「どうしたの、おばあちゃん？まだ具合が悪いの？」
　　　　　　　　　
　サクノは祖母にそう聞いた。フジの魔術でライズメア王国の入り口まで
送られた二人は、すぐさま宿屋で宿を取っていた。　　　　　　　　　　　
　「いや、もうすっかり良くなったよ。サクノちゃんも疲れているだろ？
今日はもう休んだらどうだい？」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「うん......」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
祖母の様子がどこかおかしい事に気付きながらも、サクノは言われた通りに
する事にした。実際この５日間の疲れが溜まっていて、ベッドに入るとすぐに
眠気が襲ってきた。

「生きていて良かったと思う事が出来るようになる日がくるんだろうかね」

祖母の呟きはサクノには聞こえていなかった。彼女には、その呟きが誰に
対して向けられたものであるかも、知る事は出来なかった。

　　　　　　　　　　　　　　　　5

道路は人が頻繁に通る為、草はそれほど生えていないものの、どちらかと言うと
自然に近い形で残されている。石畳を敷いたりなどはしておらず、道路として
加工された形跡はほぼない状態だ。　　　　　　　　　　　　　
自然と共存する国、スクオッシュ王国。　　　　　　　　　　　　　　　　
華やかな雰囲気のライズメア王国に比べると、のんびりとした趣のある国である。
この国には古くからの建物等が現在も残されていたりして、遺跡の研究者や
観光客でいつも賑わっている。その為、他の国に比べて宿屋の数が多いのが特徴なのだが。

「ここも駄目だったか.....」

宿屋から出て来たユキムラとサナダは、テヅカに向かって首を横に振った。
その様子を見て状況を悟ったテヅカは、そう呟いた。　　　　　　　　
スクオッシュ王国の城下町へと辿り着いた４人は、いつもの様にまず宿屋を
探す事にした。他国に比べて宿屋が多い国と言われるだけあって、宿屋はいくつも
見つかったのだが、どこも泊まり客がいっぱいで空いている宿がなく探している
ところなのだ。昨夜は野営をしているので、今日は宿屋に泊まって
休みたかったのだが、この調子では今夜も野営と言う事になるかもしれない。

「向こうの通りにも宿屋があるみたいだから、俺とサナダで行って見てくるよ」
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
「すまない...」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
テヅカはユキムラ達に軽く頭を下げた。

「フジ、あそこに飲みものを売っている屋台がある。何か買ってくるから、
そこで待っていろ」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
テヅカは道路脇に生えている木陰で待つ様にフジを促す。　　　　　　　
　「うん.......」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　テヅカの言葉にフジは素直に頷いた。剣士として日頃から鍛練している
テヅカ達に比べると、魔術師であるフジは体力的に劣る。　　　　　　　　　
フジは自分から疲れたと言う弱音は吐かなかったが、他の３人と比べると
疲労の色が濃い様に見えた。砂漠で予定外に魔術を使った事も、体力の
消耗に関係していると思われる。

テヅカに言われた通り木陰に入ったフジは、気の太い幹に寄りかかった。

「あれ......？」

その時、どこからか素っ頓狂な声がフジの耳に届いた。
フジが正面を見上げると、一人の知らない男が目の前に立っていた。
何者だろうと、フジが男に視線を向ける

「！............」

男の突然の行動に、フジは言葉が出なかった。何を思ったのか、
男は突然フジの胸に両手を置いたのだ。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「...ない、やっぱり男だったんだ。残念、せっかく好みのかわいい子に
出会えてラッキーって思ったのに」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
手のひらから伝わる平らな感触に、男は大げさなため気をつく。フジの胸に
手を置いたまま、男がそんな勝手な事を言った時だった。

「何をしている....」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
一瞬のうちに、男の首筋に正面からナイフが突きつけられた。　　　　　　
「テヅカ...」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
突然目の前に現れたテヅカが、男の側からフジを引き離す様に自分の方に
抱き寄せる。テヅカは右手でフジを自分の方に抱き寄せて、ナイフを持った
左手を男の首筋へと向けていた。その足元には、買ってきたものと思われ
る飲み物のグラスが落ちていた。　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「あらら、保護者がもう戻ってきちゃった」　　　　　　　　　　　　　　
首筋にナイフを突き付けられていると言うのに、男は全く動じていない
様子でそう言った。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「フジに何をした...」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「何って、ちょっと胸を触って性別を確認しただけだよ」　　　　　　　　
男は悪びれもせず、ぬけぬけとそう言う。その言葉を聞いたテヅカは
、不愉快そうに眉を寄せた。被害にあったフジよりも、テヅカの方が目の
前の男に対して怒りを覚えている様に見える。　　　　　　　　　　　　　　　

「テヅカ、人が...」

テヅカの胸に抱かれながら、フジは周囲を見ていた。この騒ぎを何事かと
見に近寄ってくるやじ馬達を見て、テヅカにナイフを引いた方がいいと言う様に
声をかける。こんな風に注目を集めるのはテヅカも本意ではない。
「随分と、怖い保護者がついているんだね」　　　　　　　　　　　　　　
テヅカがナイフを男の首筋から引くと、男は本当にそう思っているのか疑わしい
口調でフジにそう言った。これから喧嘩でも始まるのかと期待して集まりつつ
あったやじ馬達は、テヅカがナイフを引いたのを見てどこか残念そうに散っていった。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
「テヅカは怖い保護者じゃないよ。そっちが変な事をしなければ」　　　
　「変な事って、ちょっと胸に触っただけなのに」　　　　　　　　　　　
　「それで十分だと思うけど。普通しないよそんな事」　　　　　　　　　　
「心外だなぁ、普段からそんな事をしているわけじゃないよ。君の場合
どっちかなぁと迷ったからそうしただけで」　　　　　　　　　　　　　
　「...そんな事をしなくても、聞けば良い事だと思うけど」　　　　　　　
　「え～、そんな事を聞くのは失礼かと思って」

男はにこにこと笑ってそう言った。

確かにそんな事を聞かれれば、不愉快な思いをするだろうが、突然胸を
触るよりはマシだろうとフジは思う。二人の会話を聞いているテヅカの表情は
、険しいものになっていた。

「フジ、行くぞ...」

さっさとこの男の側を離れたいと言わんばかりに、テヅカが踵を返す。　　
「ちょっと待ってよ、せっかく知り合えたのに。お兄さん達、宿が取れなくて
困っているんだろ？今のお詫びに、俺の家に泊めてあげるよ」　　　　

「その好意に甘えさせてもらった方がいいかもね」

断るとテヅカが言おうとした時、それを割って入る声があった。

「ユキムラ...」

男に気を取られているうちに、いつの間にかユキムラとサナダが側に来ていたのだ。

「向こうの通りの宿屋もやっぱり宿泊客がいっぱいで、宿は取れなかったよ」

ユキムラがそう言うと、サナダもその言葉を裏付けるように首を縦に振った
。二人がどの辺りから話を聞いていたのかはわからないが、男の申し出を
受けた方が無難だと言っているのだ。　　　　　　　　　　　　　　　
　「そうそう、そうした方がいいと思うよ？」　　　　　　　　　　　　　
　男はにこにこと笑ってそう言っている。テヅカとしては不本意この上なかったが
、状況的に仕方なく男の好意に甘える事にした。　　　　　　　　
男は自分の名前をセンゴクと名乗った。宿代は払うとテヅカが言うと、
センゴクはいらないと首を横に振った。

これは先程の失礼のお詫びだからと。

センゴクの後を付いて、テヅカ達は大通りの方へと出た。そこも人がいっぱいで
、通りに入ってすぐは人とぶつからないように周囲に気を配って歩いていた。
大通りを歩いてしばらくすると、人通りも減ってきた。

そのまま通りをまっすぐに進むと、この国の城へと続いている。城がすぐ道の
向こうに見えてきたところで、センゴクは大通りからつながっている別の道へと
進む方角を変えた。

城へ続く道から路地に入ると、そこは街の賑わいに比べると閑静な一角だった。
それもそのはずで、王城付近に位置するその地域は貴族達の屋敷が立ち並ぶ
場所で、一般の人々は滅多に近寄ったりはしない。　　　　　　
こんな所に用もないのに近寄れば、怪しいものとして衛兵に捕まるのが関の山である。

一軒の立派な屋敷の前で、センゴクは立ち止まった。

守衛に何か話しかけると、すぐに門が開かれて、テヅカ達は正面から屋敷へと通された。

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