映像が途切れて、そこは先程までいたサエキの屋敷の風景に戻っていた。
「今のがアドレッセント王国で起こった事なのか...」　　　　　　　　　
　テヅカがぽつりと言った。今まで見ていた映像に知らず知らずのうちに
、額から冷や汗が伝っている。一つの国が一瞬で消えてしまったのだ。
それも無理からぬ事。映像を見ただけなのに、まるで自分がその場にいて
体験したような生々しさがあった。

「そうだよ、父と母はアンジッヒをこの世から消し去った。
自らの命を犠牲にしてね。僕はあの場にいて、ただ成り行きを見守ることしか出来なかった。

「気にするなと言っても無理だろうけど、フジの所為ではないよ。確かにアンジッヒの
魔力が暴走して、国は滅んでしまったが、ほとんどの住人達は早めに避難したので
無事だったんだ。フジが早々に住人達を避難させる事を決めて俺に指示したから皆助かったんだ」

こんな事を言ったところで、フジの心の慰めになるとは思えなかったが、何も言わずに
いる事はイヌイには出来なかった。自分があの時側を離れなければとも思ったが、
いたところで何が出来たと言うのかと自嘲したくもなる。

「我が国でも、事情を知った国王が、アドレッセント王国の住人を受け入れる様に
指示しているし。隣のアイスキングダム王国それは同じだと思う」

イヌイの言葉にサエキも頷いていた。自分を責めるフジを少しでも慰めようと、
そう付け加える。フジがイヌイに住人達の避難を指示した事は、間違いではなかった。
多くの人たちの命は間違いなく救われたのだ。国は消失しても彼等は生きている。

「今の映像を見て、自分の想像が正しかった事が判明したよ。やはり原因は
ラティオダンク王国から来たあいつが原因だったんだな」　　　　　　　
イヌイがフジを別れた魔術師ギルドへ戻った時、彼の姿と彼と仲良くしていた数名の
魔術師見習いの姿が消えていた。その事から、イヌイは事を起こしたのが、
彼等の仕業ではないかと疑っていたのだ。　　　　　　　　
　「イヌイの忠告に従って、我が国ではラティオダンク王国との交易を停止した。
そうするように我が国の王にそう進言したのは俺なんだけど、そうした事は間違いではなかった」　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
イヌイの言葉を信用したサエキが、いち早く動いて取った行動がそれだった。
ラティオダンク王国に対して芽生えた不信感が消えないかぎり、交易が再会される事はないだろう。

「そうだったんだ。それでこの国のラティオダンク王国との交易が...」　
　リョーマが船に乗れなかったわけだと、話を聞いていた者は皆納得した。
その件については事情が飲み込めたがまだ疑問も残っている。　　　　　　
「では、禁断の書、アンジッヒは、完全に消失したのか？」　　　　　　　
本当にそんな事が出来たのだろうかと、テヅカは半信半疑で呟いた
。そもそもアンジッヒが今まで破壊されず封印と言う形で保管されていたのは、
それが出来なかったからだ。破壊する事が出来ないから仕方なく封印したと言う事は、
テヅカも聞いた事がある。

「術が成功したのだとすれば、そう言う事になる。未完成だったから、
絶対にとは言えないけれど、僕が国のあった場所を見て回った時には、
それらしき物はその場にはなかった。アドレッセント王国では、ずっとアンジッヒを
破壊する手段の研究がなされていたんだ。これで術が失敗していたら、父と母の
した事はなんだったんだろうと思うよ」　　　　　　　　
　「そうだな、疑う様な事を言ってすまない...」　　　　　　　　　　　　　
テヅカの言葉にフジは首を横に振った。彼に悪気があって言ったのではないと言う事は
わかっている。感情的になってしまったのはフジの方だ。　
　「テヅカ、君たちが調べていたのは、アドレッセント王国が消失した理由だけでなく、
アンジッヒがその後どうなったのかと言う事も含まれているんでしょ？」　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「あぁ........」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「これでわかったでしょ？アドレッセント王国もアンジッヒも消えた。君たちの使命はこれで
終わった...。これで君たちは、それぞれの国に帰国できるね」　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
「確かにそうだが...」

真実を知ったと言うのに。これで使命が終わり晴れてプライム王国へ帰れると言うのに、
何だか釈然としない気持ちをテヅカは抱えていた。

「サエキ、お願いばかりで申し訳ないんだけど、彼はラティオダンク王国へ渡りたい
そうなんだ。今港では船の行き来を止めているそうだけど、何とかできないかな？」

リョーマの方を見ながら、フジはサエキにそう聞いた。リョーマと交わした約束をフジは覚えていた。

「わかった、何とかしてみるよ。それより皆疲れているだろう？今日はこの屋敷で休んでいってくれ」

サエキはそう言って皆に一部屋ずつ割り当てた。

　　　　　　　　　◆　　　　　　◆　　　　　　◆

皆に部屋を割り振った後、サエキはフジを誘って中庭に連れ出した。　　　
この屋敷の中庭は、屋敷と同様の落ち着いた造形になっていた。季節ごとに咲く花が
花壇に植えられていて、今は淡いピンク色の花が庭を埋め尽くす様に咲き誇っている。

「まずこれを返さないとね」

サエキはそう言ってフジの耳に手を伸ばすとイヤリングをつけた。それはフジがこの
屋敷の前で門番に取り次ぎをしてもらう為に渡したもの。そのイヤリングに使われている
青い石は、アドレッセント王国に代々伝わる特殊なもので、フジは幼い頃からそれを
身に付けていた。だからサエキにとってもそれは見知った物だった。フジが
この屋敷を訪ねた際、自分の身の証としてそれを使ったのもその為だ。

「有難う...」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「ところでフジは、これからどうするつもりなんだい？」　　　　　　　
　「どうするって？」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「フジがアドレッセント王国を再興したいと言うなら、協力するよ。そうなれば
イヌイもライズメア王国へ行く事を取り止めてそれに協力してくれるだろうし」　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
サエキの申し出に、フジは首を横に振った。
　　　　　　　　　　　　　
　「そんなつもりはないよ。アドレッセント王国は、その存在意義を失った」　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「フジ......」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
「君も知っているでしょ？アドレッセント王国は、アンジッヒの封印を守る為に、
あれを封印した魔術師達が立ち上げた王国だ。僕達アドレッセント王家の者は
その末裔、差詰めアンジッヒの番人だったってところかな？父と母はその使命を
まっとうするために命をかけた。そして念願であったアンジッヒをこの世から
消し去ると言う偉業を成し遂げた...」　　　　　
　「フジ......」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「守るものもなくなったのに、国を再興しても仕方ないよ」

サエキに呼び出される前に、イヌイとその事については話し合っておいた。
彼もサエキと同じ事を言ってくれた。フジがアドレッセント王国を再興するつもりなら
手伝ってくれると。けれどフジはその気はないと言う事をイヌイにはっきりと告げた。
アドレッセント王国の成り立ちが堂言うものであったかを知っているイヌイは、
フジの決意を知り、国を再興する事は諦めたようだ。二人とも祖国を無くしてしまった事に
様々な感傷を抱いている。けれどたとえ新しく国を興したところで、そこは元の
アドレッセント王国とは違うのだ。二人が無くしたものは、もう二度と戻る事はないのだ。
この衝撃から立ち直る為にも、イヌイはライズメア王国へ行くと言う気持ちを強めたようだ。
そこには彼の親戚がいて、彼の父も先に行って世話になっている。フジが生きている事を
父に話してもいいかと聞かれたので頷いておいた。イヌイの父はフジを子供の頃から
かわいがってくれた一人だ。今回の騒動でも、住人達の事をこの国の王に受け入れて
くれるように願い出てくれたりと、色々とイヌイと共に奔走してくれたようだ。落ち着いたら
自分から会いにいくと伝えてくれるように、フジはイヌイに頼んだ。

「それならフジ、ずっとこの国に止まる事は出来ないか？一緒に旅をしている仲間達は、
その目的を遂げたんだろう？だったらフジが彼等と旅をする理由もないんじゃないのか？」

「確かにそうだけど、でも、この国に残るつもりはないよ。本当は君を頼る事さえしても
いいものかと迷った。これ以上君に迷惑はかけられない」「迷惑なんて思ってないよ。
俺は、フジが頼ってきてくれた事を嬉しく思っている」
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「サエキ.........」　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
「ずっと子供の頃から好きだったんだ、フジの事が。言っておくけど、友達としてって
意味じゃないからね」

サエキはそう行ってフジを見た。その表情はどこか寂しそうに見得る。
まるで聞く前から答えはわかっていると言わんばかりに。

「サエキ、僕は...」

「男が男に告白するなんて、気持ち悪いとか思ってる？」

サエキの言葉に、フジは首を横に振った。
　　　　　　　　　　　　　　　
「そんな事思ってないよ。ただ驚いただけで...」
　　　　　　　　　　　
　自分でもそんな風に言える事が、不思議だった。以前のフジなら男から告白されるなど、
理解出来ない事だと嫌悪を示したかもしれない。　　　　　
「それなら、俺の事をそう言う意味ですきになってみない？月並みな台詞だけど、
幸せにするから」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　サエキの告白にフジは悲し気な表情をした。幼い頃からサエキを知っている。
昔から彼は優しくて、いつも穏やかな表情をしていた。フジも彼の事が嫌いではなかった。
でも同じ気持ちにはなれそうになかった。

「ゴメン、サエキ...。僕は...」

「誰か好きな人がいるんだね？一緒に旅をしてきた”彼”の事かな？」

言いながらサエキは一人の人物を思い浮かべていた。プライム王国の皇子だと
紹介された表情に乏しい一人の人物を。

「そうなのかもしれない。でも、よくわからない...」
　　　　　　　　　
　「否定できないって事は、認めている様なものだよ。好きなんだよね？
彼はその事を知っているの？」　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　聞かれてフジはまたも首を横に振る。テヅカとそんな話をした事もなければ、
そんな雰囲気になった事もない。彼が自分をどう思っているのかなんてわからない。
自分が本当にテヅカを好きなのかどうかもわからない。

「ゴメン...」
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
「そんなに謝ってくれなくてもいいよフジ。人の心は自由には出来ない、そんな事は
俺にもわかっている。だから気にしなくていい」
　　　　　　　
サエキはそう言って、少し寂しそうな笑みを浮かべるとフジの額にキスを落とした。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「サエキ...」　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「また何かあったら、いつでも頼って来て欲しい」　
　　　　　　　　　　
不安げな表情をするフジを安心させる様に、サエキは笑顔を向けた。　
　　「君に迷惑をかけてばかりいるような気がするけど...」
　　　　　　　　
　「それでもいいよ。フジの迷惑は、迷惑のうちに入らないから」
　　　　　
「有難う...」　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　フジはサエキの好意にそう言う事しかできなかった。

「ところでさ、聞きたい事があるんだけど、誰にあんなものを付けられたんだい？」　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　サエキはフジが自分を訪ねてくる原因となった首輪の事を聞いた。　
　　　
「それがわからないんだ。アドレッセント王国にテヅカ達と行った時に突然襲われて...」

フジはサエキにその時の状況を説明した。話を聞き終わったサエキは、
腑に落ちない事が有るのか、腕を組んで何やら考え込んでいる。

「フジは、それが誰の仕業だと思っているんだい？」
　　　　　　　　　
　「最初はラティオダンク王国の手の者が、僕が生きていると言う事を知って襲って
きたのかと思ったんだけど、今ではどうなのかなと疑問に思っている。リョーマ君から
、アドレッセント王国が滅んだ後、この国とラティオダンク王国の交易が停止している
と言う事を聞いたからかな」　　　　
　「そう、不自然な点が多いんだよね」　　
　　　　　　　　　　　　　　　
「サエキもそう思う？」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「あぁ、思うよ。その事については、彼にも意見を聞いた方がいいかな？」

サエキはそう言って、屋敷から中庭へと通じる通路に視線を向けた。

「テヅカ...」

そこにいた人物を見て、フジはその名を呟いていた。

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