それは、何気ない一言から始まった。
                
 「夏休みに、どこかへ旅行に行きたいにゃ~」 
            
梅雨にはいり、ジメジメとした日が続く中。その日は雨の合間の晴天だった。休み時間に、教室の中から外を眺めて菊丸がそう呟いた。    
 「どこでもいいの?」 
                      
 同じ方向に視線を向けて、不二が言う。向かいに座っている菊丸に、視線を戻すと、明るい笑顔が向けられた。                 
「うん。どこか行きたいってところがあるわけじゃないんだけど、せっかくの長い休みなんだからさ~。遠出してみたいじゃん」        
 「だったら、うちの別荘へ行く?」
                 
 「えっ?」 
                           
 「夏に避暑で使っている所だけど、今年は裕太も寮から戻ってくるかどうかわからないし...」
                        
 だから家族で行く事はないから、行く気があるのなら使えるように許可を取ってみると不二が言った。                    
 「行く!」
                             
「わかった。それじゃあ母さんたちにそう言っておくよ」 
       
迷う事無く言った菊丸に、不二はクスクスと笑ってそう答えた。
    
 「ねぇ、どうせなら大石と手塚も誘わない?」
              
親友と二人での旅行も楽しいが、恋人が一緒ならもっと楽しいに違いない。
楽しい事が大好きな菊丸がそう提案する。不二もそれに頷いた。
   
「それじゃあ、大石には英二がそう言っておいてよ。手塚は僕が誘っておくよ」                               
「わかったにゃ~」 
                        
二人の意志は確認していないが、否とは言わないだろうと二人は思っている。そうして、夏休みの計画は着々と進んでいったのだった。



夏休みの前日。

終業式が終わり、既に帰ってしまった生徒も沢山いて、教室の中閑散としていた。
                             
 「明日からが楽しみだね」 
                    
 「これで宿題がなければもっと楽しいんだけどにゃ~」 
       
 不二の言葉に菊丸は、そう答えた。帰り支度をしながら、二人は明日からの事について話し込んでいた。
計画した通り、菊丸と不二、そして大石と手塚の四人で明日から旅行に行く事になっている。
行き先は不二の家が所有している、軽井沢にある別荘。                   
不二が楽しみだと言ったのは、夏休みの事ではなく、明日からの旅行についての事。
菊丸はそれを夏休みが始まる事だと思ったので、二人の会話は微妙にずれてしまっていた。
それに気付いた不二が、からかうように菊丸に言う。
                             
 「毎年の事なのに、そんなに夏休みの宿題が嫌いなんだ?」 
      
 クスクスと笑いながら言う不二に、菊丸が唇を尖らせて少し拗ねた口調で言う。                              
 「...宿題が好きなやつなんて、そうそういないと思うにゃ~」 
      
「まぁ、そうかもしれないけど...」
                  
約一名、宿題何て何の苦にも思っていないだろう人物が脳裏に浮かび、不二は曖昧に答えた。                        
 「絶対そうだって!明日からの旅行は楽しみだけど、帰って来てから宿題をやるのが憂鬱だにゃ~」                     
 「だったら、宿題も持っていく?皆で夜勉強会でもすれば、8月の終わりに慌てなくて済むよ」                        
「えぇ~っ!せっかく遊びに行くのに、そんなの持っていきたくないにゃ~!」                              
 とんでもないと菊丸が頭をブンブンと振ってそう抗議する。
      
 「後で困っても知らないよ?それに一緒に行くメンバーがメンバーだから、一応宿題も持っていった方がいいと思うけどなぁ...」         
手塚だけでなく、大石も真面目だから、旅先にも宿題を持っていくのではないかと不二は予想している。不二がそう言うと菊丸は目を丸くした。 
 「いくらあの二人でも、まさか...」 
                
 「一泊の旅行ならともかく、二週間も向こうにいる事になるんだよ?あの二人が夏休みの宿題に追われている姿なんて想像できないから、持っていくと僕は思うんだけどな...」 
                   
 「...不二は持っていくつもりなの?宿題...」
              
そう言われるとさすがに不安になって、菊丸が恐る恐る不二にそう聞いた。不二はその言葉に軽く頷いてみせた。              
 「一応ね...」 
                          
 「そっか...。じゃあ俺も持っていこうかな~」 
           
 「そうしなよ」
                          
 備えあれば憂いなしだからと不二が言う。最初は不満そうにブツブツ言っていた菊丸だったが、その言葉に頷いた。               
「そうだ、ラケットも持っていっていいんだよね?」 
        
 「うん。向こうにコートがあるから、テニスも出来るよ」
        
何でも無い事のように不二が言う。 
                
 「凄いよにゃ~」 
                        
 「何が?」
                             
テニスコートのある庭付きの別荘を持っている事に付いて、不二はさほど特別な事だとは思っていないらしい。惚けているわけではなく、本気で首を傾げている不二に、菊丸は溜め息まじりにこぼす。
          
「にゃんでもない...」 
                      
 「そう?それより英二、そろそろ帰らない?明日からの旅行の準備もあるし...」                              
 教室を見回すと、いつの間にか二人以外の人影はなくなっていた。皆、明日から夏休みに入ると言解放感さっさと帰宅してしまったらしい。   
 「うん。明日は駅で9時に待ち合わせだったよね」 
        
  翌日の待ち合わせ時間を確認し、二人は教室を後にした。

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