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あの日から、リョーマはよりいっそうテニスに励む様になった。練習に集中している時や、
試合をしている時は、私生活の全てを忘れる事が出来た。楽しかった想い出も。

テニスに打ち込んだ結果、リョーマあの事件の翌年のジュニアの大会でも優勝を果たし
連覇を成し遂げた。そして、それを機にプロに転向し現在に至る。

先日大きな大会を終えたばかりではあるが、リョーマはこの日もまたコートに立っていた。
知名度の低い大会なので、先週の様に報道陣が大勢集まっていると言う事も内。そう言う
意味では静かで良かった。報道陣だけでなく、観客も先週とは比べ物にならないくらい少ない。
試合が終わった後、リョーマは視線に視線を観客席に向けた。先週見た不二の姿は幻だと
思う反面、また不二の姿がそこにあるのではないかと思ってしまったのだ。残念ながら
それらしき姿はなかったけれど、代わりにリョーマは、観客席にいるある人物と目が合った。
それはリョーマのよく知っている人物だった。向こうもリョーマと目が合った事に気がついた
ようで、ゆっくりと近付いて来るのが見える。

「よう、チビすけ。最近随分活躍しているようじゃねぇか」

からかう様な口調でリョーマに話しかけてきたのは、幼い頃リョーマの家に引き取られていた
リョーガだった。実の兄弟でないのは確かだが、実際のところ自分とどう言う関係にあたるのかは
未だに知らない。良く似ていると人から言われる事もある。不二にも父方の従兄弟か何かでは
ないのかと言われた事があるが、それが真実なのかを確かめた事もない。別にわからなくても
いいと思っていた。

「あんたには関係ないね」

「つれないねぇ、せっかく応援してやっていたのに」

「たまたま会場にいただけでしょ」

肩を竦めるリョーガに、リョーマは冷たく返した。リョーガの性格は、父親の何次郎に良く
似ていると、リョーマは思う。油断すると、彼のペースにのせられてしまって不愉快な想いを
する事がある。

「本当に生意気だなぁ、お前は。そんな子に育てた覚えはないんだけどなぁ」

「こっちもあんたに育てられた覚えはないよ」

負けじとリョーマも言い返したが、既に相手の術中に嵌ってしまった気がしないでもない。

「せっかくたまには優勝のお祝いに、俺がどっかで奢ってやろうと思っていたのに」

「...いらない」

「まぁ、そう言うなって。いい店を見付けたんだよ」

そう言ってリョーガは、リョーマを強引に連れ出した。結局相手のペースにのせられてしまった
事を悔しく思うリョーマだったが、諦めの気持ちから逃げ出しはしなかった。こうなったら相手の
奢りだと言う事だし、遠慮なく飲み食いしてリョーガを後悔させてやろうと思った。

そんな思惑とは裏腹に、リョーマはまたもリョーガのペースにのせられてしまう事になる。
連れて行かれた場所は、バーの様な店で、そこでリョーマは飲んだ事のない酒を飲む羽目に
なった。飲めないんだろうとリョーガに挑発されて、ムキになって出された酒に手を付けた。

その後の事はよく覚えていない。いつの間にか店を出ていて、リョーガの姿も消えていた。
一人になったリョーマは、少々ふらつきながらも自分のアパートへと向かう。

「不二先輩...」

アパートの付近まできたところで、リョーマはまた不二に良く似た後ろ姿を見付けた。
もう逃がさないとばかりに、リョーマは後ろからその姿に迫った。抱き締めると腕に感じる確かな温もりがある。

「幻でもいいから消えないで」

リョーマが思わずそう叫ぶと、腕の中の身体が微かに震えた。そっと腕を離すと、リョーマは
腕をひいてこちらを向かせた。そこにあるのは記憶の中にある不二と同じ姿。違うのは自分の
身長があの頃よりも伸びた為、抱きしめた時の頭の一が変わったくらいだ。

『消えないよ、だから...』

そんな言葉が聞こえて来たと思ったのは、リョーマの気のせいだったのだろうか。
気がついた時には翌朝になっていて、リョーマは何時の間にか自分のアパートの部屋で
寝ていた。

昨日は酒に酔って自分に都合のいい幻でもみたのだろうかと思ったが、腕の中に抱いた
感触は幻とはとても思えなかった。

そこに一つの可能性をリョーマは見いだした。そしてアドレス帳を手に取る。あの事件以来、
リョーマは日本に居る知り合いとは一切連絡を取っていなかった。けれど、自分が知りたい
事を知る為には、今連絡をとる必要がある。

リョーマは時分の知りたい事を確認すると、外出する為にアパートを出た。今日行われる
大会会場に足を運ぶ為だ。その試合にリョーマは参加しないが、そこにリョーマの知っている
ある人物が参加している。

その人物に会う為に、リョーマは会場へと急いだ。

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