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それを不二が手にしたのは、全くの偶然だった。

テニス部の部室は普段から適度に整理整頓されているが、それでも全く無駄な物がないわけではない。数年前の卒業生が置き忘れていったのか捨てていったのかわからない古びたラケットなど、持ち主不明の者等がロッカーの中や部室の片隅に残っていたりする。　　　　　　　　　　　　　　
それらの中には、完全に捨ててしまってもいいのではないかと思う様な物もあった。

私立の学校とは言え、専用の掃除婦さんがいるわけでもなく、当然部室の掃除も生徒達が行う事になっている。
運動部の部室の掃除となれば、大抵一年生の仕事と相場が決まっていた。

その日の掃除当番は不二で、部活が終わった後、ロッカーの上に叩きをかけていた。すると埃ではない内かが叩きに引っかかったような感じがして、手を引くと、何かが落ちて来てロッカーとロッカーの間に有る隙間に転がっていった。転がっていった物が何だったのかは、一瞬の事だったので確認する事は出来なかった。

誰かが置き忘れていったままになっているいらない物なら、そのまま放っておいても良かったのだが、絶対にそうだとも言い切れない。

考えた末、不二はロッカーをずらしてそれを拾う事にした。

部員全員の荷物が入っている時なら、一人で動かす事に苦労しただろうが、この時間に残っているのは、掃除や片づけをしている一年生だけである。ほとんど空の状態のロッカーを動かす事に、さほどの苦労はなかった。動かして出来たロッカーの隙間を覗いてみると、そこは溜まった埃と砂でいっぱいだった。普段誰もそんなところまで掃除したりしないからそれも当然の子と。

その中に銀色をしたコインが落ちていた。ロッカーの上から転がり落ちたのは、これだったのだと不二は当たりをつける。１００円玉くらいの大きさのコインは、どこかのゲームセンターのメダルゲーム機で使われている物だと思われた。こう言う物は、ゲームセンターから持ち出してはいけない事になっているはずだが、こっそりと持ち出してしまったのだろう。　　何のつもりでロッカーの上に置いたのか、ただ単に置き忘れたのかはわからないけれど、これを置いた本人が取りにくる可能性が全くないとは言えない。

不二はコインを拾おうと腰を屈めた。

その時、コインが落ちている場所より更に奥の部分に、何かが有るのが目に入って手を伸ばした。明るい所で見てみると、それは、枯れた花に結ばれた紙だった。神社でおみくじを引いた後、そこにある木の枝に引いたおみくじを結んでくる。それと良く似た感じで、その紙は花に結ばれていた。花が枯れる前は、風情な趣が有ったのかもしれないが、今となってはただのゴミにしか見えない代物。

取りあえず、不二はそれを空いているロッカーの中に拾ったコインと一緒に入れた。そしてロッカーをずらしたついでに、箒を持って来て隙間に溜まった埃と砂を掃く。すっきりときれいになったとっころで、ロッカーを元の位置に戻し、コインは元通りロッカーの上に戻した。

もう一つの拾い物に、不二は視線を向ける。

このままゴミ箱へ捨てようかとも思っただが、何かが気になってそうする事が出来なかった。

再びそれを手に取ってみる。

気になるのは枯れた花ではなく、花に結ばれた紙の方だ。これがくしゃくしゃに丸められていたのなら、そのままゴミとしてさっさとゴミ箱へ捨てていただろう。何故わざわざ花に結んであるのか、この用紙に何が書かれているのか、それが気になるのだ。

意を決してフジが紙の結び目を解こうとした時、不意にドアを開く音がした。

「不二、まだ掃除は終わらないのかい？」

ドアの隙間から顔を覗かせたのは、不二の同級生の乾だった。　　　　　　他の同級生と同様に、コートの片づけ等をしていたはず。その彼が顔を覗かせると言う事は、どうやら外の片づけは終わったらしい。

「ゴメン、もしかして終わるのを待っていた？こっちも、もう終わっているから、着替えられるよ」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　「わかった。皆にもそう言ってくるよ」

乾はそう言うとドアを閉めた。

ドアが閉まった後、不二は咄嗟に隠してしまった拾い物を、皆が来る前にロッカーの上に置いた。やはり捨てると言う気になれなかったからと言う事と、だからと行って持って帰ると言うのも躊躇われた為だ。
　　　　　　
そうこうしているうちに、皆が部室へと入って来た。
　　　　　　　　　　
着替えを済ませ、各々帰り支度を始める。フジも着替えを済ませると、帰る為に部室のドアを開けた。

「やぁ」

「乾.........」

不二がドアを開けると、部室の脇に乾が立っていた。疾っくに帰ったと思っていた乾に声をかけられて、
不二は少し困惑していた。　　　　　　　
「途中まで一緒に帰らないか？」　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　
「いいけど...」
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
特に断る理由もなくそう答えたものの、わざわざ自分を待っていたかの様な乾の態度に、不二は腑に落ちない物を感じていた。乾とは特に仲が悪いと言うわけでもなく、かといって仲がいいのかと言われると微妙な関係。これまで二人だけで一緒に帰った事等もなかったし、そう思っているのはお互い様だと思う。だから今日のように、乾が自分を待ってまで一緒に帰ろうと誘うのには、何か理由があるのだろうと不二は考えた。
　　　　　　
その考えが間違っていなかった事は、すぐに証明された。

「不二、さっき隠した物って何だい？」
　　　　　　　　　　　　　　　　
並んで歩き出してすぐに、乾はそう聞いていた。
　　　　　　　　　　　
　「見ていたんだ？」　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
どうやら乾はフジが咄嗟に拾い物を隠した事に気付いていたらしい。その事を聞くために一緒に帰ろうと誘ったのだと言う事が、その問いかけではっきりとした。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「あぁ、もしかして聞いてはいけなかったのかな？」
　　　　　　　　　　
乾がそう聞くと、不二は首を横に振る。条件反射で咄嗟に隠しはしたが、よくよく考えると隠さなければ
いけないような物ではない。

「そんな事はないよ。ただの拾い物だし」
　　　　　　　　　　　　　　
　「拾い物？」
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「そうだよ。部室を掃除していて見付けたんだ。枯れた花に結ばれた紙をね」
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
「枯れた花に結ばれた紙？」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「うん。神社でおみくじを引いた時に、木の枝におみくじを結んでくるよね。
あんな感じで花に結ばれていたんだ。何か意味深だと思わない？」　
　「そうだね。それで、その紙には何か書かれていたのかい？」
　　　　　
　興味を引かれたのか、乾は不二にそう聞いてきた。

「わからないよ。紙を解いて見る前に、君が来たからね」
　　　　　　　
　「そうか。それで、その紙はどうしたんだい？もしかして、捨ててしまったのかい？」　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「気になって捨てられなくて、部室のロッカーの上に置いてきちゃったよ...」

興味津々と言った様子で聞いてくる乾に、不二は苦笑してそう打ち明けた。

「成る程ね。で、勿論、確認するつもりなんだろう？」

「うん......」

「不二、俺もその紙に何が書かれているのか興味が出てきたよ。俺にもそれを見せてくれないかい？」

「いいよ」

乾の言葉に、不二はそう答えた。

元々不二の物ではないし、嫌だと言ったところで、置いて来た場所まで教えたのだ。
見ようと思えば乾は不二にそれを断る事なく見る事も出来る。

そして二人は、翌日それを一緒に確かめる事を約束した。

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