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「アトベ、昨日の模擬試合への飛び入りはどう言うつもり？」

人気のないバルコニーに出るとすぐに、フジは昨日の事について尋ねた。昨日のアトベの登場は、不二にとっても予想外の事だ。

「あぁん、単なる気まぐれだろ。何をそんなに目くじらを立てているんだ？」

普段は優し気な笑みを浮かべている事の多い幼馴染みが、眉を顰めて自分を問いつめる様をからかうようにアトベが言う。

「気まぐれで試合に出て、テヅカに何を言ったの？」

眉を寄せたまま、フジはそう口にした。

「何の事だよ？」

「昨日の模擬試合の時の事だよ。試合中、テヅカに何か言っていたよね？」

「あぁ、言ったぜ。それがどうした？」

「テヅカの様子がおかしかったから...」

その事とアトベの言動が関係しているはずだとフジはおもっているのだが、テヅカにははぐらかされ実際何を言われたのかは教えてもらっていない。

「ふぅん...」

アトベは、口元にどこか人の悪い笑みを浮かべた。フジの様子から、テヅカがその事について何も言っていないのだと言う事を悟る。チラッと広間へ視線を向けると、こちらを気にしている様子のテヅカの姿が見えた。　
　その様子を見て、アトベは僅かに溜飲を下げる。　　　　　　　　　　　　
フジがテヅカを選び彼のものになったからと言って、長年の想いを急に消す事等出来ない。アトベは幼い頃からフジに淡い恋心を抱いていた。それを突然現れたテヅカに横から攫っていかれて、内心では複雑な思いを抱いている。幼馴染みがそれで幸せになるのならなどと言う偽善的な事は、アトベには言えない。彼はどこまでも自分の気持ちに正直だった。

「アトベ...」

答えてくれないアトベに、フジが焦れた様に名を呼ぶ。

「知りたいなら、テヅカに直接聞けよ」

最初から何を言ったのかなど教えるつもりのないアトベは、そう言って笑った。言えば自分を物扱いするのかとフジは怒るだろうと言う事が想像できる。言えるはずもなかった。

「.........」

「何だよ、奴には聞けねぇのか？」

黙り込んだフジをからかうようにアトベが言う。

「聞いたよ、でも...」

「答えてくれなかったってか？」

「.........」

「そんな怖い顔するなよ。まぁ、怒った顔も魅力的だがな」

アトベは、フジの顎に手を添えると上を向かせた。その手をフジが払いのける。

「...君は、何が目的でこの国へ来たの？」

自分を怒らせる為に来たのかと問う様なフジの口調に、アトベは口元に笑みを浮かべる。

「慣れない土地にいる幼馴染みの様子を見にきてやっただけだろうが」

「本当に？」

「何だよ、やけにつっかかるじゃねぇか？」

「だって...」

「せっかく会いにきてやったんだ、そんな顔ばかりしてないで、もっと笑ってろよ。明日の見送りの時まで、そんな不機嫌な顔をしているつもりか？」

一国の国王が、そうそう長く城を空ける事は出来ない。アトベは明日の午後には、この国を去る事になっている。

「...わかったよ。会いにきてくれて有難う」

肩から力を抜くと、フジはようやくアトベに向かって笑顔を見せた。アトベに言われた事ももっともだと思ったからだ。自分を心配して、遠方からわざわざ会いにきてくれた幼馴染みの気持ちが嬉しくないわけではない。ただもう少し波風立てずにいてくれたら、もっといいと思うのだが、アトベの態度が変わらないのを見て、それは諦める事にした。テヅカがこれ以上不愉快な思いをしなくて澄む様にと、フジはそれだけを祈っていた。

「あぁ、そうしている方がお前らしい」

そう言うとアトベは、わざとフジの頬に手を添えた。全く知らない相手にそんな事をされれば、フジは身体を強張らせてそれを避けただろうが、幼馴染み相手にそんな事をされても気にはならない。

アトベは不二に気付かれない様に、ずっとこちらを伺ったままのテヅカに挑戦的な視線を向ける。フジがどうしているのか、その様子を見る為にこの国へ来た事は嘘ではないが、昨日テヅカに宣言したように、あわよくばフジを攫っていきたいと言う気持ちもある。実際テヅカとの仲が上手くいっていないようなら、そうしようと思っていた。　
　　　　　　　　　　
フジの様子を見る限り、そうする事はできそうにないので、今回は諦める事にするが、多少の意趣返しくらいはしたかった。

険しい顔でこちらを見ているテヅカに、アトベは満足そうに微笑んだ。

宴の間中無表情の中に不機嫌さを見せているテヅカを、オオイシとエイジは心配そうに見守っていた。

　　　　

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