暑い夏の昼下がり。辺りにはボールを打つ音が鳴り響いていた。
    
 別荘の庭にあるテニスコートで、その日、大石と手塚が軽く打ち合っていた。
菊丸と不二は庭に座ってそれを見ていた。
            
 そして、その光景を見ながら不二が、独り言のように呟いた。
     
 「...僕って、手塚に嫌われているのかな」
               
それを聞きとがめた菊丸が、隣に座る不二の方を見た。
        
 「はっ?にゃにそれ?手塚と何かあったの?」
            
 「何も無いけど...。ただ今朝だって、挨拶した後すぐに視線を逸らされたし...。
話しかけても返ってくる言葉は短いし、何となく困ったような表情をされるんだよね...」
                        
英二たちは、そんなことないのにと、不二は溜め息をついた。
     
 不二が記憶を失ってから、3日が経とうとしていた。 
         
その間、3人と接しているうちに、不二は他の二人と違い、手塚だけ自分によそよそしいと
感じる事が何度かあったのだ。気のせいなのだろうかとも思ったのだが...。 
                       
 「手塚があんまり喋らないのは、普段からだよ。別に不二だからとかそう言うんじゃないから、
気にしなくていいと思うけどにゃ~」 
      
「...そうなんだ?」                         
「そうそう」                           
 満面の笑顔で言われて、不二は頷いた。けれど、完全に納得したわけではなかった。
                            
 「お~い、英二!」
                         
大石が菊丸を呼んだ。どうやら交代の順番がきたらしい。不二が参加できないので、ローテーションで
打ち合いをすることにしたのだ。菊丸と入れ替わるために、手塚が不二の方へと向かって歩いてきた。
そして、菊丸がコートへと向かおうとする。その時、不二が菊丸に声をかけた。     
「ゴメン、英二。僕ちょっとその辺を散歩してくる。手塚と大石にそう言っておいて...」
                         
 「不二.....?」 
                          
 突然の不二の言葉に、菊丸は訝し気な表情をした。そんな菊丸が、それ以上何かを言う前に
、不二はその場を離れていた。急にこんな事を言い出して、どうしたのだろうと思われているだろう。
でも、そうせざるを得なかった。不二は、手塚が側に来るのが怖かった。           
 また話しかけて、素っ気なくされたら...。そう思うと胸が痛む程辛い。  
菊丸は自分を励ますように、いつもの事だと言ったが、本当の所手塚がどう思っているかはわからない。                    手塚の態度に、何故、自分が傷付くのか。その自覚がないままに、不二は別荘を後にしていた。

「手塚のせいだからな」 
                      
訳が分からずに立ち尽くしている手塚に、菊丸がそう言った。 
    
 「...俺の?」 
                          
 「手塚に、嫌われているんじゃないかって、不二が言ってた。手塚ってば、不二にどんな態度で接していたんだよ?」             手塚を責めるように、菊丸が言った。 
               
 「英二...」
                            
 言い過ぎだと、大石が菊丸を戒めるように言う。
           
 「だって...」 
                          
 「.........」 

                           
 菊丸に言われた事は、手塚に少なからず衝撃を与えた。確かに手塚は、不二が記憶を失ってから、
出来るだけ接する事を避けていた。自分の事を忘れてしまっている不二に、手塚は菊丸のように
何も無かったかのように話しかける事は出来なかった。                    
 手塚も辛かったのだ。
                       
 自分の事を、自分との想い出も何も覚えていない不二と接するのが。  
 変わらぬ笑顔で話しかけてくる不二。けれど、今、その心の中に手塚はいないのだ。全く同じようでいて、
時々戸惑うように向けられる視線。  
 今まで側にいるのが当たり前だった存在。              
 それが今は、こんなにも遠い...。


緑に囲まれた散歩道を、不二は行く当ても無く歩いていた。       
思わず逃げるように飛び出してきたものの、目的地があるわけではない。
皆急に飛び出した自分を、どう思っているだろう。帰ったら何か言われるだろうかと思うと、少し気が重い。                  そんな事を思いながら歩いていると、緑の木立の合間から建物が見える事に気が付いた。
ここも誰かの別荘なのだろうと思われる、洋風の建物。  その別荘の庭にも、テニスコートがあった。
              
 誰かがテニスをしているのが見える。そこに近づくにつれて、ボールを打ち合う音が、緑の木立の中を
響いてきた。不二は、思わずそこで足を止めてその様子を見ていた。足を止めてしまったのは、飛び出して
きた自分の別荘と様子が似ていたためだろうかと不二は思った。しばらく、ずっとそこでそうしていると、
コートに入っていた一人が、不二の存在に気付いたらしい。その人物が、不二の方へと歩いてきた。
           
 「久し振りだな。もしかして、クラブの合宿か何かで来てるの?」
    
親し気に話しかけられて、不二は困惑した。
             
 「君...、誰...?」 
                         
 不二の口からでた言葉に、相手は驚いたような表情をした。
      
 「誰って...。それ何の冗談だよ?不二...」
               
 自分の名を呼ばれて、不二はどうやら相手は自分の知り合いらしいと言う事に気が付いた。
でも...。                     
 「ゴメン、本当にわからないんだ...」 
                
 嘘を言っているようには見えない表情に、相手の顔からも笑みが消える。
「どう言う事?ちょっと、待っていてくれる?」 
            
その言葉に不二が頷くと、その人物はテニスをしている友達に何かを告げて、
すぐに不二の所に戻ってきた。そして、別荘の中で詳しい話を聞きたいと、不二を中へ招き入れる。
勝って知ったると言った感じで、中を案内するところを見ると、この別荘は彼の家の物なのだろう。
       
 リビングルームらしき部屋に通された。そこにあるソファーに彼は腰掛けた。
そして、不二にもそうするようにと促す。 
           
 不二は、その人物と向かい合う形で腰を下ろした。
          
 「良かったの?テニス幼い頃にあった様々なエピソード等を佐伯が話してくれた。
それらの話を、不二は楽しそうに聞いていた。
                
そして、暫く話に花が咲いた後。

                  
 「不二、そろそろ帰るだろ?別荘まで、送って行くよ」 
       
 佐伯が当然の事のように言った。
                   
「でも、お友達を放っておいていいの?」 
             
 「あぁ、皆楽しくやっているからね。俺一人が少し抜けるくらい、大丈夫だよ」
                               
 断る理由もなく、不二はその言葉に甘える事にした。そして、二人は連れ立って歩き出した。
散歩道をゆっくりと歩きながら、佐伯が不二に聞いた。
                               
 「別荘で、何か嫌な事でもあったの?」 
               
「えっ?」  
                           
 「さっきは聞かなかったけど、今の状態の不二が、一人で出歩いているのが、引っかかっていたんだよね...」                  佐伯の勘の良さに、不二は苦笑するしかなかった。
          
 「嫌な事ってわけじゃないけど...。ちょっと、ね...」 
         
 「...帰りたくないなら、うちの別荘に泊まる?そっちの電話番号ならわかるから、そう連絡する事もできるけど...」               「有難う、でも、大丈夫だよ...」 
                 
 不二がそう言うと、佐伯は静かに頷いた。

   小説もくじへ  next



̎q bGf biXJ biPhoneC