『越前......』                             
そう自分の名を呼んで、不二が顔を近付けてきた。
まさかと戸惑っているうちにその唇が触れて...。

そこで、リョーマの意識は覚醒した。

「夢...」                             
 やっぱりと言う思いから、リョーマはベッドに半身を起こしたまま、額に手を当てた。
 (考えてみれば、あの人があんな誘うようなまねするわけないか。今まであの人の方から
キスしてきた事なんて、一度もないし...)
 夢の中のリアルな唇の感触を思い出し、リョーマは自分の唇に指で触れた。
現実でも不二とキスをした事はある。二人が恋人として付き合うようになってから数回。そ
れらは全てリョーマから不二に触れたもの。付き合いはじめてから今まで、不二からキスされた
ことは一度もなかった。
(付き合っているはずなのに...。あの人は今も遠いところにいる)
付き合いはじめた頃は、その事実が嬉しくて、あまり深い事は考えた事はなかった。
つき合いはじめる前よりも、今の方が不二との距離が遠くなったような気がする。それが、
今のリョーマの偽らざる気持ちだ。
不二の心が見えない...。
そう言う関係を持つ事だけが全てだとは思わないけれど、何も求められない事に不安を
感じているのは事実だった。そんな考えを振払うように、リョーマはもう一度布団に入った。
まだ、起きるには早い時間である。眠ればまた気分が変わるかもしれない。
そんな願いを込めて...。

翌日。

いつものように授業が終わった後、部活の為に部室へとリョーマは向かっていた。
そして、部室のドアノブに手をかけた時、ドアがやけに軽く開いた。しまったと思った時には、
そのまま後ろに倒れ込んでしまっていた。
(痛い...、って言うか、重い...)

 どうやら部室の中から出ようとしていた誰かと、タイミングが重なってしまい、
同時にドアを開けようとしたらしい。そして、体の上に感じる重みから、自分が倒れた時に、
その誰かが自分の上に一緒に倒れ込んでしまったのだろうと、妙な所で冷静に考えていた。
そのリョーマの考えを肯定するかのように、部室の中から声が飛んできた。
            
 「不二~、早くどいてあげないと、おチビ潰れちゃうよ」
       
 それは菊丸の声だった。
                         
 (不二先輩?)
                          
 菊丸の言葉から、自分の上に倒れ込んでいるのが不二だとわかって、リョーマはドキッとした。
それも一瞬で、不二は菊丸の声に反応するかのように身を起こすと、上からリョーマの顔を
心配そうに覗き込んできた。
「ゴメンね、越前。怪我しなかった?」
                
 「大丈夫っス、先輩は?」
                     
 「僕も、大丈夫」                         
 そう言って不二は、リョーマの腕を引っ張って、体を起こしてくれた。  
「不二~、練習行くよ」                       
「待って、英二」                         
 菊丸に呼ばれて、不二はさっさとその後を追って行った。その場に座ったまま、その様子を見ていた
リョーマは一人溜め息をついていた。      
またも昨夜の夢を見た後と同じ思考に陥りそうになって、頭を振った。 
 今から部活なのである、そんな事を考えている暇はない。そう自分に言い聞かせると
、着替えを済ませてコートへ向かった。           

リョーマがコートへとたどり着いた時、不二はすでに菊丸とコートで軽く打ち合っていた。
相変わらずキレイなフォームで打っているなと、その光景を少し見入っていると、後ろから声をかけられた。
         
 「二人が、まだ清い関係な確率、98%ってところかな」
        
 乾だった。誰との事を言われているのかわかって、リョーマは後ろを振り返った。
                             
 「何でそんな数字が出てくるんスか?」
                 
どうしてそんな事がわかるのかと、疑いの眼差しを乾に向ける。すると乾は当然だと言わんばかりに
、眼鏡を押し上げた。           
 「さっきの二人の様子を見ていたら、わかるよ。二人の間に、色気が全くない」                               
どうやら先ほどの部室に入る時の一件を、どこからか見られていたらしい。相変わらず、
よくわからない人だと思いながらも、リョーマは乾に質問していた。
                           
 「どう言うところが?」
                      
 リョーマが聞くと、乾は聞きたいのかいと言うように首を傾げると、その質問に答えるように話しだした。
                  
 「さっき、君の上に不二が倒れ込んでいたけど、君の事を意識している様子はまるでなかったからね」                     リョーマも薄々気がついていた事柄を、乾は後押しするかのように言い切った。黙り込んだリョーマに、
乾は話を続けた。           
「図星かい?二人が付き合いはじめて、二ヶ月ぐらいだったっけ?以外と奥手だったんだな、越前」                      言われたくない事を言われて、リョーマは少しムッとした表情をした。 
 「そんな事、乾先輩には関係ないと思うんスけど」            
自分と不二が付き合っていようが、その付き合いの内容がどの程度だろうが、他人には関係ない事である。                   「まぁまぁ、ちょっと協力してあげようと思ってね」         
 気分を害したリョーマを宥めるように乾がそう言った。         
 「協力?」                             
リョーマが胡散臭気な視線を向ける。
                           
 「これを飲ませれば、相手をその気にさせられる事間違い無し」
     
 「............」
                           
 自信有り気に言う乾から、思わずリョーマは後ずさっていた。
     
 「遠慮するっス」 
                         
そして、その怪しい液体を押しつけられる前にと、早々に乾の側を離れた。
そして、適当にストレッチで体を解して、練習に入る前の準備を始めた。
まだ乾が残念そうにこちらを見ていたが、あえて気付かなかったふりをする事にした。
そんな怪しい薬の力に頼りたいとは、思わなかった。  そして、その日の練習が
終わった後、リョーマは不二を誘う決心をした。

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