」

「酷いなぁ。これでも君に会うのに随分と勇気がいったんだよ。結果的に君を
騙していた事になるしさ」

「そう言う事ししておいてあげるよ。もしも先輩がその事で俺に悪いって思う
気持ちがあるなら、お願いがあるんだけど聞いてくれる?」

「何?」

「一緒に暮らそうよ。今のアパート家賃は、俺が自分で払っているんだし、
誰かに遠慮する事もない」

「いいの?それで」

「言ったでしょ、今でも先輩の事がすきだって。悪いと思っているなら、
責任とってよ」

そう言って強気にニット笑うリョーマは、不二の見なれた姿で、そんな姿を
見たのは久し振りのような気がする。

リョーマの言葉に苦笑しながら、不二はゆっくりと頷いた。

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