薄暗い部室。

気を失っていた不二が意識を取り戻した時、部室の長椅子の上に横たえられていた。身支度は整えられていて、あんな行為があったのが現実だとは思えない。ただ身体に残る痛みが、夢ではなかった事を不二に教えている。

「気が付いたか...」

「...手塚」

一人この場に取り残されたと不二は思っていたのだが、手塚の存在を認めて少々戸惑いを感じていた。自分んの意識が戻るのを手塚はずっと待っていたらしい、そう思うと先程との行為にギャップを感じる。

強引に自分を抱いておきながら、何故またこんな風に優しく接するのかと。

手塚は不二の身体を気遣って家まで送ると言い出した。その言葉に不二は従う事にした。慣れない行為に実際身体は傷付いていた。身体だけではなくその心も。自分を傷つけた相手に頼るのもどうかと言う気持ちが全くないわけではなかったが、帰る途中で何かあった時の為に側に誰かいてくれたほうが良いかもしれないと目の前の現実を受け入れた。

ただそれだけ。

不二の家に着くまで、二人は並んで歩いていたが、会話は全くなかった。手塚は言い訳も何もしなかった。不二も何も聞かなかった。

不二を家まで送り届けると、手塚は何も言わないまま帰って行った。

家に帰ると不二はすぐにシャワーを浴びた。身体は身支度を整える時にどうやら手塚がタオルか何かで拭って綺麗にしてくれたようだが、気持ちの上で汚れを洗い流したいと思った。

一人になると何もかもが急に億劫になり、母親に夕食はいらないと告げるた。そのまま部屋に籠った不二は、ベッドに横たわって今日の事を考えていた。

手塚は何故あんな事をしたのだろう、そして自分は何故もっと抵抗しなかったのだろうと。

あの時、逃げようともっと力いっぱいもがいていれば逃げられたのではないだろうか。いや逃げられたはずだと不二は思う。それなのに、手塚に抱きすくめられて思わず身体の力を抜いてしまった。まるでそうされる事を望んでいるかのように。

自分で自分の気持ちが不二にはわからなくなっていた。

ただわかっているのは手塚との間にあった”友達”と言う関係が崩れてしまったと言う事実だけだった。

         ◇     ◇     ◇

不二を自宅に送り届けた後、手塚もまっすぐに帰宅した。

自室に入り手塚は自分の腕を見つめた。

腕に残る不二の身体の感触。

酷い事をしたと言う自覚はある。自分らしくもなくカッとなって不二に乱暴な事をした。その原因がどこになったのか、手塚にはわかっている。

昼休みの出来事、知らない女生徒から呼び出されて告白された。名前も知らない相手、何とも思っていない相手と遊びで付き合える程手塚は器用ではない。彼女の告白を手塚は断った。普通ならそれで終わりになるところだが、断られた後も彼女はしつこく食い下がった。今付き合っている人がいないのなら、他に好きな人が出来るまででいいから自分と付き合ってくれと。哀れみを抱くよりも、彼女に対する嫌悪感がだんだんと手塚の中にわきあがってきた。あまりにも勝手で一方的な言い分に辟易とした手塚は、一刻も早くその場を離れる事だけを考えていた。彼女を説得し、何とかその場を早く立ち去りたいと。

そんな時だった、ふっと向けた視線の先に不二と菊丸の姿が映ったのは。

二人のいる場所と手塚のいる場所とはかなり距離があったので、話している内容はわからなかった。二人が一緒にいる姿を見ながら、手塚は自分が更に不機嫌になっていくのをどこかで感じつつ、気のせいにしようとしていた。そして目の前にいる女生徒から解放される事に専念しようとしたのだが、二人の方が気になって集中できずにいた。

それまで手塚は、不二と菊丸の二人が特に仲がいいと言う話は聞いた事がなかった。二人とも同じクラブなのだから、一緒にいてもおかしくはないと思おうとした。同級生同士なのだから、二人が一緒にいる事もあるだろうと。何もおかしな事はないのだと、最初はそう思おうとしたのだ。菊丸が不二を背後から抱き締めたのを見るまでは。

その時、自分の中で何かが壊れるのを手塚は感じていた。

そして、その後の不二の態度。

あきらかに自分を避けているのだと察した手塚は、自分を止める事が出来なくなってしまった。今まで不二との間に築いてきた”友達”と言う立場を無くす行為だとわかっていても。

それでも...。

信頼を無くす事は何て簡単な事なんだろうと手塚は思う。

築き上げるのは大変なのに、壊すのは一瞬で出来るのだ。

まるでガラスが割れるように。

壊れたものは元には戻らない。

自分でも持て余すような感情の嵐が手塚の心の中で吹き荒れていた。

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