4.破綻

お昼休みの校内の渡り廊下での事。

「何をしているの?」

「うわっ!驚かさにゃいでよ」

突然背後から声をかけられて、菊丸は一瞬その場で飛び上がる思いをした。

まさかそんなに驚かれるとは思っていなかったので、声をかけた不二の方も一
瞬動きが止まってしまった。

「驚かせてゴメン。熱心に何を見ているのかなと思って...」

不二が渡り廊下を通った時、柱の影に隠れる様にして中庭の方を見ている
菊丸の姿に気が付いた。これが全く知らない人物だったら、不二も声をかけ
たりはしなかった。おかしな事をしているなと思いつつその場を通り過ぎた
だろう。相手が同じテニス部部員の菊丸だったから、思わず声をかけたのだが...。

「もういいにゃ。こんな所で声をかけられるとは思っていにゃかったから
ちょっとびっくりしちゃったけど...」

「...ねぇ、何をしていたの?」

「不二も見る?」

「何を?」

「あそこ...」

菊丸の指差す方向に視線を向けた不二は、少し驚いたような表情をした。

「手塚......」

「そっ、手塚も隅に置けないよにゃ~」

「............」

木の陰の向こうに立っている人物。その人物の姿がこの位置からだと
よく見えた。二人いるうちの一人は手塚で、もう一人は知らない女生徒だった。

「手塚の彼女にゃのかな?」

菊丸はそう言って好奇心いっぱいの視線を、手塚達の方へ向けている。
偶然この場所を通りがかった菊丸は、人目を避ける様にして話をしている
二人の姿を見付けて、思わず足を止めてしまったのだ。

「さぁ?手塚からそんな話は聞いた事はないし...」

菊丸の言葉に、不二の胸は少し痛んだ。先日手塚が家にきた時の姉の
占いを思い出す。彼女が占いに出た手塚の想い人なのだろうか、
そう思うと何だか複雑な感情がわき上がってきた。

「こんな所でにゃにを話しているのかにゃ?」

「ねぇ、もう行こうよ。こんな所で覗き見しているなんて何か手塚に悪い気がする...」

この場を立ち去ろうと、不二が菊丸を促す。本当はただ、自分がこれ以上
二人の姿を見ていたくないだけなのかもしれないと思いながら。

「不二って持てそうなのに、結構恋愛に初だったんだ。にゃんか可愛いにゃ~」

そう言って菊丸は、不二に抱きついた。

「...重いよ、英二」

不二がそう言っても、菊丸はおもしろがってしばらく離れてくれなかった。

いつまでもここにいるわけにもいかず、それからほどなくして二人はその場を離れた。

そんな二人の様子を見ている視線には気付かないままに。

       ◇     ◇     ◇

その日もテニス部の部活はいつも通りに行われた。

練習が終わった後の部室。

「...手塚」

もう皆帰った後だろうと思い部室のドアを開けた不二は、そこに手塚の姿を
見付けて思わず立ち止まる。練習の後、誰とも顔をあわせたくなくて、鍵を
当番の人から預かり少し木陰で休憩しつつ、皆が帰るのを待っていたのだ。
それなのに、よりによって今一番顔を合わせたくなかった人物が残っている
とはと、不二は運の悪さに溜め息をつく。

お昼休みの光景が尾を引いていて、不二は今手塚と普通に話せるかどうか
自身がなかった。手塚の方は、不二達があの場から様子をうかがっていた
事等知らないのだから、普通にしていれば済む話なのだ。そう思いながらも、
思わず手塚を避ける様な態度を取ってしまったのだ、不二の気持ちの問題だ。
自分で自分の気持ちを持て余しつつ、不二は表面上は何事もない顔をして
部室に足を踏み入れた。いつまでも入り口で立っているわけにもいかない。
手塚もおかしいと思うだろう。

不二が部室に入るのとすれ違うように、手塚はドアの方へと向かった。
そして、中から鍵を掛ける。

「何故、鍵を掛けるの?」

手塚の行動の意味が掴めず、不二は微かに眉を寄せて手塚を見た。
普段着替える時も、別に部室のドアに鍵をかけたりはしない。

訝し気に自分を見る不二の視線等全く気にせず、手塚は近付いてきた。
そして不二の腕を掴むと、その身体をロッカーに押し付けた。

手塚の様子がいつもと違う事に、不二はこの時ようやく気が付いた。
普段から感情を表に現す事は滅多にない手塚だが、どうやら機嫌が
悪いらしいと言う事を察する。けれどそのベクトルが何故自分に向け
られるのか、その理由が不二にはわからない。手塚を怒らせるような事を
した覚えもなかった。

「手塚...?」

「不二、聞きたい事がある」

「...何?」

「お前と菊丸は、どう言う関係なんだ?」

「どう言うって...」

聞かれた言葉の意味がわからず、不二は思わず聞き返す。掴まれた腕が
微かに痛む。手塚は不二を逃がさないとでも言うかのように、強い力で
その腕を掴んでいるのだ。

「今日の昼休み、渡り廊下のところで菊丸と一緒にいただろう?」

手塚は自分と菊丸の存在に気付いていないと不二は思っていたのだが、
それは間違いだったらしいと言う事をその言葉で悟った。不二達のいた
場所から手塚達の姿が見えると言う事は、相手からもこちらが見える
位置にあると言う事。

「英二との関係って言われても、友達としか言い様がないんだけど...」

「友達がこんな事をするのか?」

そう言って手塚は、不二の身体を抱きしめた。

「てづ......」

不二が何かを言う前に、手塚の唇がそれを塞ぐ。最初自分の見に何が
起こったのかわからなくて、不二は驚愕に目を見開いた。舌が絡まる
激しい口付けに息苦しさを感じる。唇が離れた後は、苦しくて呼吸が荒くなっていた。

そんな不二の身体を抱きしめたまま、手塚は耳元で囁いた。

「菊丸でいいのなら、俺でもいいはずだ」

そう言って手塚は、不二のシャツの中に腕を忍ばせる。

手塚がこれから何をしようとしているのかを、不二は理解した。
それでも逃げようとはしなかった。

荒々しく身体を開かれて、不二はただ痛みに耐えていた。

『好きだ...』

薄れる意識の中で、不二はそう囁く手塚の声を聞いたような気がした。
それが現実なのか幻聴なのか確かめる前に、不二の意識は落ちていった。

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